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ギルド初依頼を、どうしてこうなった?①

 ――昨夜の出来事、ゲーテとの会話と男の襲撃にすっかり気が滅入ってしまった俺は宿に帰るなりベットに倒れ込む。

『明日は冒険者ギルドの依頼を受けて、華々しい冒険者としてのスタートを切るんだ』と心に誓って目を閉じた。



「―-おはようなのじゃ」


 どうしてこうなった? 朝、目を開けた俺に翠色と菫色の双眼が覆い被さるように覗き込んでいた。

 だから顔が近い顔が!


「おはようございます、ユグドラティエさん。これは……いったいどういう状況なのでしょう?」

「坊や、不用心なのは感心せんのぅ? 戸締りはしっかりしておくものじゃ」

「いえ、窓も扉も間違いなく鍵をして寝ましたが? なんなら結界魔法も使ってますよ……」


 頬に彼女の髪の毛がくすぐったく触れ、数日振りの再開に思わずニヤついてしまう。

 そうだ、この人はこういう人だった。

 スキルも魔法も関係ない圧倒的存在。


「それはそうと坊や……」


 急に胸の辺りに顔を埋め、スンスンと匂いを嗅ぎ始める。


()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「残り香ですか?」

「そう、残り香じゃ」


 彼女は確実に気付いている、だが核心には触れない。

 含み笑いしつつ、胸に顔を乗せたまま上目遣いに俺を見つめる。

 数十秒の沈黙、お互いの思惑が交錯する……



「では行くかのぅ?」


 ベットから降りた彼女は乱れた服を正し、手を差し伸べてくる。


「何処へ?」

「それは行ってからのお愉しみじゃ」

「ちょっと待ってください。何も準備してないです。せめて着替えさせてください」


 俺もベットから降りて急いで着替えを済ます。


「お待たせしました。何するんですか? また朝食食べさせろとかですか?」

「それはとても魅力的じゃが、皆もう朝食は済ませておる。坊や今日はお寝坊さんじゃな?」


 確かに今日は寝過ごしたようで、外からは活気のある声が聞こえる。


「改めて、では行くとするかのぅ」


 彼女の手を握ると二人は魔法の光に包まれた。



 ――空間転移魔法だろう、一瞬にして見覚えのない場所に移動する。


 どこかの宮殿か? 大理石の廊下、窓は大きく作られ一面のガラス張り、アーチ状の天井からはシャンデリアが垂れ下がっている。

 端々には壺や像なのどの調度品、見るからに高級そうな物が廊下を彩る。

 絢爛豪華、かの首を落とされた王妃もこういった宮殿に住んでいたのだろう。


 目の前には大きな扉、誰が見ても重要人物の部屋だと分かるくらいの自己主張を放っている。


「おーい、今戻ったのじゃ~」


 うぉおおい!?? バァーン! と大きな音と共にノックもせず、元気いっぱいに叩き開けちゃってるよこの人……



 連れ添われて入った部屋には女性が三人。

 亜麻色の髪に白いドレス、深紅の髪に赤を基調としたドレス、紅茶を入れながら少しだけ驚いた表情をするメイドさん。


 揃いも揃って美女ばかり、本当にこの世界の顔面偏差値には恐れ入る。

 もっとも、俺を連れてきた張本人が美の到達点だとは思うけど。


「坊や紹介するぞ、こ奴はこの国の后。で、そっちは前王の弟の娘で、メイドはメイドじゃ!」


 紹介が雑! 重要どころか、超重要人物の紹介をドヤ顔でサラッと済ます。


「ふふふ、ユグドラティエそれじゃ紹介になっていないわよ?」


 亜麻色の御后様は、扇子で口元を隠しながら笑い、改めて自己紹介をする。


「私はマルゴー・ドゥ・ラ・ラトゥール。ロートシルト国王陛下の王妃にして、愛しきシルフィードの母でもあります。話は聞いていますよ、幼き賢者。我が娘シルフィードを救ってくれたことに、最大限の感謝を」


 両手でスカートの裾を軽く持ち上げ、片足を引き背筋をピンっと伸ばしたまま膝を曲げる。


「そしてこちらは、メイドのマーガレット。私の専属メイドをしているの。少し表情は硬いけど、いっつも頼ってばかりなの、ふふ」

「よろしくお願い致します、セイジュ様」


 上機嫌な主とは対照的に、手を前で組みながら無表情で挨拶をする。


「最後に私ですね。私の名前はセレスティア・ドゥ・ラ・ラトゥール・ドゥーヴェルニ。かねてより、セイジュ様の武勇ユグドラティエ様から聞き及んでおります。よろしくお願いしますわ」


 マルゴー様と同じようにスカートの裾を持ち上げる。


「おいセレス、その喋り方何とかならぬか? 鳥肌が立ちそうじゃ」

「まぁ! 酷いですわユグドラティエ様、私奴はこんなに貴女様を慕っておりますのに!」


 クネクネと身を捩らせ猿芝居をするセレスティア様に、ユグドラティエさんはドン引きしている。


「ぷぷ、ぷぷぷぷっ。坊やアタシに見覚えないかい?」


 彼女は、笑いながら赤い髪を手で一本に結う仕草をした。


「あ!? 冒険者ギルドで親切にして頂いたお姉さん?」

「そうじゃ、こ奴は大公爵でありながら、仕事を全部部下に押し付け自分は冒険者三昧。世界でも数少ない特級冒険者じゃ」

「そそ。今度、一緒に依頼受けようぜ~」


 急にフランクな態度で接してくるが、特級冒険者? A級以上のランクがあるのか?

 もしかしたら、ギルドで感じた殺気は彼女から放たれたものなのか?


「マルゴー様、セレスティア様、マーガレット様、はじめまして。僕の名前はセイジュ・オーヴォ。天上の二つの月や星々がその輝きを忘れてしまうが如き美姫御三方にお会いできたこと、恐悦至極に存じます」


 右腕を胸の前に持っていき、膝を折りつつ頭を下げる。

 なんちゃって貴族の挨拶ポーズだ。


「あらあら〜?」

「ば、馬鹿野郎! そんな挨拶やめろよ」

「……」


 三人の反応はそれぞれだが、総じて何やら恥じらっている。


「ぷっ、ひゃはっはっは。坊や、その口上は今後止めとくのじゃぞ。そんな挨拶された女子は、坊やのことを放ってはおかんからのぅ?」


 肘で頭を軽く小突かれながら諭される。


「我という者がありながら、坊やはお盛んじゃな〜このこの」

「はは……」


 どうやら口説き文句が入っていたようで、やんごとなきお方達を堂々とナンパしていた……


「ところで、何故僕はここに連れてこられたのでしょう?」

「そりゃ、アレじゃよアレ!」

「アレとは? うーん、朝食ではないんですよね?」

「ほら、何と言ったかのぅ? 風呂に入る時石鹸と一緒に貰ったアレじゃ!」

「あー、シャンプーですか?」

「そー! それじゃ!!」

「何でまた急に?」



「――それは、私からお話し致しますわ」


 俺達のやり取りを笑いながら見ていたマルゴー様が口を開く。


「実は、一か月後に貴族の中でもとりわけ有力な夫人達でお茶会を開きますの。でも、困ったことにここ数日髪の毛が傷んでしまって、これではお茶会で何と言われるか……」


 細い亜麻色の髪を指で遊ばせながら、困った表情をしている。


「十分お綺麗だと思いますが?」

「違うのじゃ坊や。有力貴族のお茶会は、ただの仲良し会ではないのじゃ。中には敵対する派閥貴族も来て、お互いの腹を探り合う。そこに付け入る隙があってはならんのじゃ。特に王妃ともなると、身なりから健康面まで一挙手一投足が監視されておると思った方が良い。その場では、無理してでも完璧を演じなければならんのじゃ」

「いや~怖いね~、女狐達の化かし合い。アタシは、御免だね」


 大公爵という最も頂点に近いご令嬢は、自分には関係ないとでもいうような素振りだ。


「あらあら、あの場はあの場で楽しいものよ? それに冒険者セレスの話題を出せば、注目の的間違いなしですもの。それでねセイジュ卿、髪のことをユグドラティエに相談したら面白い奴を紹介したいと言って卿を連れてきたの」

「そういう訳じゃ、坊や何とかせい。後、セレスは冒険者ゆえこういったことには鈍感過ぎじゃから一緒に面倒を見るのじゃ」


 無茶振り感半端ないが、つまりは二人の傷んだ髪を補修するシャンプーが欲しいと。

 確かに洞窟では、ユグドラティエさんもエルミアさんもシャンプーの効果に驚いてたな。

 じゃあ、適当にシャンプーを作って渡すかな。


『今を全力で生きないと本当のオマエの願いは叶わない!』


 急にゲーテの言葉が脳裏に浮かぶ。

 また、俺はその場の流れに身を任せて生きようとしていた? 違うだろ! 相手が俺を頼ってくれている。


 ならば、その期待に全力で答えるのがこの世界での生き方だ。

 髪の傷みを治すには、シャンプーというよりはトリートメントの方が重要かな?


「分かりました。今はシャンプーを持ってはいませんが材料なら持っています。作る場所と時間を頂ければ、直ぐにでもできますが?」

「ではマーガレット、セイジュ卿を空いてる部屋に案内なさい」

「かしこまりました」

「あ? ちょっと待ってください。宜しければ御二人の髪を見せて頂けますか?」

「髪?」「髪を?」


 二人は、不思議そうに俺を見返す。


「はい、御二人の髪の状態や髪質に合ったシャンプーを調合しようかと思いまして」

「くくくっ、これは面白い物が見れそうじゃ」


 ユグドラティエさんの反応もあってか、二人は髪に触れることを素直に了承してくれた。


「先ずはマルゴー様から、失礼致します」


 厚手の革張りソファーに座る二人の内、マルゴー様から髪の状態を鑑定する。

 亜麻色のロングヘアーを三つ編みのハーフアップにしている様は、ザ清楚系大定番といったところだ。


 結果は、三つ編みによる髪の毛の軋み、水分不足からくるパサつきだった。

 それでも、十分過ぎるほど手入れが行き届いており、前世でも通用するレベルで美しい。

 羽をモチーフにした髪留めも、彼女の上品さを更に引き立てる造りになっている。


「続いてセレスティア様も失礼致します」


 深紅、燃えるような赤髪を無造作に下しただけの髪型。

 激しい戦闘や冒険のせいだろう、傷みが酷くゴワゴワとしている。

 水分は抜け枝毛も見える。

 これでは、折角の美しい髪が台無しである。


 ドレスは、赤を基調としたスリットの入ったマーメイドスタイルにレースのケープ。

 動き易さを重視したセレスティア様らしい出で立ちだ。


「ん!! んんぅ?」


 ユグドラティエさんもグリグリと自分の頭を差し出し、髪質を確かめろと迫る。


「はいはい……」

「ありがとうございました。では、作ってまいりますのでマーガレット様案内お願いします」



 ――大理石の廊下をマーガレットさんに付き添われて歩く。


 ピンと伸びた背筋に案内され、お互い無言に歩く。

 多分、この人も相当強い。

 後姿に全く隙が無い。

 覆われた魔力層の分厚さは巌のように折り重なっている。

 やはり、強くないと王妃専属メイドは務まらないのだろう。


「こちらでお願いします」


 通された部屋は会議室のように広い。

 高級感溢れる長いテーブルに豪華な椅子がいくつも並んでいる。

 その内の一席を借りて作業に移る。


「ありがとうございます、作業に入りますがマーガレット様はお戻りになられないのですか?」

「マルゴー様より、セイジュ様のお手伝いをするように申しつかっておりますので。なお、私に様付けは不要です。一介の使用人ですから」

「そうですか、殆どの工程を魔法でするのでコレといって手伝いが必要とは……あ! そうだ。マーガレットさんは、三人の好きな香りってご存知ですか?」


 俺は其々にどの香料を使うか迷っていたが、マーガレットさんなら分かるだろう。


「香りですか? それでしたらマルゴー様は薔薇系の香りがお好みで、セレスティア様は正確には分かりませんが、甘い香りは苦手だった気がします。ユグドラティエ様は―」

「お酒ですよね? それもワイン」


 被せるように答えてみる。


「ぷっ。確かにユグドラティエ様はお酒は好きですが、森の香りだと思いすよ。くくっ」


 冗談と受け取ってくれたみたいで、硬い表情を少しだけ柔らかくすることができた。



 さて、肝心のシャンプー、トリートメント作りだが一緒に石鹸も作ってプレゼントしよう。

 石鹸の工程は、オイルと水酸化ナトリウムに水、香料。

 こいつらを一緒にして攪拌、硬くなってきたら型に流し込んで乾燥。


 魔法を使えば直ぐに完成だ。

 肝心なオイルと香料だが、マルゴー様にはシアバターにローズオイル、セレスティア様にはパーム油とメンソール、ユグドラティエさんにはオリーブ油とフィトンチッドを選択。


 続いてシャンプーに取り掛かる。

 シャンプーは、先ほどの石鹸を固まらないように状態保存の魔法をかけるだけで完成。


 メインのトリートメントは力を入れる。

 ここで重要なのは、コンディションニング材料と毛髪保護材料だ。

 アイテムボックスの肥やしになっている素材からアミノ酸やタンパク質、シリコンにコレステロール、だめ押しのポリペプチドと各オイル成分を錬金術で無理矢理分離。


 その後、魔法で作った水に溶け込ませる。

 そして、髪に浸透させ易いようクリーム状にさせれば完成だ。


 其々三種類を、彼女達のイメージに合ったガラスの容器に入れて保管する。

 流石に洞窟で出したような木の容器では、献上品としては失礼だろう。

 マルゴー様は金、セレスティア様は赤、ユグドラティエさんは緑だ。


 あ? そういえば、マルゴー様は羽の髪留めをしてたな。

 アイテムボックスから『極楽鳥の飾り羽』を一枚出して、ササっとアイテム作製する。


 お待たせしまたーっと振り向いた時、マーガレットさんの驚いた顔はとても印象的だった。


 さぁ、皆んな喜んでくれるかな?

長くなりそうだったので①と②になっています

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