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三華扇、咲き競う①

 ――『舞姫』 思わず口ずさんでしまったその呼名は凄まじく、あっという間に人だかりが出来てしまう……そんな彼女を見かねた俺は、自分の部屋に彼女を匿うことにした。



「――お久しぶりです、エルミアさん」

「久しぶりだね、セイジュ君! そう、久しぶり! なにやら、王都に来てからモテモテのようだね~。お師匠様に呼び出されて、セレスとべったり……王妃様の御髪まで触って、マーガレットやガーネットとも浅からぬ仲だと……いや~、洞窟で会った初々しいセイジュ君が懐かしいよ」


 ベットに座ったエルミアさんは、腕を上げ首をやれやれと振りながら少し意地悪に答える。


「詳しいですね……」

「それはそうだよ! お師匠様から毎日毎日、シャンプーが凄いだ、トリートメント? はもっと凄いだと自慢されたと思ったら、いつの間にか王妃様のお気に入りになってる! それに、セレスの抱えてた問題を解決して、何やらいい感じですって……むぅ~、セイジュ君は私が先に見つけたんですよ!」


 涙目でポカポカと自分の太ももを叩く姿は非常に可愛らしいのだが、これって……


 あぁ~、これはあの人達と同じ物をあげても納得しないやつだわ。

 何か特別な埋め合わせをしないとイジケルやつ。

 そう、向こう側で嫌と言う程味わった……子供の駄々……ここは猿芝居をしてでもご機嫌を取らないと……


「エルミアさんお願いがあります!」


 俺は彼女の手を握り、真剣に見つめて少し距離を詰める。


「ふへ!? なに? いや……セイジュ君なら……やぶさかじゃ……ないけど……ね?」


 何をどう解釈したのか、顔を真っ赤にしながら目を伏せている。

 いや、貴女もユグドラティエさんの影響相当受けてますね……


「実は僕この街に来て、ギルドと宿周辺しか行ったことないんです! お忙しいとは思いますが、是非一度街を案内して欲しいのですが……駄目でしょうか?」

「え!? はい! あ、そっち? ゴホン! いや~、キミは運が良いな! 丁度明日は休みを貰っていてね、何をしようか考えていたところだ。セイジュ君の予定が空いてるなら街を案内してやっても良いが?」

「本当ですか? 嬉しいです! 僕も丁度今日D級に上がったので、明日はゆっくり休んでお祝いでもしようかと考えてたんです」

「そうかそうか、なら致し方ない。ここは長年王都に住む年長者の私が、特別にキミを案内してあげよう! それに一人でお祝いなんて見過ごせないからね!」


 『ワーウレシイナ』っと乾いた声が出るのを我慢しつつエルミアさんを見ると、フンフンと頷きながらドヤ顔で腕を組んでいた。


「では、明日の朝、準備できたら宿の前で待ってますね」

「セイジュ君、明日は期待しておいてね!」


 上機嫌の彼女を外まで見送った後、気づいてしまう。

 これってデートなんじゃ?

 それも、ユグドラティエさんに次ぐ最高峰の美……一万年に一度のアイドルとデート。


「参ったな~、でもデートするなら全力で楽しんでもらわないとな!」


 俺は明日を楽しみにしながら部屋に戻った。




 ――その日、セレスティアはいつもと違っていた。

 鎧も大剣も身に着けず、髪も一本に結っていない。

 寝起きには風呂に浸かり、ガーネットからシャンプーとトリートメントの施しも受けた。


 しなやかに纏まる毛先は禁色が如く輝き、咲き誇らんとするリコリス・ラディラータ。

 その美しさを見せつけるかのようにおろされた髪は、キラキラと風に揺らいでいた。


 服装もパンツスタイルなど以っての外。

 健康的なボディーラインを強調したワンピースは、ガーネットがセレクトしたものだ。

 腰元に巻かれた紐はキュッと引き締まり控えめな蝶々結び。

 脛当たりまで垂れ下がったスカートには、程よいプリーツが入っている。


 ユグドラティエならば、肩口も胸元も協調したデザインを着るだろうが、セレスティアは肩口から手首までレースで覆われたタイプにしている。

 しかし、それが却って彼女の魅力を引き立てていた。


「ちゃんとお礼を言ってなかったからな! やっぱり今日はアイツを訪ねてお礼を言うだけ! それだけ! 他はなし!!」

「うわ〜、ここまでキメッキメの準備して何もしないとかヘタレ過ぎじゃね? ほら! 一発決めてこい!」

「テメー! 何言ってんだよ!! アタシ達はそんな関係じゃねぇから! オマエだって何の経験もないじゃねぇーか!」

「はいはい、もう着くぞ。イッテラッシャイマセ、セレスティアサマー」


 馬車の中で、今日の予定をシミュレーションしていたセレスティアとガーネット。

 ガーネットは、セレスティアの為にあれこれとおススメのプランを提示していた。


 しかし、当の本人は挨拶だけで終わらそうとするヘタレっぷり。

 そんなヘタレをガーネットは、棒読みの挨拶で見送った。




 ――その日、エルミアもいつもと違っていた。

 近衛騎士団団長の誉れある鎧も、白銀の剣も今日は宿舎に預けてきた。

 大抵の休日に着ているエルフの民族衣装ではなく、人間の服を着ている。


 胡桃染のアンサンブルニットに青藍のスキニーパンツ。

 彼女らしいシンプルな装いである。

 しかし、ユグドラティエに次ぐ美の結晶は、騎士団の男達の視線を奪い取り、女性団員には『団長に男ができた!』と思わせるほどの破壊力があった。


「団長! ついに愛しの君ができたのですね!」 「そんなエルミア様! 私を差し置いて」 「相手はどんな殿方ですの!?」 「うぉー、俺達の女神がぁあ!」 「今日はやけ酒だぁあ!」


 背中に仲間の喜びと嗚咽を聞き流し、やれやれと頭を抱え宿舎を出た。




 ――その日、ユグドラティエはいつものようにグータラしていた。

 王宮の一区画にある彼女の住居。

 広いベッドの上にエメラルドグリーンの髪を投げ出し、ほぼ全裸の状態で暇を持て余していた。


 ユグドラティエは基本暇である。

 王家の問題に口を出せば、その意見は絶対的な物になり必ず通る。

 軍事的行動に同行するのは以ての外。

 彼女自身が世界最高の戦力であるが故、条約で彼女を前線に立たせるのは遠の昔に禁止されている。


 自制と条約によってがんじがらめ。

 悠久の時を生きるユグドラティエにとって、今の時代は余りに退屈であった。


 しかし、最近は楽しみが増えた。

 遠隔監視魔法で虚空に浮かぶ鏡には、少年が映っている。

 エルミアから聞いた洞窟の少年。

 彼女が()()()()()()()()()と似た雰囲気を持つ者。


 鏡をぼんやり見ていると、セイジュは宿の前で誰かを待っているようだ。

 その両サイドからは、いつもと違った服装で近づいてくるセレスティアとエルミア……


「全く……坊やは本当に我を楽しませてくれるのぅ」


 ニヤリと口の端を上げた彼女は、急いで準備をし部屋を出た。

 勿論、いつもとは違う服装で。




「――セイジュ君! お待たせー」 「お……おうセイジュ! 今日暇か?」 「坊やー、我が会いに来てやったのじゃ!」


 全く同じタイミングで声を掛けられた俺の前には、『三華扇』ことエルミアさん、セレスさん、ユグドラティエさんが立っていた。


「「「え?」」」

「ぷぷっ」


 ニヤニヤしている確信犯はさておき、タイミングの良さに驚いた俺たちは同じ言葉で驚く。

 天上の蛾眉三人、それぞれが気合の入った出で立ちだ。


 エルミアさん……貴女ワザとですか? 豊熟を詰め込んだかのような胸元を、ニットで隠すなんて反則過ぎる。

 ノースリーブから覗くしなやかな腕が前に組まれると余計に強調されて、目のやり場に困ってしまう。


 セレスさんは、初めて会った日以来のスカート姿だ。

 活動的な彼女とは対照的で、上品にまとまった装いは深窓のご令嬢という言葉がよく似合う。

 実際も超が付くほどご令嬢なんだけどね……


 傾星傾国の化身たるユグドラティエさんは、何を着ても絵になるが今日は違和感がある。

 髪の色に合うビリジアンの羽織物。

 袖口はゆったりと余裕があり、ボタンのない衿を美しい紐で結っている。

 薄い絹地に施された花、樹、花冠の刺繍は、あり得ないほど精巧で()()()()()()()()かのようにこの世界から逸脱していた。


「ユグドラティエさん、それって薄羽織……和服なんじゃ?」

「ん〜、ワフク? 何のことじゃ? まぁ、お気に入りには変わらんのじゃがな。それより、二人にも気の利いた声掛でもするのじゃ! この無作法者」


 バシっと背中を叩かれ、二人の前に押し出された。


「おはようございます、エルミアさんセレスさん。いつもの凛々しさとは打って変わった可憐なお姿、王宮庭園の花々も嫉妬しそうですね」

「セイジュ君がいつの間にか女たらしになっていたとは……お姉ちゃん悲しいよ……」

「だ! だ…だから! そういう言い回しは止めろって言っただろ! てか、わりぃ……エルミアと約束でもしてたか?」


 いつの間にか姉になっているエルミアさんは真顔で呟き、赤くなったセレスさんは前髪を弄りながらタイミングの悪さを謝罪する。


 ハッとした俺はユグドラティエさんを見返すと、彼女はしたり顔でニヤリと笑う口を押えていた。


「確かに今日セイジュ君にこの街を案内する約束をしたけど、セレスも一緒に行こうよ。むしろ、貴女がいてくれれば行動範囲も広がるわ。お師匠様のことですから……見てましたね?」

「当たり前じゃ! こんな楽しそうなこと、我も混ぜるのじゃ~。ほら、セレスもいつまで赤くなっておる。出発じゃ~」


 エルミアさんと一対一のデートなはずが、『三華扇』全員を連れて行く羽目に……緊張も三倍! どうしてこうなった?



「――エルミアさん、今日はどの辺を案内してもらえるんですか?」

「うーん、本当は騎士団や市場を案内するつもりだったけど、二人が一緒となると……貴族区画の商業街に行ってみる?」


 王宮の城壁を囲むように出来た貴族用区画、その商業街は俺の住む宿周辺と違って洗練されていた。

 整地された石畳には高級感あふれる馬車が往来し、立ち並ぶ商店はどれも上流階級御用達の門構えだ。


「セイジュ、見たい店あるか? アタシがいれば大抵の店は入れるからよ」

「そうですね。やはり、冒険者としては武器や防具が売ってる店が気になります!」

「あぁ~、だったらアイツの店にでも行くか」


 着いた先は貴族街唯一の武器屋。

 ガラス張りのショーケースには、見たことない武器防具が並びワクワクしてくる。


「これはこれは、ドゥーヴェルニ様ご無沙汰しております。それにグロリイェール様も…ヒルリアン様まで!!?? 御三方にご足労頂くとは、商人にとって感慨の極み! ん? 子供?」

「おいおい、子供だからって甘く見るなよ。ソイツはユーグの紋章を持っている。その意味分かるだろ?」

「ヒルリアン家の紋章を!! 通りで利発そうなお坊ちゃまだと」


 店主と思われる男は、先の訝し気な視線を180度好転させもみ手で近づいてくる。


「本日はご来店ありがとうございます。何かお探しの物はありますか? 当店は王都一の品ぞろえを誇っております」


 一通り見終わった後、付き合いで武器防具を一個づつ買い店を出る。

 エルミアさんもセレスさんもじっくり品定めをした為、思った以上に時間が経っていた。


「お~い、そろそろ腹が減ったのじゃ。セレス、どこか良い店はないのかのぅ?」

「確かにもうお昼ですね。セレス、美味しいお店頼みますよ!」

「はいはい、ッたく! こういう時だけ公爵家のお零れにあやかりやがって!」


 セレスさんに連れられて、とある高級料理店の敷居をまたいだ――

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