共同戦線②、舞姫推参
――俺は、王国騎士団と冒険者共同のゴブリンオーク討伐に参加している。
貴族の三男坊に絡まれながらも、依頼を進めているとある異変に気付く。
敵が減らない……
「――うぁあああ!! 助けてくれぇえええ!!!」
フィリピーヌ男爵家のお坊ちゃんことダルマイヤックが、泣きながら露営の近くまで逃げてきた。
数百メール後ろからは、千を超えるゴブリン、オークの群れが砂ぼこりを上げながら押し寄せる。
「てめぇ! 何しやがった? それに、カントメルルはどうした!?」
「俺は、何もしてない! グスッ……ただ、腕試しに城壁奥の玉座に近づいたら、そこに今まで見たいこともないほど大きいゴブリンとオークが居たんだ。そいつらと目が合ったら……ヒック……カントメルルは知らない……俺を突き飛ばして、早く逃げろって……ヒック」
「この馬鹿野郎が!! あれだけ、勝手な行動はするなって言っただろ。そいつは、間違えなく上位種か変異種だ。下手に刺激しやがって!」
鬼の形相のA級冒険者に胸倉を掴まれたダルマイヤックは、涙でくしゃくしゃになりながら報告する。
カントメルルさんは、置き去り……いや身代わりになって玉座の間に留まっている可能性が高い。
「D級C級は後方に下がれ! A級と騎士団は前衛を頼む、どうやら上位種が発生して氾濫が起きている。グロリイェール様にも報告を頼む!」
『――エルミアさん、聞こえますか?』
『これは! セイジュ君か?』
『はい、精神魔法の応用で直接脳内に話し掛けています。どうやら、荒城奥でゴブリンとオークの上位種か変異種が発生したようです。前線には、千を超えるモンスターが迫っています。後、荒城奥にはB級冒険者が一人で時間を稼いでいるらしいです。僕は今からその人を助けに行きます!』
『分かった、私も前線に出よう。セイジュ君も無理はするな。前線が片付いたら、急いで後を追うから!』
俺は後方に下がる振りをして、人目の付かない場所に移動する。
既に目の前には緑色をした肉壁が押し迫り、一触即発の状況だ。
「いくぞオメェら! 数だけの相手に負けるはずがねぇ! 俺達が蹴散らすから、打ち漏らした奴を低級が処理してくれ」
(今だ!)
両者が激突する瞬間、俺はモンスターの群れを一気に走り抜ける。
風魔法でジェット気流並みの追い風を作り、汚らわしい緑色のカーテンを突き進む。
身体に覆われた風魔法は鋭利な刃物となってすれ違う者をバラバラに切り刻み、俺の後ろには肉と血の轍だけが残っていた。
「流石に量が多すぎだろ? 引率をもっと連れて来るべきだったぜ。後で、ギルドには追加報酬申請しないとな」
「確かに多いですね、無尽蔵に湧いてくるようです。いくら倒しても切りがない。このまま減らなければ、物量に押されてしまう。早めに救援を頼んだ方が良いかもしれませんね……」
「――その必要はありません」
前線で話をする二人の前に、エルミアが舞い降りる。
足音も立てず着地するその様は、まるで天女のように神々しく優雅であった。
刮目し覚悟せよ、忌々しい群れよ。
閉口し後悔せよ、人に仇なす烏合の衆よ。
貴様達の濁った目に映るのは、『輝く金色の娘』
ユグドラティエ・ヒルリアンが唯一弟子と認める、エルフの至宝。
王国最強の剣にして不屈の盾、ここに推参――
「エルミア・グロリイェール……推して参る。私に続けぇええ!!」
――紫電一閃。黄金の雷は戦場を駆け抜け、地上の曇天を鋭く切り裂く。
――光芒一閃。白銀の切っ先は導きの一糸、後方の仲間を奮い立たせる。
セレスティアを爆風とするなら、エルミアは雷光。
プリズムを発する電光石火の極光は、あたかも舞踊するかのように戦場を疾走した。
「――失敗したなぁ……まさか、ゴブリンマーシャルとオークジェネラルが発生してたなんて」
ダルマイヤックを無事逃がしたカントメルルは、迫りくる死の気配に困惑していた。
彼を逃がす為とはいえ、二匹を引き付けるにはあまりにも準備不足だ。
何重にも張った防御結界は、攻撃を受ける度に薄くなっていき既の所で生き長らえている。
周りを囲む雑魚達は攻撃に参加せず、今か今かと結界の崩壊を待つ。
崩壊したら一斉に飛び掛かってくるはずだ。
「こんなことになるんだったら、もっと攻撃魔法も勉強しておくべきだったなぁ」
マコー家は、昔からフィリピーヌ男爵家の随伴を生業としてきた。
カントメルルに取ってもそれは生まれてきた瞬間から決定されてきたことで、何の疑問も考えたことはなかった。
カントメルルはダルマイヤックと同い年であり友達のように接することを許され、彼の為にその秀でた才能を防御魔法に注力してきた。
しかし、自慢の防御結界も最後の一層が割られた瞬間ゴブリン達の無数の腕が一遍に掴み掛かろうとしてくる。
「――ごめん! ダルマイヤック……」
こんなものに弄ばれるくらいなら、死を選ぶ。
取り出した短剣を胸に突き立てようとした刹那――
「届けぇええ――ッ!!!」
こだまする叫び声と共に、槍のような物がカントメルルの眼前に突き立つ。
その穂先は仄かに赤みを帯び、横には流線を描く斧頭、逆側には痛々しい突起が取り付けられている。
柄舌に巻かれた深紅の吹き流しは、着弾の衝撃で荒々しく波打っていた。
それは、槍と呼ぶにはあまりにも禍々しい重厚感を持ち、発する異様さにゴブリン達も思わず立ち竦んでしまう。
「助けに来ました、カントメルルさん!」
「セイジュさん……?」
「良かった! 間に合いましたね。これを飲んでください」
「ポ…ポーションですか? 助かります、もう魔法は使えなさそうだったので……」
――カントメルルは、気が動転している。
それもそのはず、ダルマイヤックの速さなら援軍の到着までもう少し掛かるはずだった。
しかし、死を覚悟した瞬間カントメルルの横にはセイジュが立っていた。
そして、差し出されたポーションは一瞬で体力魔力を回復させ失った判断能力も回復させる。
「なぜあなたがここに?」
「今はそんなことより、ここを何とかしましょう! もうすぐエルミアさんも来ます」
「騎士団長が!? だったら大丈夫なはず。ゴブリンマーシャルやオークジェネラルとは無理に戦わず、時間を稼ぎましょう!」
カントメルルさんの防御結界も張り直され、俺達は時間を稼ぐ。
多分、俺の魔法だったら一撃で殲滅できると思うがここは先輩冒険者の指示の従おう。
投擲した槍斧を回収し、魔法中心で戦う。
炎の蔦はゴブリンに絡みつき、近くにいたオーク諸共炎上させる。
辺りが焦げた肉の臭いでむせ返る頃、神速の雷光が黄金の髪をなびかせ参着した。
「――セイジュ君無事か!?」
「エルミアさん後ろ!」
エルミアが到着すると同時に、オークジェネラルの握った棍棒が振り下ろされる。
周辺は土煙を上げその攻撃の激しさを物語り、手応えを感じたジェネラルはブヒヒと得意げに鼻を鳴らした。
「今、何かしたか?」
煙が晴れて見えたものは、エルミアさんの長剣がジェネラルの攻撃を優に受け止め、剣越しに敵を鋭く睨む姿であった。
わずかな恐怖を感じたジェネラルは一歩後ずさり、今度は両手で棍棒を打ち込もうと大きく振りかぶる。
しかし、その企みは完遂することなく四肢は切り落とされ絶命した。
「速い……これがグロリイェール騎士団長の実力……」
「確かに、あの一瞬で四連撃とはさすがエルミアさんですね」
「あなた、今の攻撃見えてたの?」
「はい」
(強いとは思ってたけど、グロリイェール様の剣撃が見えるなんて……セイジュさん本当はA級なんじゃ?)
――残る敵は、ゴブリンマーシャルと未だに湧き続けるゴブリンとオーク。
マーシャルを倒せば、湧きは治るのか? こういったイベントは、ボスを倒せばクリアなはずだ。
「セイジュ君にカントメルルさん、私がゴブリンマーシャルを相手にするから、周りを頼む! アイツを倒せば終わりなはずだ」
「承知しました」
「防御魔法は私に任せて!」
マーシャルはエルミアさんに任せて、無尽蔵に湧くゴブリンやオークを相手にする。
彼女に任せておけば直ぐに終わると思っていたが、思いのほか手こずっているようだ。
「エルミアさん、ソイツはそんなに手強いのですか?」
「いや、コイツはオークジェネラルと同じくらいの強さだが、どうやら変異種らしい。いくら切り刻んでも瞬時に再生している」
雑魚を相手にしながらエルミアさんの様子を見ると、確かに再生速度が異常だ。
手足を切り落とされても即座に回復し、頭を潰されても愚鈍な攻撃を止めはしない。
「これならどう!!」
彼女は、切り伏せたと同時に特大の炎魔法を放つ。
紅蓮の焔が槍となり、マーシャルの上半身を消滅させ巨躯の足だけがその場に残されていた。
「な――ッ! なんて威力。これなら、いくらなんでも倒せたでしょう?」
フラグめいたことを言うカントメルルさんの予想は見事に外れ、ブクブクと緑色に泡立つ切口からマーシャルは再生し始める。
「くっ! これでもダメか。こんな事になるなら、もっと強い武器を持って来れば良かった」
「強い武器? そうだ! エルミアさんこれを使ってください」
俺はさっき回収した槍斧をアイテムボックスから取り出し、彼女に渡す。
「これは……槍か? く――ッ!」
槍斧がエルミアの手に置かれたと同時に、魔素の爆風が歓喜の歌となって大気をビリビリと震わせる。
穂先は太陽のように赤く煌めき、斧頭の刃が狩りの喜びを体現するが如く艶めかしく濡れている。
突起は更に鋭利さを増し、柄舌の吹き流しは新たに誕生した神具を祝福する赫灼の聖骸布となっていた。
「な! な! なんだこれは……セイジュ君? 体が燃えるように熱く、全身に力がみなぎる……」
「え? え? ちょっと待ってください……」
俺は急いで鑑定をすると……
――ファロスアノアの槍斧――
セイジュ・オーヴォ作の神話級武器。エルミア・グロリイェールが手にしたことによって、世界に認識された。穂先には、太陽の熱が凝縮され触れる者全てを焦がし、空にかざせば見える者全てを焼き尽くす。
やっちまった……完全なチート武器を渡してしまった……誤魔化すのは後にして、とりあえず説明しないと。
「エルミアさん、それは『ファロスアノアの槍斧』です。どうも、その槍斧はエルミアさんを主人と認めたようです。差し上げますので、好きに使ってください」
「ファロスアノア……エルフ語で『狩人の太陽』、なぜこの武器にエルフ語の名が付いている? 今まで聞いたことがないぞ……まさか! キミが作ったのかセイジュ君? 後で、詳しく聞かせてもらうからな」
エルミアさんはジロリと俺を見つめた後、復活したゴブリンマーシャルに槍斧を向ける。
穂先を軽く薙ぐ。
太陽よりも熱い矛先は風を止め、周辺一帯の気温を一気に上昇。
局所的に異なる大気の密度は、その境界を曖昧にし朧げな揺らぎを生み出した。
――陽炎の中に歿せ虚ろなる者達よ。
無限の揺らぎの中、空漠たる影法師は白い炎を上げ須らく荼毘に付される。
そして、ただ静寂だけがその場を支配した――




