三華扇、咲き競う②
――エルミアさんに王都を案内してもらうはずだったのに、なぜかユグドラティエさんやセレスさんも合流。
四人で出かけることになった。
午前中は武器屋で買い物。
お昼には、セレスさんの案内でいかにも高級そうなレストランに到着。
淡いベージュと白色の壁に青い屋根、城を何周りか小さくしたような外観。
それでも、三階はありそうな建物を思わず見上げてしまう。
「これって、もうお城ですよね……」
「ん? そうか? ちょっと待ってろ」
セレスさんは、慣れた様子で入口に立つ門番と少し話をしている。
こちらを見た門番は明らかに狼狽し、店内に駆け込んで数分後……
「――ッい! …い……いらっしゃいませぇええ!!」
文字通り飛び出てきた男は、直角に腰を曲げユグドラティエさんとセレスさんに最敬礼。
小太りではあるが髪はピシッと整えられ、シワ一つないテールコート、切り揃えられた爪。
この男は清潔感にあふれていた。
「支配人、事前連絡もせず申し訳ありません。ヒルリアン卿や大切な友人を連れていてね。ここ以外思いつかなかったのです。席は空いてますか?」
「とんでも御座いません! まさかヒルリアン様を連れてきて頂けるとは! 私は今日という日を忘れませんぞ! さぁ、どうぞこちらへ!」
いつもの口調とは違い、丁寧なセレスさんと興奮気味の支配人……ふと見上げると、苦笑いをしながら肩をすくめるユグドラティエさんと目が合った。
彼女が訪れて食事をした店、これ以上の宣伝効果はないだろう。
明日からここは、名実共に王都一のレストランになるはずだ。
支配人に連れられ奥の席に案内されが、俺はまるで見世物小屋の珍獣のように奇態な視線を集めてしまう。
「誰だ? あの子供は?」 「ヒルリアン卿やドゥーヴェルニ卿と一緒にいるなんて、やはり王族では?」 「筆頭近衛兵のグロリイェール卿までいるからな、まさか! 公表されてない王子か!」
「いやいや、初代国王陛下以外黒髪はいない。案外、他国からの婿養子かもしれんぞ? シルフィード殿下と年も近そうだ」 「それにしても、三人を独り占めとは何とも羨ましい……」
貴族御用達のレストランは、どこを見ても貴族ばかり。
プールポワンにホーズ、ソプラヴェステにシミーズドレスまで。
所謂色とりどりの貴族服を着た男女は、降って湧いたような話題に持ち切りだ。
「すいません……すごい見られて噂されてる気がするんですが……」
「なぁ~に、心配はいらんのじゃ。我がいる限り、話し掛けてくる者など滅多におらんよ」
「確かに、ユーグがいれば鬱陶しい奴は寄ってこないな」
「お師匠様効果は絶大なんです!」
「おいおい、我を冥界の番犬扱いするんじゃないのじゃ!」
「ユーグなら番犬はおろか、冥界の王も裸足で逃げ出すだろ?」
本当に仲良いんだな。
久しぶりに集まった三人は、笑顔で冗談を言い合っている。
「――では、その奈落の底に手を突っ込んでみるかの?」
重低音に響く威厳のある声で、初老の男に話し掛けられた。
いぶし銀色の立派な口髭と太い眉。
長髪をオールバックにまとめた姿は、周りの貴族以上に上品で重厚な雰囲気があった。
「ブリオン前国王陛下!!」
エルミアさんは真っ先に立ち上がり膝をつき最敬礼をしようとするが、陛下は片手を上げそれを阻む。
「なんじゃ? 坊主もきておったのか?」
「伯父様!?」
「坊主に伯父様、儂をそう呼ぶのはお主達だけじゃぞ?」
「伯父様はどうしてここに?」
「あぁ、ちょっとした付き合いでな。セレスティア……しばらく見ぬ内により美しくなったな。それに、迷いの晴れた良い顔をしておる」
「うん……」
陛下は、セレスさんの横髪に軽く触れ頬を撫でる。
セレスさんも、それに甘えるように目を閉じていた。
「お主がセイジュか? 娘から話は聞いておるぞ。いつか、一度ゆっくり話をしてみたいものだな。では、先に失礼するぞ」
俺をじっくり見つめた陛下は、挨拶する暇もなく店を出てしまった……
「ブリオンの坊主め、坊やのことを見に来たようじゃな?」
「でしょうね……陛下が供を連れずに出歩くなんてありえません」
「伯父様は相変わらず破天荒なお方だ。案外、セイジュのこと気に入ったかもな」
「まぁ坊主のことじゃ、マルゴーとシルフィーを溺愛しておるからのぅ? 坊や、近々王宮から呼び出しが掛かるかもしれんぞ?」
「え…えぇ……」
運ばれてきた料理に舌鼓を打ちつつ、楽しい一時が流れる。
ユグドラティエさんは、『セイジュの料理とワインが食べたい』と言いつつ出された料理は平らげ、エルミアさんもここぞとばかりに御代わりをしている。
そんな二人をセレスさんは、呆れながらも上機嫌に笑っていた。
「――セレス! ごちそうさまでした」
「ありがとうございます! セレスさん」
「いやぁ、食べた食べたのじゃ~」
「テメーは、セイジュの料理が食べたいとか言いながら食べ過ぎだろ!」
俺達は食事代を出してくれたセレスさんにお礼を言って店を出た後、次はどこに行くか悩んでいた。
「う~ん、ならあそこに行くかのぅ?」
「え? お師匠様どこか当てがあるのですか?」
ユグドラティエさんの後に付いていくと、貴族街の路地裏……こじんまりとした装身具の店? に着いた。
「ケレスィギール! 今日は面白い奴らを連れてきたのじゃ」
「何だいユグドラティエ? 随分と久しいじゃないか」
「お師匠様ここって……」
「おいユーグ……アタシもこんな店が貴族街にあったなんて知らなかったぞ?」
「おやおや? グロリイェールのお嬢ちゃんにドゥーヴェルニの跳ねっ返り娘まで、それに……」
皺くちゃのお婆さん……間違いなく、ご高齢のエルフだろう。
彼女は、礼儀など忘却の彼方に消し去ったような態度で俺達に近づいてくる。
黒く窪んだ小さい目が俺達を興味津々に見つめた後……
「ふむ……まぁ、合格じゃな。アタシャあっちにいるから、欲しいのがあったら持ってきな。それに、次からはユグドラティエの紹介なしでも入れるようにしとくよ」
彼女は、そのままカウンター奥にあるロッキングチェアに座り目を閉じてしまった。
「ケレスィギール……ハッ!! お師匠様! まさか『白銀の匕首』名匠ケレスィギール様ですか!? まさか王都にいらっしゃったなんて……」
「そうじゃよ? こ奴も相当偏屈でな。エルフの里を出て以来ずっとここに居を構えておるのじゃが、気に入った奴にしか商売をせん。今日はいい機会だから連れてきてやったのじゃ!」
「凄い方なんですね?」
「そんな凄いエルフなのか?」
俺とセレスさんは、思わず同じ疑問を口ずさんでしまう。
「セイジュ君にセレス! 凄いってもんじゃないよ! ケレスィギール様の作品はどれも国宝級、その美しい意匠は優れた魔道具でもあり、貴族…いや王族だって喉から手が出るほど欲しい逸品なんだよ!」
エルミアさんは目を輝かせながらいかに凄いかを力説し、所狭しと並んだアクセサリーを興奮した様子で眺めている。
確かに並んでいるイヤリングやブレスレット、指輪にネックレスはどれも素晴らしいデザインで、鑑定眼で見れば強い付与魔法が掛かっていた。
「うぅ……やっぱり値段も凄いです……」
「だったらエルミア、さっさと陞爵すれば良いだろ? いつまで騎士爵に拘ってんだよ? オマエなら侯爵が妥当なのに、ずっと断りやがって!」
「私はいいのです! 金貨に仕えてません、王家に仕えてますから爵位など不要です!」
「――おい坊や、ここは甲斐性の見せ所じゃぞ?」
セレスさんとエルミアさんが話に夢中になっている所に、ユグドラティエさんが耳打ちをしてくる。
「甲斐性ですか?」
「そうじゃ。仮にも坊やは、今日エルミアに王都を案内されておる。それに対してお礼の一個くらいはあってもおかしくないじゃろ? セレスだってそうじゃ? あれだけご馳走になって、ブリオンの坊主とも繋がりもできた。悪いことは言わん、二人には何か贈っておくのじゃ」
「だったら、アイテムボックスにある装飾品を……」
「はぁ~、坊やは唐変木か? そういう意味じゃないのじゃ! 今日皆でここに来たじゃろ? この店で買った物を贈ることに意味があるのじゃ。セレスと依頼を受けて金貨も余っておろぅ? なんで我がこんなことを教えねばならんのじゃ!」
ため息混じりにユグドラティエさんはそっぽを向き、一人あきれ顔でアクセサリーを物色し始めた……
俺もゆっくりと商品を見定め、三個の商品をケレスィギールさんの元に持って行った。
「――うわぁ~、良い眺めですね皆さん!」
「ギルドがあんな小さく見えるぜ」
「確かに、良い眺めじゃ。街の外まで見渡せるのぅ」
エルミアさんの特別許可もあって、普段は入れない城壁物見台からの眺めは最高だ。
沈みゆく太陽は、眼下に広がる街並みと絨毯の様な草原を茜色に染め、それを見渡す俺達に今日という日の終わりを告げる。
夕映えの中、翡翠、深紅、黄金の髪は風で波打ち、切り取られたその刹那……なんと美しい! 時よ止まってしまえ……
「美しいですね……」
「セイジュ君もそう思うでしょ!」
「違いますよ。景色も綺麗ですが、御三方が美しいと言ったのです。今日は、ありがとうございました。今日のお礼に贈り物があるのですが、受け取ってもらえますか?」
「セイジュがアタシより年上に見えるんだけど?」
「何なんでしょ……この時折見せる貫禄は……?」
俺は、アイテムボックスからテーブルと椅子を出し三人を座らせる。
彼女達の前にはワイングラス。
「お!! 坊やワインを出してくれるのかのぅ?」
「お昼に飲みたいって言ってましたからね」
「やった! セレス、セイジュ君の作ったワイン凄い美味しいのよ!」
「本当か? アタシこう見えてもワインにはうるさいぞ?」
今回、俺が出すワインは前回の改良版。熟成されたワインだ。
この世界のワインは、アルコール発酵した果汁を中途半端に詰めているので甘い。
俺はほのかに甘味を感じる程度まで残糖を減らし、アルコール度数も11.5%に調節している。
それをオーク材に似た木で作った樽に入れ、タンニン、酸、アルコールを魔法と錬金術で無理矢理結合させた。
これで、熟成ワインの完成だ。
うん、魔法も錬金術も最高!
「うんめぇええ!! セイジュ、これ滅茶苦茶美味いぞ!」
「はわわわわ!! 前以上の甘露! もう普通のワインは飲めないよ、これじゃあ……」
「やっぱコレなのじゃ~、我も、もう坊やのワインと料理がないと生きていけんのじゃ~」
「良かった! お気に召してもらえましたね。前作ったワインを魔法と錬金術で改造したんですよ。後、これも受け取ってください!」
俺は、ケレスィギールさんの店で買ったアクセサリーを二人に渡す。
セレスさんには、紅玉と尖硝石をあしらったブレスレット。
エルミアさんには、黄金剛が垂れ下がったイヤリングを渡す。
その様子をユグドラティエさんは満足げに眺めていた。
「おいセイジュこれ! あの店にあったやつじゃねぇか!」
「綺麗……ありがとうセイジュ君!」
「喜んでもらって幸いです!」
二人はプレゼントを夕焼け空にかざし、その輝きを堪能している。
「ユグドラティエさんにもありますよ」
俺は、何気に彼女の右手人差し指に二連リングをはめた。
翡翠と紫水晶がはめ込まれた指輪は、ユグドラティエさんの端麗な指先に百花を添える。
「あ! セイジュ君それ……」
「ブフォ――ッ!!」
ユグドラティエさんは、ワインを吹き出したと思ったら頰から耳まで紅潮し、急にしおらしくなってしまった。
いつも余裕綽々の彼女からは、予想できないほど縮こまっている。
「どうしたんですか? 急に?」
「セイジュ君、エルフにとって右手人差し指の指輪は『婚約』の証だよ……」
「えぇー!!??」
「流石に……これは……恥ずかしいのじゃ……」
潤んだ瞳と陶器のような白い肌には紅が差され、完成された美が真価を発揮する。
「あれ? あれ? あ〜れ? やっぱ、コレはアレだろ? ユーグにも春がきたってやつか〜? おいセイジュ、ソイツはエルミア以上に独り身拗らせてるから、後よろしく頼むわ!」
先日の意趣返しと言わんばかりに、セレスさんが囃し立てる。
「な! 何じゃと!! ゴホン! セレス……今日のお礼に我が稽古をしてやるのじゃ!」
「あぁ〜、良いねぇ。アタシ、今日が今までで一番調子が良い気がするわ」
「ちょっと、お師匠様にセレス? 貴女達なに言ってるの?」
恥ずかしさを隠すように立ち上がったユグドラティエさんと、その勝負に乗るセレスさん。
エルミアさんは、オロオロと二人を止めながらチラッとこちらに助けを求めた。
「――も! もう夜になりますから、今日はこれくらいにしておきましょう!」
夕闇迫る物見台、解散を提案した俺にユグドラティエさんは、悪戯っぽい笑顔をみせて……
「おい坊や! お主は我ら三人のうち、誰を選ぶんじゃ!?」
「は?」
「ちょっと!?」
ユグドラティエさんは二人の肩を組み、顔を寄せ合いながらとんでも無いことを言い放った。
「なんでそうなるんですか――ッ!!!」
俺の絶叫と共に今日のデートは終了する。
その先には、周りを柔らかい魔法の光に包まれた幻想的な六つの瞳が、意味ありげにこちらを伺っていた――




