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セレスティア、曼珠沙華の貴女へ①

 ――朝一でギルドに到着した俺は低ランク、自分の等級に合った依頼を確認していた。

 はずなのに……何故かセレスティア様に背中を押され、A級依頼掲示板の前に立っている。


「う~んと、これで良いか。セイジュ付いてきな!」


 彼女は掲示板から一枚依頼書を剥ぎ取り、受付に進む。



「おーいルリ~、この依頼を受けるぜ!」

「セレスティア……貴女がこっちに来るのは珍しい…」

「まぁな。特級になってからは、指定依頼が多すぎて通常依頼受ける時間が殆どないんだよ」


 ルリと呼ばれた受付嬢は、尼削ぎのもみあげ部分を長くし切り揃えた所謂お姫カットに群青色の瞳が印象的。

 漆黒の髪は、濡れた様に輝き妖艶さを醸し出している。


「ルリ、セイジュのことは聞いていると思うけど、こいつと一緒にこの依頼を受けたい」

「勿論聞いている……豊穣の森の素材採取依頼……セレスティアなら分かっていると思うけど……C級以下の立ち入りは禁止……」

「分かってるよ。こいつは『アイテムボックス』持ちだから、ちょっと手伝ってもらおうと思っただけだ」

「それでも……絶対に森の中に連れて行ってはダメ……安全な場所に待機させること……もしセイジュさんがケガしたり死んだ場合は全て貴女の責任になる……場合によっては……ヒルリアン様から制裁を受けるかもしれない……」

「大丈夫だ。もしこいつに何かあった場合は、ドゥーヴェルニ家の名を以って全責任を取る」

「そう……では受理します……ご武運を……」

「ああ、行ってくるぜ」

「セレスティア……絶対無理や無茶はしないで……必ず生きて帰ってきて……」


 ルリさんは独特な抑揚のないペースで話す人だが、セレスティア様のことを本気で心配しているようだった。



「セレスティア様、僕は荷物持ちですか?」

「セレスだ。冒険者ギルドにはセレスで登録しているからそう呼んでくれ。様も要らない。いやルリは頭固くてよ~、ああでも言わないと受理してくれなかったからさ~」


 南門に向かって大通りを歩きながら会話をする。

 南門には例の俺を襲った門番がいるはずだが、姿が見えない。

 療養中か、それとも辞めたか?


「行先は豊穣の森で良いですよね?」

「ああ、ここからなら()()だろ?」


 そう言った彼女は、肉体強化の魔法掛け恐ろしいほどの爆速で走り去った。


「ちょ!? ちょっと待ってくださーい」


 俺も肉体強化と風魔法を掛けて彼女を追いかける。



「お! 思った以上に早く追いついたな。置いて行く気満々だったんだけど。肉体強化と風魔法の応用か?」

「はい、風魔法で疑似的に追い風を作り、一歩一歩の歩幅を大きくして何とか追いつきました。あ! あそこに僕が森を出た時に使った焚き火の跡が見えます」


 視線の先には、依然俺がキャンプをした焚き火の跡が見える。

 森から王都まで数日掛けた道のりを、ほんの30分足らずで着いてしまった。


「森の素材採取依頼なんですよね? 僕は一応規約で森に入れませんがどうします?」

「ん? あ~、ちょっとそこら辺で待っといてくれ。探査魔法使えるよな? 周りに人は居ないか?」

「うーん……居ませんね」

「そうか、直ぐに準備するわ」



 そう言った彼女は一人で森の中に入っていく。

 彼女を見送り手持無沙汰にアイテムボックスの中身を整理していると、ドゴーンという大きな音と共に土埃が舞い立つ。

 メキメキと木々は倒れ、魔物や魔獣の咆哮が聞こえる。


 森から全力疾走で出てきたセレスさんの後ろからは何百という魔物、魔獣、モンスターがこれでもかと言うくらいの殺気を放ち追いかけてきていた。


「セイジュお待たせ~」


 笑顔で手を振りながら俺の前まで戻ってきた彼女は、大剣を地面に突き立て迫り来る大軍を見据えている。



「ッオオオオ――ッ!!」


 開戦の咆哮。

 ビリビリと空気を震わせるほどの彼女の雄叫びは、魔物達の一部を硬直させ、またあるモンスター達はその場で崩れ落ちる。

 それを見届けたセレスさんはゆっくり大剣を引き抜き、身を低くし脇構えた。


「さぁ! セイジュ! 一緒に踊ってくれるよなぁああ――ッ!!」


 一足飛びに群れの前まで踏み込んだ彼女の一薙で、魔獣の群れは消し飛ぶ。

 そう消し飛んだのだ。

 切った張ったの陳腐な世界ではない、文字通り魔獣は、跡形もない肉塊になり果て血と脂をまき散らす。


 振り下ろせば、一刀両断など生ぬるいほど大地を穿つ。

 暴虐非道の刃は標的を蹂躙し、その存在を認めないが如く血潮の海を築く。

 まるで爆風だ。

 彼女自身を爆心地としたなら大剣は爆風、目に映るもの全てを吹き飛ばす怒りの炎。


 感じる……セレスさんからにじみ出る魔素の感情は圧倒的な怒り。

 その怒りは、目の前の敵を殲滅するまで決して収まることはない。

 血や脂に塗れ、どんなに汚れようが激情の進軍は止まらない。

 カマキリに似たモンスターの大鎌が彼女の結い紐を掠め、乱れ逆巻いた赤髪は大輪の彼岸花。


 なぜそんなに怒り狂う? そこまで魔物が憎いのか?

 否――彼女の憤りは、何者でもない自分自身に向いていた。

 かつて守れなかった者、不甲斐ない自分への深い責苦、決して自分を許すことができない贖罪の剣。

 狂気の笑みを浮かべ敵を殴殺するが、俺には淡い希望と深い絶望に泣き叫ぶ少女のように見えた……



 ――セレスティアの剣は、一切の守りを捨てている。

 極限まで鍛え上げられた肉体と強化魔法、ただそれだけ。

 彼女自身が一本の剣となり戦場を跋扈する。

 どんなに傷つこうがそれは、彼女にとって贖罪の証にすぎない。


(あの娘が負った痛みに比べてはあまりに軽い。アタシは許されない……許されてはいけない……死屍累々積上げた敵の屍だけがアタシを癒す。永遠の贖罪、喜んで汚物汚泥に塗れよう……)



「セイジュ!! なにボーっとしてんだ、オマエの方にも行ってるぞ!」


 俺の前にも数十頭という群れが襲い掛かる。

 俺は動かない、動く必要がない。

 飛び掛ってくれば燃え上がり、爪を立てようとすれば凍りつく。


 虫や蛇が這い寄れば消し炭に、鳥の啄ばみもバラバラになるだけ。

 有象無象関係なく、俺の空間に入れば魔法の餌食だ。

 遠目に見えるセレスさんにも回復魔法を掛ける。


「アイツ……あれだけ魔法発動しながらこっちの心配かよ」



 最後の一体も容赦なく消し飛ばしたセレスさんは、大剣を肩に担ぎ余裕の表情だ。

 俺の何倍も倒したはずなのに息さえ切れていない。


「お疲れ様です、余裕ですね?」


 俺は洗浄魔法を掛けながら彼女を労う。


「ん? まぁな。お! 洗浄魔法か、助かるぜ。拭くだけじゃ全然間に合わないからよ〜、セイジュも凄いな! あんだけの数相手にしたらA級でも尻尾巻いて逃げ出すぞ。いや〜、ユーグから話を聞いてアタシもオマエの実力が見たくなったんだけどよ、やっぱ最高だわ!」

「それでも、E級相手に何てことしてるんですか……」


 笑いながら話すセレスさんに呆れ声でツッコミを入れた。



「うーん、ねぇな〜」

「探し物ですか?」

「あ〜ちょっとな……」


 ドロップアイテムと素材を回収しながら彼女は、周りを見ているがお目当ての物はないようだ。


「流石に森の中に連れて行くのは違反だしな〜、今日はコレくらいにしておくか。動いたら腹減ったな、セイジュ〜、急いで帰って飯にしようぜ」

「だったら、食料も入ってるんで焚き火の跡で食事にしましょう」


 『アイテムボックス』に回収品を詰め終わった俺はセレスさんに提案した。



「うめー! これがエルミアの言ってたオマエの料理かよ!」


 少しだけ硬めのパンにたっぷりの野菜、分厚く切った肉。

 ボリューム満点のサンドイッチはセレスさんにも好評だ。


「おかわりもありますからね。エルミアさんをご存知なんですね?」

「ご存知も何も親友だよ。今はお姫様の近衛兵になっちまったからあんま遊べないけど、少し前まではユーグと三人でつるんだり訓練もしてたしな」

「へー、三人並ぶと絵になりそうですね?」

「ぐむっ!」


 セレスさんは、変なところに詰まったようで胸の上を叩いた。


「大丈夫ですか!?」

「それだよそれ?」

「え? それって……絵になることですか?」

「そうそれだ。てか、実際に絵になってんだよ……」


 少し照れくさそうに頭を掻いている。


「自分で言うのもアレなんだけど、アタシ達三人は王都で『三華扇』って呼ばれてるんだよ……強くて美しい奴は、絵や物語にしやすいんだとよ!」


 更に恥ずかしそうに頭をガシガシ掻きながら答える。

 彼女は、本当にこういった賛美や恋愛事に疎いんだな。

 エルミアさんの戦っている姿を見たことないが、どんな戦い方をするのだろう?


「皆さん凄いですね! そういえばエルミアさんってどんな戦い方するんですか?」

「あ~、アイツはアタシとは真逆だな。う~ん、とにかく上手い? 武器と魔法を併用しながら戦うんだけど、まるで舞ってるみたいなんだよ。後、苦手な武器がない。剣だろうが槍だろうが弓だろうが何でも器用に使いこなせる。そうそう、『舞姫』っていうあだ名もあるから今度会ったら呼んでやりな、喜ぶぜ?」


 嬉しそうにエルミアさんを語る彼女、本当に仲良いんだな。


「おいおいセイジュ、ここに居ない奴のことばっかりじゃなくて今日のことも聞かせてくれよ。どうだったよ? 今日の戦いは?」


 先ほどの戦闘について感想を求めてくる。

 どうしよう? 素直に聞いて良いものだろうか? アレは、彼女の心に踏み込むことになる。



「セレスさんは……?」

「ん?」

「セレスさんは、なぜそんなに自分を追い込むのですか? 貴女の剣は泣いています。泣くというより慟哭に近い。いったい、何がそこまで貴女を追い詰めているんですか?」


 聞いた。

 姿勢を正し彼女を真っ直ぐ見つめ聞いた。

 俺はこの世界で正直に生きたい。

 だからこそ、彼女に正面からぶつかる。


「魔導の深淵に立つ者は、戦闘においても極致に達している……か」

「え?」


 聞こえるか、聞こえないかくらい小声で彼女は呟いた。


「さぁ? 何がだろうねぇ?」


 目を伏せ、憂いを帯びた笑みで曖昧に答える。


「だからソレがですよ……」


 歯がゆい。

 まだ、俺はこの人に心を許されていない。

 少し震え声でそう言った。



「さ~て、そろそろ戻ろうぜ~」


 しばしの沈黙の後、あっけらかんと声を上げた彼女はいつも通りの笑みを浮かべている。

 これは拒絶だ、明確な拒絶。

 これ以上踏み込むなと。



 ――日が傾く前にギルドに到着した。


「お~い、ルリ~戻ったぞ~。今日は大量だぞ!」

「セレスティア……良かった無事で……また無茶をして()()()るんじゃないかと……」

「おいおい、心配し過ぎだって! アタシは特級だぞ?」

「違う……そういう意味じゃない……」

「それじゃ、買取の窓口に行ってくるわ~」


 ルリさんに依頼達成を報告した後、買取窓口に向かう。


「おぉ! セレス久しぶりじゃねーか! なんだ? 坊主も一緒だったのか?」

「うぃーっす。セイジュは『アイテムボックス』持ちだからな、手伝ってもらったんだよ」

「坊主『アイテムボックス』持ちだったのかよ! 冒険者辞めたらうち、素材班に来いよ。『アイテムボックス』持ちは引く手数多なんだぜ!」

「勧誘してんじゃねーよ。コイツは辞めねーよ、間違いなくA級以上になる。ほらセイジュも素材出しな」

「かぁ~!! 助かるわこんなに! ちょっと待ってろ、今金持ってくるからよ」


 ドンっと金貨が大量に入った麻袋が目の前に置かれた。


「いやー助かったぜ。素材はいくらあって足りないからよ。また頼むぜ!」



 多過ぎるくらいの分け前を貰いギルドを出ると、この場には似つかない馬車が止まっている。

 貴族用か? その横には見たことあるメイドさん?


「マーガレットさん?」

「あちゃ~」


 セレスさんは、頭を抱えた。


「セレスティア様、御迎えに上がりました」


 そう言ったメイドさんは、黄色掛かった銀髪に琥珀色の瞳。

 マーガレットさん瓜二つだ。


「なんだよ? ここには来るなって言っただろ? 今からコイツと一緒に今日の祝杯を上げようと思ってのに」

「そうはいきません、今日中に当主の承諾が必要な書類がいっぱいありますので」

「あぁセイジュ、こいつはガーネット。ウチの筆頭メイドでマーガレットの双子の妹だよ」


 通りで似ているはずだ。

 しかし、片眼鏡を掛けた右目は白く濁り火傷の様な跡もある。

 そして、それを隠すように右顔半分を伸ばした髪で隠していた。


「セイジュ様初めまして。申し訳ございません、このような見苦しい姿を晒してしまって」

「いえ、僕の方も好奇の視線を向けってしまって申し訳ありません」


 ガーネットさんも、マーガレットさんのように無表情で淡々と語るタイプか。


「分かったよ……じゃーな、セイジュ。また一緒に依頼受けようぜ」



 おとなしく馬車に乗り込んだ彼女を見送った。

 彼女を見送った後、一人飲食街で飯を食べながら物思いに耽る。


「本当、何があの人をあそこまで追い込んでいるんだ?」


 彼女の悲痛さを痛いほど感じた俺は、思わず独り言を言ってしまう。


「それは……あまりにセレスティアの過去に踏み込んでしまう……」

「ルリさん!!??」


 いつの間にか、正面の席に座っていた彼女に思わず驚いて声を上げてしまった。

【5話毎御礼】

いつも貴重なお時間頂きありがとうございます。

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