転生初日、動き出す運命
――森に立っている。
最後は締まらない形であったが、無事転生できたのだろうか?
周りを見渡すと、森に覆われ人の気配はない。
気温は暖かく、湿気が少ないのか快適だ。
やけに自分の目線が低いのは、ゲーテが用意した専用の肉体だからだろう。
足下には大きめな図鑑。
これが言ってた『ガイドブック』か?
そして、ご丁寧に『初心者特典十日間サバイバルパック』とメモが貼り付けられた麻袋があった。
――転生初日
まずは状況確認だ。
そもそも本当に転生したのか? 俺はとりあえず……
「『アイテムボックス』」
と、少し照れながら唱えてみる。
すると頭の中に、パソコンで言うところのフォルダの様な物が思い浮かぶ。
「おぉお! マジか?」
思わず、声が出てしまう。
転がってる石と枯れ木を拾い上げ
「収納」
頭の中のフォルダに(石×1・枯れ木×1)と出る。
なるほど、使い方に関しては習うより慣れろだ。
色々試してみよう。
「次は……『ライブラリ』!」
今度は、目の前に生前大変お世話になった某検索エンジンが丸パクリで表示される。
「クークルかよ!! なになに、音声入力もできます? 便利かよ!」
誰に突っ込んでるかは分からないが、突っ込まずにはいられない。
「okシェリ、今日の天気を教えて」
「天候ハ晴レ。降水確率ハ0パーセント。気温ハ25度湿度50パーセント。アト、私ハシェリデハアリマセン」
「突っ込み機能も搭載か」
ゲーテの話だと全知らしいから、これからは攻略本として重宝しそうだ。
感覚的にはまだ午前中、9時ぐらいかな?
次は『ガイドブック』を見てみるか。
ちょうど良いサイズの切株があったので座って目を通す。
最初はこの世界の地図と国家、種族や貨幣について記載。
次に武器防具アイテムについて、魔法やスキルについても書いてある。
パラパラと流し読みつつ中盤までいくと、ゲーテから手書きのメッセージを見つけた。
『これ以降は白紙だよ。今は見せられない。因みに、そこはラトゥール王国にある豊穣の森だよ。色々な資源は豊富だけど、動物や凶悪なモンスターが多いから気をつけて。初心者特典で今日は襲われないけど、明日以降は効果薄れていくからどうにかしな。
とりあえず、マップに生活拠点になりそうな場所をマークしといたから移動すれば? 鑑定眼も着けといたから、食べれそうな物採取しながら進めば簡単には死なないよ、それにサバイバルパックもあるしね』
『マップ』? 『鑑定眼』? うーん、と空を見上げてみると、周囲を俯瞰したように3Dマップ浮かび上がった。
「まるで、クークルマップだな」
ピンチインピンチアウトも可能。
森全体も見ることができた。少し離れた所に、赤いマークがあり『ココ!』と自己主張の激しい書き込みまである。
現在地からの距離、東西南北に色々な角度からも確認できる。
「便利だな。これがあれば絶対迷うことはない。ここは、ちょうど森の中心あたりか。そりゃ、人の気配はないよな。モンスターも多いと書いてあったし」
マークを目指して歩き始める。
道はないが、マップのお陰で目的地までサクサク進む。
しかし、森の中ゆえ薄暗い。
「こりゃ、森で生活するとなると日が傾く前には生活拠点に帰らないとな……」
マップで街は確認済みだが、街に出る気はあまりなかった。
好きに生きろと言われたんだ。
ファンタジーな種族達には会いたいが、煩わしい人間関係は暫くいらない。
資源も動物も多いと書いてあったし、森を探検しながらのスローライフも良いかもな。
そんなことを考えながら歩いていると、赤い実のなった木を発見する。
「あれは……林檎か?」
少し目を細めて見ていると……
――リンゴ――
大陸に多く分布する甘酸っぱい果物。食用。甘みの強さによって価値が変わる。
「まんまかよ! これが鑑定眼か」
対象に意識を向けると、解説が脳裏に浮かぶ。
十個近くアイテムボックスに収納。
そのまま、目的地まで食用と出た物を採取しつつ進む。
目的地は、少し開けた川辺だった。
なだらかな川が流れ、離れた崖には滝が見える。
水は透き通って、川底に魚が数多く泳いでいる。
今まで人間は見たことないのだろう、全く警戒心がない。
「ここは、キャンプ場だな……」
手頃な岩に座って、『サバイバルパック』を確認してみる。
『アイテムボックス』のような物なのだろう、思いの外多くのアイテムが出てくる。
「水に食料、無地の着替え、ナイフや弓に一通り武器防具。瓶に入っているのはポーションか? それに、テントまであるとは至り尽せりだな。今日はテントで良いと思うが、今後はモンスター対策に洞窟でも探すかな」
鏡も入っていたので、改めて自分の顔を確認する。
「予想はしてたが別人だな、一緒なのは黒髪だけっと。小学生くらいか? この顔で戻ったら、人生イージーモードだろうな」
小学生は、足が速いのがモテるんだっけ?
中学生はちょいヤンキーで、高校生はイケメンとオシャレな奴。
この世界にもそんな不文律はあるのかな?
そもそも、教育機関ってあるのだろうか?
「魔法でも練習してみるか……」
ノスタルジーを感じながらも若干手持ち無沙汰になった俺は、魔法の練習を始めることにした。
『ガイドブック』の魔法使用について調べる。
大気中にある魔素が、無意識のうちに体内に取り込まれ魔力に還元される。
それを効率的に練り上げ、様々な現象として発動した結果が魔法らしい。
「魔素の貯蔵は、MPみたいなものか。たぶん人によって貯蔵量は違うし、練り上げる強さや効率性によって使う魔力量も変動するのだろう。なら、身体は魔素を還元させる回路みたいな物か」
座禅を組み目を閉じ、魔素の流れをイメージしてみる。
身体の先から心臓に向かって集まるイメージだ。
動脈、静脈、毛細血管、全ての血管に魔素よ流れろ!
「――グッ!!!」
身体の先と言う先から中心に向かって、血管が燃え上がる、濁流が押し寄せる、暴風が吹き荒ぶ、飢え乾き劣化する、雷光が響き渡る。
筆舌し難い魔素の激流が、まるで心臓を台風の目に見立てたように渦を巻く。
まだ掴みきれていない感覚は、早く我を認識しろとばかり傍若無人にその属性を発露した。
「ヤ……ヤバイ!」
自分の許容量を超えていることは明らかだ。
でも対処法は知らない。
身体の中心では、更に練り上げ圧縮し続ける魔素が暴力性の解放を今か今かと待ちわびている。
「クソ! もうどうにでもなれ! かぁぁああああっつ!!」
ヤケクソ気味に出した咆哮は、現象を伴わない魔素の暴風として周りの木々を揺らし世界を包んだ。
――極致に達した者達は、確かにその波動を感じた。
麗しき数千年を生きるエルフが、虚空を見つめ首を傾げる。
享楽に飢える精霊達が、素早く一斉に同じ方向を見る。
惰眠を貪る竜の王が、瞼をピクリと動かす。
色欲に塗れた魔族の筆頭が、身を捩らせる。
怠惰を恨む吸血鬼の始祖が、察したようにほくそ笑む。
星を冠する者達までもが、その存在に興味を持つ。
今日、この世界は俺という存在を確かに認識した