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セレスティア、曼珠沙華の貴女へ②

 ――セレスさんの剣は泣いている……今日一緒に戦ってそう感じた。

 でも、彼女は曖昧に笑って誤魔化すだけ。

 どうしようかと考えたら、冒険者ギルドの受付嬢ルリさんに声を掛けられた。



「それは……あまりにセレスティアの過去に踏み込んでしまう……」

「ルリさん!!??」


 いつの間にか、正面の席に座っていた彼女に驚いてしまう。


「何回か……声掛けたけど……気づいてくれなかった……」

「え? 本当ですか? すいません気づかなくて」

「いい……私には黒烏族の血が混ざっている……だから他の人より……認識されにくい……」


 ルリさんは黒烏族とのハーフで常時認識阻害の魔法が発動している為、ある程度力がないと認識できないらしい。

 それにしても、随分と個性的な格好をしている。

 黒・青・紫を基調とした白衣と袴、烏の紋様が入った千早に厚底の浅沓。

 まるで巫女服を連想させる。


「ルリさんそれって私服ですか?」

「そう……これは黒烏族の伝統衣装を……改造したの……可愛い……」


 周りから見たら明らかに浮いているが、確かに彼女の雰囲気にはピッタリで、群青色の瞳も相まってとても可愛らしくみえる。

 黒髪に巫女服……もしかしたら和風の物とか喜んでくれるかな?


「そんなことより……セイジュさん……セレスティアを救ってほしい……」

「救うって? やっぱりルリさんはセレスさんに何があったかご存知なんですね?」

「あの子はいつも泣いている……それは年を追うごとに酷くなってる……多分そろそろ……限界……お願い……助けてあげて……」



 ルリさんは、手元に留まった鳥を撫でながら語り始めた。


「五年前……セレスティア、マーガレット、ガーネットはパーティーを組んでたの……低級の頃から実力は折り紙付きで……A級は確実と言われていた……それほど彼女達の実力と才能は突出していた……」


 あの双子メイドも元冒険者なのか……


「彼女たちが……B級に上がって間もない頃……初めて豊穣の森の素材採取依頼を受けた……実力はA級以上と言われてたから……誰も心配しなかった……でも……最悪な事が起きた……当時……悪い噂が流れてたA級パーティーがいたのだけど……彼ら低級の冒険者を荷物持ちに雇って……あの森で素材集めをしていた……でも本当は……低級の人を餌にして……魔物を呼び寄せてた……」


 ギリっと悔しそうに食いしばり殺気を漏らす。

 その気に当てられた鳥は、彼女の周りを一回りして飛び立っていった。


「その日も彼らは……被害者に魔物を呼び寄せるアイテムを使って……森に放置した……でも……その被害者は必死に抵抗して……とある巣穴に逃げ込んだの……そこからが最悪……その穴はセンティピードフロックの巣で……そこから大量の魔物が溢れ出して……リーダー以外を瞬殺……命からがら森から抜け出した屑野郎の前には……セレスティア達がいた……」

「まさか!?」

「そうだよ……あいつは魔物の群れを彼女達に()()()()()……」


 確かに最悪だ。

 センティピードフロック……百足みたいな魔物なんだけどあいつら、というか虫系魔物は総じてたちが悪い。

 その殆どの個体は毒を持っているし、首を切っても動くことがある。


「あいつの投げた魔物寄せが……運悪く……ガーネットに当たったの……そこからは壮絶だった……何百と迫るセンティピードフロックを……なんとか食い止めていたけど……その中に希少種の……カースセンティピードフロックがいた……セレスティアはその時……まだ知らなかったんだろうね……そいつの脳髄液は別格だってこと……彼女が切り飛ばした頭が……ガーネットに意識あるまま飛んで行った……当然ガーネットは……その頭を叩き割って……血を右上半身に浴びてしまった……」


 想像を絶する痛みだっただろう……むしろ、ショック死しなかったのが可哀想なくらいだ。


「本来なら直ぐにでも……解毒、解呪、回復をしなければならなかった……でもそんな余裕はない……全身を焦がす様な痛みに耐えながらガーネットは戦った……そして戦いが終わった後……彼女は誰もが目を背けるくらい酷い状態だった……それでもマーガレットは……限界を超えて彼女に回復魔法を掛け続けた……その結果……ガーネットは右目以外は何とかなった……マーガレットは三日三晩昏睡の末……魔力操作に欠陥が出来て長時間戦えなくなった……これが顛末……」


 なるほど、思っていた以上にハードな内容だ。

 多分、セレスさんは姉妹二人が冒険者を辞めるきっかけを作ったことに負い目を感じている。


「そんなことがあったんですね……つまり自分だけ無事だったセレスさんは二人を治す為に無理をしているが、まだ解決方法は何も見つかっていないと?」

「無理なんてものじゃない……もはや常軌を逸してる……彼女は全く自分を顧みない……いつ死んでもおかしくない状態! ……セイジュさんは豊穣の森出身……あそこには奇跡を起こす素材が沢山ある……お願い……助けて……」

「勿論です!」


 右目から一筋の涙を流し、絞り出したルリさんの声に俺は力強くそう答えた。



 ――あの話から数日経ったが、肝心のセレスさんが見つからない。

 彼女は特級という特別ランクなので指定依頼が多く、あまりギルドには来ないらしい……


「うーん、セレスさん本人に会えなきゃ意味ないよなー」

「ん? アタシがどうかしたって?」

「あ!! いた!」


 今日も見つからなさそうだと思い、依頼掲示板を見ながら呟くと背後から声を掛けられる。

 そこには、いつものように笑ったセレスさんが立っていた。


「いや〜、やっと指定依頼が終わってよ、こっちきてみたんだけど何か用か?」

「はい! ちょっと真剣な相談がありまして、お時間頂いても良いですか?」

「お〜、何だ? 等級や武器の相談か? パーティー組みたいなら何人か紹介してやるけど……?」

「ここではちょっと……」

「何だよ本当に? じゃ〜、外に出るか」


 俺とセレスさんは一旦ギルドから出て、人気のない路地を進む。

 ここなら大丈夫だろう……路地の一角でセレスさんと相対する。

 ここからは修羅場だ……覚悟を決めて彼女に聞く。



「セレスさん、ガーネットさんの右目が治せる 「――セイジュ!!!」」


 全てを話す前に怒号にかき消される。

 首筋には彼女の大剣が数ミリ前で止まり、殺しきれない衝撃波がメキメキと周りの建物を揺らした。


「セイジュ……人には触れちゃいけない痛みがあるんだよ……賢いオマエなら分かるだろ?」


 大剣を首筋に突き付けたまま笑みを浮かべているが、目は全く笑っていない。

 滲み出る殺気を隠そうともせず、これ以上踏み込むなと警告。


「方法はあります!」

「ないんだよ!! 方法なんて!! いくら金貨を積もうが……いくら危険な依頼を受けようが……違法スレスレの物に手を出そうが……もう……何もないんだよ……何も……」



 ――そう、事件の後からセレスティアはガーネット救済に全ての時間を割いていた。

 特級ランクも彼女を助けたいという行動の副産物に過ぎない。

 本来の願いは達成されず、評価だけ上がっていく。

 冒険譚はもてはやされ、『三華扇』というふざけた字名まで付けらてしまう始末。


 彼女はとっくに限界だった。ガーネットを救いたいと思いながらも、心のどこかではあきらめ、いつの間にか自分自身を慰める為、偽りの贖罪の剣を振るう。

 それこそが彼女の怒りの正体であった。



「方法はあります! 信じてください!」


(またコイツは確信を持って言う……ユーグから紹介された、どこか不思議な少年……豊穣の森出身でアタシ達の知らない知識を持っている)


(駄目だ、期待してしまう……止めろ……また絶望するだけだ………)


(エルミアもコイツのことを賢者だと言ってたし、マルゴー様の信頼も一瞬で勝ち取った……この間の依頼も文句のつけようがない)


(セイジュなら……もしかして……もしかして……)


 突き付けた大剣は、抑えきれない感情でカタカタと震える。


(我慢の限界だ……最後に一回だけ……もう一回だけ希望を持ちたくなった……)


(その瞬間、アタシの中で張り詰めた何かがプツンっと切れる音がした――)



「カースセンティピードフロックの毒は 「――だったら!!!」」


 また全てを話す前にかき消される。

 今度は怒号ではなく、悲痛な叫びだ……


「――だったら……アタ……シ達……を……助けて……よ……!」


 口元は笑っている。

 しかし、大粒の涙がこぼれ落ち、途切れ途切れの掠れ声でセレスさんは立ち尽くしていた……


「無論です!」


 俺は、彼女を真っ直ぐ見つめてそう言った。



「――いーけないんだ、いけないんだー、セーイジュが、セレスをなーかした~。これはもう坊や、責任取ってセレスを貰ってやらんとのぅ?」


 今、この場で最も空気を読まない声がする……


 空間の裂け目から転移魔法でユグドラティエさんが現れ、俺達の間に立つ。

 彼女は少し呆れた顔でセレスさんを見ているが、その目は慈愛にあふれ優しく抱きしめ頭を撫でた。


「やれやれ、やっと素直になったか……安心するのじゃ……坊やは、シルフィーの毒を治したほど回復魔法に精通しおる。こ奴ならお主の願いを叶えてくれるのじゃ」

「ユーグ! テメー、いつから聞いてた!?」


 セレスさんは、ユグドラティエさんを跳ね除け腕で涙を拭う。


「まったく……やっぱ素直でないのぅ? で、坊やどうするつもりじゃ?」


 重い雰囲気にこの明るさは助かる。

 彼女はいつものペースで俺に問うた。


「カースセンティピードフロックの毒は、成分の中に多く呪物が含まれています。それには、通常の解毒と共に解呪も必要です。ルリさんから話を聞いていますが、マーガレットさんの身命を賭した回復魔法は、回復・解毒・解呪の順で力が強かったはずです。ですので、僕は解呪・解毒に特化したアイテムを作製しようと思います。ユグドラティエさん、強力な付与魔法も使うので暴走防止の為に、広いスペースを貸してもらえませんか?」

「だったら、うちに来るのじゃ。庭園は広いし結界も張っておる、ちょっとやそっとじゃ壊れはせんからのぅ。今からか?」

「いえ、少しアイテムの選択と魔法構築を考えたいので、明日で良いでしょうか?」

「喜べセレス! 明日お主達の願いが叶うのじゃ!」

「……」


 ユグドラティエさんの明るい振る舞いを横目に、セレスさんは赤く腫れた目で俺を見つめていた。




 ――次の日、迎えに来てもらったユグドラティエさんの転移魔法で王宮の庭園に集まった。

 そこには、セレスさんにガーネットさん。

 なぜか、マルゴー様とマーガレットさんの姿もある。


「マルゴー様まで。ご足労頂いて申し訳ございません」

「良いのです。ガーネットはマーガレットの妹、私も心配しておりました。卿の奇跡の御業、しかと見届けさせて頂きますわ」


 豪華なガーデンテーブルに座り、扇子で口元を隠しながら王妃は答える。


「では、ガーネットさん片眼鏡を外して見せて頂けますか?」

「はい」


 眼鏡を外した彼女は、相変わらずの無表情で俺に近づく。

 その目を鑑定すると、やはり水晶体が呪いの影響を強く受けており、解毒しきれなかった残滓と相まって失明寸前だ。

 更に呪いは目の毛細血管を通じ全身に行き渡り、これでは思った様に身体を動かせないのでは?


「ありがとうございます。もしかして、思った以上に身体が動かし難いのではありませんか?」

「そうですね、以前と比べれば動きが鈍くなったかもしれません。ですが、仕事や生活に支障はありません」


 いやいやいやいや、これどう見ても常人なら寝たきりコースだからね? 聞いてた通り彼女も凄い人だ。


 俺は、少し離れた場所にテーブルを出し作業を始める。

 魔法で作り出した水にできる限り強く解呪魔法を付与。

 その水に更に解毒の魔法を練り込もうとするが、容赦ない反動が俺を襲った。


「ぐっ!」


 魔素の反動は、空気の刃となって俺の腕全体を切り刻む。

 しかし、ここで止めてはいけない。

 全力、そう全力だ! 今を全力で生きなければ俺も彼女達の願いは叶わない! 水を覆う両手に力を込める……



 出来上がった二重付与の水をガラス瓶に注ぐ。

 後は仕上げだ。

 森で採取した『陽光の甘草』、回復効果を劇的に高めてくれる……これを錬金術で合成すれば完成するはず。



「お待たせしました。ガーネットさんしゃがんで、前髪を除けて頂けますか?」

「はい」


 彼女は俺の前で膝をつき、髪を耳元までかきあげる。

 瓶から滴り落ちる黄金の液体がその目に届いた時、淡い魔力の光が彼女を優しく包んだ……


「どうでしょう?」

「……はい。さっきと比べ物にならないほど身体が軽いです……見える……殆ど白く濁って見えてた右目も……はっきりと見えます……!」


 立ち上がった手足を軽く振った後、左目を隠しながらそう漏らす。

 良かった成功だ。

 今の彼女からは、強い生命力の波動を感じる。

 もう心配は要らないだろう……


「――ッ!!」

「やったのじゃ!」

「素晴らしいですわ……」

「お見事ですセイジュ様」


 成功を目の当たりにした四人は思わず声を上げ、セレスさんは口を押えボロボロ泣いている。

 彼女達の元に戻ると、ユグドラティエさんが飛びついてきた。


「さすが坊やなのじゃ~。まさか神薬まで創り出すとはのぅ」

「ありがとうございます。次はセレスさんの番です」

「え? アタシ……?」

「セレスさんは今、精神と身体の均衡がバラバラになってます。このアイテムを使ってゆっく「オイ、坊主! その必要はねーぞ」」


 泣いているセレスさんにアイテムを渡そうと近づこうとしたら、ガーネットさんに肩を掴まれ会話を遮られた。

 なんて強い力だ。


「ガーネット……」

「セレスティア……」


 向かい合う二人……感動の場面だ。

 セレスさんは未だ涙を止めることができないが、ガーネットさんをしっかり見つめている……このまま抱き合ってハッピーエンドだ!



「セレスティアァァァ――ッ!!!」


 大地を揺らすほどの咆哮と共に、ガーネットさんはセレスさんの顔面に渾身の右ストレートを叩き込んでいた――

③に続きます。

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