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セレスティア、曼珠沙華の貴女へ③

 ――確かに俺はガーネットさんの眼を治した。

 セレスさんは感涙し、ガーネットさんは彼女に近づき二人は抱き合ってハッピーエンドだったはず。

 にも関わらず、ガーネットさんの右ストレートが戦いのゴングとなってセレスさんを叩き飛ばした。



「セレスティアァァァ――ッ!!」


 渾身のストレートはセレスさんの顔面に突き刺さり、壊れた人形のように砂埃を上げてぶっ飛ばされる。

 ガーネットさんは、指をゴキゴキ鳴らしながら彼女に近づき声を荒げた。


「終わったことを、いつまでたってもメソメソメソメソ、ウジウジウジウジ……テメーはウジ虫かコラ!!」

「ッイテーんだよ! この魔獣女が!! アタシの気も知らないで!」


 セレスさんは、起き上がると同時にガーネットさんのみぞおち目掛けて重い一撃を打ち込む。


「ガハッ! フン! そんなもの知らないねぇ? 誰がいつ助けてって言った? それなのにテメーは、自分のせいだ何だと躍起になった挙句ボロボロじゃねーか!」

「アタシは何だってする! オマエを助ける為なら何だってやってきた!」

「だからそれが迷惑だっつーの! 元々テメーの家のメイドが、テメーから剣の才を見出されて冒険者になって、引退したからメイドに戻っただけだろ!」


 一言言っては一発殴る、言葉と拳のコミュニケーション。

 二人は、お互いの心情を吐き出す……


「それによー! 俺達が冒険者になった時決めたじゃねーか? これからは自己責任の世界、何があっても恨みっこなしだって」

「それでも! あの日アタシが豊穣の森の依頼なんて受けなければ……」

「目逸らしてんじゃねぇぞーッ!! 俺を見ろ!!」


 目を伏せたセレスさんに、今度は蹴りが飛ぶ。

 負けじと彼女も蹴り返し、ガーネットさんを見ると美しい琥珀の瞳から涙があふれ落ちていた……


「テメーは俺の為だと無茶しながら、ヘラヘラと作り笑い顔面に貼り付けて……俺やマーガレットを遠ざけた! それが、何より一番辛いんだよ……俺達仲間だろ? 喜びも悲しみも……いつだって一緒だ。テメェ一人が傷ついていくの見てられねーんだ……」



 ガーネットは一番近くで見ていた分、セレスティアの痛みに最も気づいていた。

 それでもセレスティアは彼女を一介のメイドとして扱い、距離を取り彼女を裏切り続けていた……


「ガーネット……ごめんなさい……」

「許すわけねぇだろぉ!! せっかく坊主に治してもらったんだ。そのひん曲がった根性叩き治してやる!」


 またお互い殴り合う。

 右の頬を殴れば左の頬を殴り返され、顎を殴れば蹴りが飛んでくる。

 まるで子供の喧嘩だ。

 もう服も身体もボロボロになっている。


 初めは泣いてた二人も最後は笑いながら殴り合い、セレスさんの笑顔は憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。



「――あ、あの、そろそろ止めた方は良いんじゃないですか?」

「うーん、大丈夫じゃろ。言ったじゃろ? あ奴らは素直じゃないんじゃよ。納得いくまで殴り合えば良い」

「でも、そろそろやめてほしいですわ。そうだわ、マーガレット? あの子達を()()()止めてきてくれるかしら?」

「かしこまりました」


 扇子越しにマーガレットさんに命令するが、これはマルゴー様の気遣いだ。

 マーガレットさんも彼女達の仲間。

 言いたいこともあるだろう……だからこそ、誰でもない彼女に仲裁を任せた。

 それも全力で。


 マーガレットさんは、いつの間にか取り出した鈴の付いた錫杖の様な物を持ち二人の元に歩き始める。



 ――チリン……鈴の音一つ。


 突如、ズンっと押しつぶされそうなほど濃密な魔力が辺りを包む。

 その歩みは、以前王宮で見たマーガレットさんの落ち着いた後ろ姿とは比べ物にならない。

 今の彼女は、荒々しい魔力を放っていた。


「ねぇ? 貴女達……この庭園、誰が整備してるか知ってる?」


 言葉に乗せた魔力の重圧感は凄まじく、ドスの効いた声も相まってその場に平伏しそうになる。


「ヒッ! お……お姉ちゃん……これはその……とりあえず杖しまお? 一人だけエモノはまずいよ……」

「マ…マ……マーガレットさん? こ…これは、あの、アレだ! ガーネットとの長年のわだかまりを解消する遊びなんだよ! 遊び! ハハッ……」

「そう? ……じゃあ、()()()()()()



 そこからは、もう滅茶苦茶だった。

 縦横無尽に駆け巡るマーガレットさんの魔法に二人は逃げ回り、時おり協力しながら彼女を攻撃する。


 協力したかと思えば、ガーネットさんが裏切りセレスさんを蹴り飛ばした。

 裏切者は許さないとばかりに、今度はマーガレットさんとセレスさんがタッグを組んでガーネットさんを追い詰める。


 三人は笑っている……パーティーを組んでいた頃を思い出しているのだろう。



 ――彼女達の麗しき関係、ここに『再開』



「あらあら、三人とも楽しそうね?」

「まったくのぅ、やっといつもの調子じゃわい。どいつもこいつも無理しよって……これも、坊やのおかげじゃな」

「アレが本当の姿なんですか? なんか人類頂上決戦でも見てる気がするんですけど……」

「そうじゃよ? 元々はあんな感じじゃ。セレスもそうじゃが、二人も人間の到達点に限りなく近いのぅ?」


 なんてパーティーだよ! 美しくて最強人外三人……最高かよ!

 セレスさんはともかく、二人はキャラ変わりすぎでしょ? 無表情キャラどこいった?

 ガーネットさんは激情家ヤンキーで、マーガレットさんはドMが喜びそうな完全ドS女王様だ……



「さ〜て」


 ユグドラティエさんは、うーんと伸びをして前に進む。


「ちょ! ユグドラティエさん、貴女まさか……?」

「お〜い、お前達〜! 我も混ぜるのじゃ〜!!」

「マジ?」 「オイ!?」 「ちょっと!!」


 目をキラキラさせて三人に走りよった彼女は、紅蓮の砲撃を撃ち放つ。

 彼女にとっては、お遊びの範囲だがその魔法は業火の螺旋となって結界魔法を穿ち、残り火だけがチリチリと燃えていた。


「ユーグ! テメーなんてことしやがる!」

「お姉ちゃんいなかったら俺達死んでたからね!」

「ユグドラティエ様、今の防御魔法で今日はもう動けません。マルゴー様へのお勤めお願い致します」

「なーはっはっはっは!! 楽しいのぅ!!」


 仰向けに倒れた込んだ三人にユグドラティエさんは、はじける笑顔を向けた。

 その笑顔を見た彼女達もまた、晴れやかな笑顔を浮かべていた。



 ――思いがけないユグドラティエさんの乱入とマーガレットさんの魔力切れで、仲直りという名の大乱闘は終了した。


「大丈夫ですか!?」


 俺は、彼女達に駆け寄り回復魔法を施す。



(セイジュのやつ、本当にガーネットを治しやがった。それにコイツ……服血まみれじゃねぇか? アイテム作るときに魔素の暴走で腕ボロボロになってたっけ……? コイツはアタシの為に一生懸命に……真正面から向き合ってくれた。アタシは……)


「セレスさん? セレスさん聞こえますか? 大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……」



 深く考えていたせいで周りの音が入ってこなっかたようだ。

 セレスティアは、セイジュから差し出された手に触れた瞬間思わず赤面してしまう。



「本当に大丈夫ですか? 顔真っ赤ですよ?」

「――ッ! だから大丈夫だよ!! 後、アリ……ガト…ナ……」

「はい! どういたしまして!」


 手を置いたまま、そっぽを向き前髪を正しながらお礼を言うセレスさんに不穏な影二つ……


「ほう? ほう? ほ~う? ガーネットさんや、やっぱりコレはアレですな? いや〜、やっとセレスにも春がきたのぅ? 後はうちのエルミアだけじゃ」

「いやいやいや、セレスティアはあの歳でも中身は純情な乙女だから、まだまだ時間掛かると思うぜ?」


 顎に指を当てニヤニヤと俺達の周りをグルグルする二人……


「良い度胸じゃねーか? オマエら……今度こそ肉塊にしてやろうか!?」


 燃え上がる魔素が見えるほど肉体強化した彼女は、首と指をボキボキ鳴らしながらゆらりと二人に近づく。


「やーなこった! ほれ、ガーネット逃げるのじゃ〜」

「へへ! 恋する乙女ここまでおいで〜」

「このヤロウ! 待ちやがれ!!」


 雲一つない青空は、今後の彼女達を祝福するように澄み切っていた。



 ――ここからは後日談だ。

 てっきりガーネットさんは、冒険者に復帰するのかと思っていたがセレスさんのメイドを続けている。

 なんでも、あの事故で引退した時キッパリと冒険者の未練を断ち、今後はセレスさんを支えると心に決めていたらしい。

 あの人が居ればドゥーヴェルニ家の防犯は完璧だろう。

 セレスさんが居る時点で何の問題もないだろうが……



 マーガレットさんも相変わらず、マルゴー様のメイドをしている。

 勿論、まだ魔力操作が上手くいかない障害は残っているが特に気にしていないそうだ。

 彼女にとって冒険者とは、セレスさんガーネットさんと一緒に冒険することが全てで、それが叶わないならどうでも良いと。

 その分、最近は二人が頻繁に訪ねてくれるのが待ち遠しいらしい。



 セレスさんは、冒険者を続けている。

 特級というランク柄、変わらず指定依頼やA級依頼の忙しいそうな日々だ。

 しかし、以前あった自分を顧みない危機感や、他を寄せ付けない刺々しさも無くなり、自然な顔で他の冒険者と交流しているらしい。



「――おめでとうございますセイジュさん、今日の依頼達成でD級に昇格しました」

「ありがとうございますメリダさん、これでC級までの依頼が受けれますよね?」

「はい、C級以降は依頼の幅も広がりますし、達成金額も上がります。でも、くれぐれも気をつけて下さいね。C級以降は冒険者に取って一種の壁ですから……」


 ゆっくりなペースで活動していた俺も、やっとランクアップ。

 充実感に満たされホクホク顔で宿に戻った俺に待ち受けていたものとは……



「うぅ……セイジュ君が王都に来て数週間、未だ私に会いに……違う! 騎士団を訪ねてくれない……私はメンドクサイ女じゃないけど、彼が心配だから会いにきた……なんて言えない……だいたい、一番初めに知り合ったのは私なのに……お師匠様やセレスに会ってばっかり! よし! そうだ。ここは、年長者として彼に女性の扱いを教えてあげなくては! ハッ! 私は何を言ってるの? 女性の扱いなんかじゃなくて、この街を案内……でも、メンドクサイと断られたら私……ブツブツブツブツ……」


 なぜか宿の前で体育座りをしたエルミアさんは、顔を伏せてブツブツ言ったと思ったら、顔をガバっと上げて怒ったり、ニヤニヤしながら真顔になって、また顔を伏せてブツブツ言っている。


 俺は彼女に何て声を掛ければ良いんだ? 目に見える地雷を踏みに行くのか? ちょっと考え俺は……



「あ? 『舞姫』だ!?」

「ちょっとぉおおお!! セイジュ君、何言ってるの? 『舞姫』なんて、本当に恥ずかしいから止めて!? 何でその呼名知ってるの? セレスでしょ! セレスなんでしょ!? むぅ~!!」


「え? グロリイェール様がいらっしゃるの?」 「』舞姫』様がこんな場所に!」 「え? 全然気づかなかったぞ!」 「あ! あそこにいらっしゃったぞ!」 「なんと麗しい……」

「エルミアさん、こっちに!」


 自分のことを大声で『舞姫』と叫んだ彼女は、一瞬の内に特定され人だかりが出来上がる。

 見事地雷を踏みぬいた俺は、彼女を自分の部屋に匿うことにした――

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