ギルド初依頼を、どうしてこうなった?②
――ユグドラティエさんからの無茶振りで始まった石鹸、シャンプー、トリートメント作製。
俺は、全力で作り出した物を彼女達が待つ部屋に届けた。
「お待たせ致しました」
「おぉ~、待っておったのじゃ。今回はガラスの器に入れておるのじゃな?」
「はい、今回は献上品ですから全力で作ってみました」
「ねぇセレス? 私こんな綺麗なガラス今まで見たことないのだけれども……」
「それよりも、その上に乗ってる極彩色の髪留め……まさか『極楽鳥の飾り羽』じゃないだろな?」
三人は、思い思いの感想を呟く。
「では、早速効果を確かめてみるのじゃ! マーガレット風呂の準備はできておるな?」
「勿論でございます」
「え? ちょっと今から? 確かに、早く使ってみたい気はありますが……」
「日が高いうちから風呂なんて贅沢だな! アタシもいくぜ~」
女三人寄れば姦しい。
彼女達は、風呂に行く準備を始めた。
目の前の光景に何やらデジャヴを感じながらユグドラティエさんの方を見ると、彼女はニヤっとしながらおいでおいでと手招きをする。
「ほら、坊や一緒に入るのじゃ?」
「入りませんから!」
「ユグドラティエ何を言ってるのですか!」
「そうか……」
やっぱり残念そうにするんですねぇ? 今度は扉から顔だけ出して。
「少しくらいなら覗きにきても良いからの?」
「だから覗きませんから!!」
「いい加減にしろ!!」
「ごめんなさいセイジュ卿、しばらくその部屋で待っていて下さい」
今回は残り二人のツッコミもあり事なきを得たが、セクハラエルフは健在だった。
――風呂と言うには広すぎる空間。
これを一人で使っているのかと思うほど、湯気で先が見えない。
そこには一糸まとわぬ美姫三人とクールビューティーが一人。
天上天下唯我独尊美の化身、極限まで鍛え上げられた身体にしなやかさを忘れない流線美、背こそ低いかもしれないが万人を魅了するトランジスタグラマー。
ここが地上の楽園でなければ何処が楽園と言うのだ。
「うほほ~、前にも増して泡立ちが良いのじゃ! 坊やめ、まだ実力を隠しておったか!」
「こいつは凄いな! 落ちないと思ってた汚れが簡単に落ちやがる! それに、スースーして気持ち良い」
「マルゴー様、御身体を……これは!」
「何ですのこれは……? この香りも。今まで私たちが使っていた石鹸など脂くさい塊ですわ……」
無頓着に喜ぶ二人とは対照的に、王妃とメイドはその品質の高さに驚愕している。
現に掌で石鹸を泡立てたマーガレットは、遠の昔に置いてきた美への執着を思い出すほどその鮮烈な香りに当てられてしまった。
「あぁ~、戦いの疲れが吹き飛ぶぜこれは~」
「本当に良い香りです、セイジュ卿には感謝しないと……」
一足先にシャンプーを終えたマルゴーとセレスティアは、湯船に浸かり淵に頭を乗せマーガレットからトリートメントの施しを受けている。
マーガレットはセイジュに言われた通り、毛先まで惜しげもなくトリートメントを塗り込み巻き上げた髪をタオルで零さぬように包み込んだ。
「でもよ~、アイツはいったい何者なんだユーグ? あの髪留め間違いなく『極楽鳥の飾り羽』だろ?」
ユーグ、セレスティアだけが許されるユグドラティエの字。
信頼と親愛の証。
「じゃから、言ったじゃろ? 坊やは豊穣の森出身じゃと」
遅ればせながら、シャンプーをしつつ片目でセレスティアを見ながら答える。
「悪い冗談だと思っていたが、ブリギットも言ってた通り逸材なんだな……」
「そこは嘘つく必要はなかろう? おーい、マーガレット我にもトリートメントとやらを頼むのじゃ」
シャンプーを終えた彼女は、湯船に浸かりマーガレットを呼んだ。
「それだけではありません。本日、あのお方の作業を見ておりましたが驚愕の一言」
至宝の御髪にトリートメントを塗り込みながら、マーガレットは独白する。
「セイジュ様は、本日の工程を全て魔法で行っておりました。少なくとも、水・風・火・土・氷属性に錬金術まで確認できましたが、実力の底が見えませんでした。そもそもセイジュ様の魔法発動は常人とは違う気が致します。従来、魔法とは大気中の魔素を身体に取り込み自分の属性にあった魔力に還元し発動する奇跡。しかし、セイジュ様は言い表わし難いのですが……」
マーガレットはセイジュの魔法発動を理解できていないのであろう、途中で言い淀んでしまう。
「坊やが魔素の属性を決めておるんじゃよ。常人のように魔素に選ばれておるのではない」
目を閉じたまま、気持ちよさそうにしているユグドラティエから助け舟が出る。
「つまり全属性を持っていると?」
「然り。とも言えるが、頭の中に描いた心象風景がそのまま魔法となって発動しておるとも言えるのぅ。属性という概念に縛られておらんのじゃ」
「あの若さで魔導の深淵に立っているとは……」
しばしの沈黙の後、マルゴーはポツリと呟いた。
「更に、これらに使われている素材は豊穣の森の物が殆どです。マルゴー様の物に至っては、珠玉の薔薇と呼ばれている『薔薇水晶』に違いありません」
「『極楽鳥の飾り羽』に『薔薇水晶』……アイツもうA級冒険者で良いんじゃね?」
「『シルクスパイダー』の寝間着も貸してもらったぞ?」
「『シルクスパイダー』製の服!!?? 夫人達がどんなにおねだりしても手に入らない物よ!?」
話題は魔法からアイテムに移ったがセレスティアは若干呆れ気味、マルゴーは興奮気味だ。
「それにの〜」
「まだあるのですか!?」
「もう何が出ても驚かない自信があるわ……」
「……」
「坊やは、我の頬に傷をつけよった!」
ユグドラティエは、目を開け天井を見上げながら嬉しそうに言う。
「「「――ッ!!!」」」
「いや~、坊やと初めて会った時、面白いことをしておったから思わずちょっかい出してしまったのじゃ。そしたら、敵と勘違いされてしまってのぅ。少しじゃれ合って最後は魔法を受けてやったのじゃが、それが防御障壁諸共蒸発して頬を掠めたのじゃ。藪を突いたら、蛇どころか竜王が出てきたわい」
ユグドラティエは、カラカラと笑いながら説明をするが三人の理解は追いついていない。
それもそのはず、ユグドラティエは世界の頂点の一角に間違いない。
実際に、戦闘力で言えば上から数えた方が早いエルミアやセレスティアですら、数合打ち合えれば御の字。
身体に刃や魔法が届くなど今まで一回もない。
それほど圧倒的な差が存在する。
「そのような方が今まで埋もれていたなんて……信じられませんわ……」
「強い力を持つ者はその力を誇示するか隠遁するかどちらかじゃが、坊やは後者じゃった。森に引きこもって、採取やアイテム製作に夢中じゃったぽいわ。マーガレットも坊やの実力の底が見えんと言っておったが、あ奴のアイテムボックスはさながら魔窟じゃろうのぅ?」
「セイジュ卿を王都まで引っ張り出してきた目的はありますの?」
「安心せい、我にも坊やにも二心はない。あ奴は見た目は子供じゃが中身は達観した大人じゃ。それに、冒険者になることを勧めたのも我とエルミアじゃ。その為に我の紋章も渡しておる」
「エルフやハーフエルフというわけではありませんのね?」
「同胞ではないのぅ。まぁー、ある程度の当たりはついておるがのぅ。今日はこれくらいにしておくのじゃ~」
「……」
ずっと黙ったままのセレスティアを横目に、一方的に会話を切り上げ再び目を閉じる。
(セイジュ卿の力と財力は圧倒的……この国の為にも何としても留まってもらわないと。陛下やお義父様に相談して根回しして頂こうかしら?)
(アイツがそんなに強いとはねぇ? ぜひ一回戦ってみたい。そういえば冒険者になったんだよな。いいこと思いついた! ムフフ。後、もしかしたらアイツなら……)
「おい二人共、目を閉じててもあくどい顔をしているのが瞼に浮かぶのじゃ!」
――四人が風呂に行って小一時間。
他のメイドさんからお茶を振る舞われまったりした時間を過ごす。
「戻ってきたようです」
メイドさんに言葉を掛けられると同時に扉が開く。
風呂上がりの艶っぽい方々の中で、マルゴー様が真っ先に駆け寄ってきた。
「素晴らしい! 素晴らしいですわセイジュ卿! 見てくださいこの輝きと艶。それにこの香り! 憎らしかったくせ毛もユグドラティエのように真っ直ぐ! これでお茶会の勝利は揺るぎませんわ」
俺の手をしっかり握りしめ興奮しながら語る。
どうやら、納得の出来だったようだ。
「確かに、こいつの効果は凄い。今までは髪の手入れなどメイド任せだったけど、これほどの効果を目の当たりにしては美容というものに興味が出てしまう」
セレスティア様を見て、思わず見蕩れてしまう。
お世辞にも綺麗だと言えなかった髪は、潤いと艶を得たことによって紅蓮に輝く。
しなやかに纏まった髪は女性らしさを強調し、光が当たれば美しいエンジェルリングが浮かぶ。
今ここが舞踏会であったら、彼女の前には数えきれないほど男が並ぶであろう。
「お……おい、何とか言えよ!」
俺の視線に気づいたセレスティア様は、恥ずかし気に声を荒げた。
「ほう? ほう? ほ~う? おい坊や、こ奴もエルミアと一緒でのぅ、長年独り身を拗らせておる。坊やが面倒みてやってはどうじゃ?」
「馬鹿、ユーグ! てめー」
茶化されたセレスティア様は、ユグドラティエさんの後を追いかける。
「いや~、坊やこれは本当に素晴らしいのじゃ。これだけで一財産、いや一生遊んで暮らせる金が手に入るぞ?」
ユグドラティエさんの髪もいつも以上に輝き、その存在感を更に高めていた。
「そうですわセイジュ卿、この宮殿で働きませんか? 給金は言い値で雇いますわ!」
「いえいえ、僕は冒険者ですから好きに生きて勝手に死にますよ」
「そうですの? それにしても惜しいですわ。こんな素晴らしい物が一回で終わるなんて……」
マルゴー様は、名残惜しそうに髪の毛を指で遊ばせる。
「え? 一回で終わりではありませんよ? これは、使い続けることによって更なる効果を生みます。マルゴー様は、お茶会まで三つ編みを止めて髪の毛を休ませてください。そして、お茶会前にもう一度入浴するのをおススメ致します」
そう言って俺は人数分数え切れないほどの石鹸、シャンプー、トリートメントをドカドカっとアイテムボックスから取り出した。
「皆様女子力上げましょうね!」
終始上機嫌のマルゴー様からお昼を食べていけと提案され、テラスで一緒に食事をすることになった。
眼下には広大な敷地、花と緑が溢れる庭園、初日に通った市門など霞んで見える。
栄耀栄華美々燦々、心地よい風を受けならが会話と食事が進む。
ユグドラティエさんからドレッシングの希望があり渡してやったが、他の二人も甚く気に入ったようで早速王宮でも取り入れようと、マーガレットさんを通じて厨房に残りのドレッシングとレシピを書いた紙を届けさせていた。
食後の紅茶も頂きタイミングを見計らっていた王妃は――
「さて、私は公務がありますのでお暇させて頂きますが、皆さんはこれからどういたしますの?」
「我は寝るのじゃ〜」
「アタシは、ちょっと調べたいことがあるからもう少し残るよ」
「僕は、宿に帰って明日の準備でもします」
「そうですか。ではマーガレット、セイジュ卿の見送りを」
「かしこまりました」
大理石の廊下を出口に向かって案内される。
時々すれ違うメイドさんは、皆立ち止まって頭を下げてくる。
「本日は、突然の無理難題を解決して頂いてありがとうございました。あのように楽しそうにするマルゴー様を見たのは久しぶりです」
マーガレットさんは、出口の前で深々と頭を下げた。
「いえ、皆様に喜んで頂いて何よりです。あ! そうだ、マーガレットさんコレをどうぞ」
麻袋にまとめた石鹸、シャンプー、トリートメントを渡す。
「これは?」
「マーガレットさん用です。好きな香りは聞いてなかったので完全に印象で決めました! 三人にだけ渡すのはズルいですからね」
俺はにっこり笑って答える。
「あ…ありがとうございます……ゴホン! セイジュ様、こういった無自覚な行動が女子を惑わすのですからね、お気をつけください!」
真っ赤な顔に諭されながら、俺は手を振って王宮を後にした。
彼を見えなくなるまで見送った後、マーガレットはキュッと麻袋を抱きしめた……
――次の日。
今日こそは! と早めに宿を出て冒険者ギルドに向かった。
E級D級の依頼を興味津々に見ていると、背後から両肩にガバッと手を置かれる。
「おはようセイジュ!」
「お、おはようございますセレスティア様」
見上げたそこには、今日も深紅の髪を一本に結い大剣を背にした彼女がニヤッと笑い一言。
「じゃあ行こうか!!」
だからどうしてこうなった! 声にならない心の声がギルド内にこだました。




