教会訪問、悪辣の本懐
――ギルドから出た俺は宿を探す。
先ほどの買取で多少金は手に入ったが、肝心の宿がどこにあるのか分からない。
ギルドに戻って聞こうかと考えていた時、丁度依頼を終えた冒険者パーティーが帰ってきたのに出くわした。
「あの、すいません」
「なんだい坊主?」
「この辺に冒険者向けの宿ってないですか?」
「だったら南門方向に少し戻ったら飲食街があるから、その周辺に宿が固まってるぜ」
「何々? 坊や冒険者になったの? かわいい~」
「今日登録しました。拠点になりそうな宿探してまして」
「うわ~、頑張りなよ~」「無理はするなよ、死んじまったら意味ないからな」「依頼の期限にも注意しなよ」「パーティー組みたかったら、受付に相談すれば良いぞ」
様々なアドバイスをくれた四人組にお礼を言って、飲食街を目指す。
夕食にまだ早い飲食街は、閑散としている。
個別の店は勿論、見るからに高級そうな店、多くの屋台で囲まれたフードコートのような共有スペース。
確かに、ここなら色々な物が食べれそうだ。
そこを抜けると、宿っぽい建物が多く見えてきた。
各宿を様子見しながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「さては、お兄さん宿をお探しだねぇ〜?」
「はい。冒険者になったばかりなので、しばらく泊まれる所探してます。狭くて良いので清潔な宿知りませんか?」
「だったらウチがぴったりだよ! 一泊大銅貨二枚。食堂は無いけど、そこで食べれば良いしさ。特に、パーティー組んでないお兄さんにはオススメだよ」
飲食街を指差しながら問答無用で俺の腕に絡みつく。
ぽよんぽよん。
「じゃあ、お世話になります。案内お願いします」
「は〜い、こっちだよ!」
宿に到着。
とりあえず、五日分の宿泊費を払い部屋に案内してもらう。
シンプルな部屋だ。
ベットと横には机に椅子、シャワーは無論ないとしてトイレは共同。
ビジホを小さくした感じだ。
狭いが十分だ。
どうせ、ほとんど外にいるつもりだし。
掃除は行き届きシーツも綺麗だ。
「綺麗な部屋ですね。掃除が行き届いてて清潔です」
「まぁ〜ね。ウチ掃除には力入れてて、トイレも綺麗だよ。出かける時は、鍵を受付に渡すの忘れないでね。じゃ〜ね〜」
彼女を見送りベットに寝転がる。
洞窟から出て数日……見える景色は一変した。
木や石でできた建物、様々な人種、舗装された道、絶え間ない雑音に少し淀んだ空気。
ここは本当に都会と同じだ。
法と秩序、自由と責任、関心と無関心。
充実と虚無。
「ゲーテからチャンスを貰ったんだ。色々挑戦してこの世界を堪能しよう!」
虚空を掴み、改めて決心する。
――今日中にもう一つの目的、教会に行ってみよう。
洞窟を出る時、王都に着いたら祈りを捧げる約束だ。
ギルド方面に戻り、通り過ぎたところに大通りが交差。
そこから、路地が放射線状に伸びている。
その一角にいかにもな建物が見えた。
灰色のレンガを幾重にも積み重ね、絡みついた蔦は重厚な歴史を感じさせる。
丸みを帯びた窓には、透明なガラス。
礼拝堂らしき横には、大きな宿舎が見える。
教会の門は、誰にでも開かれる。
その門戸は開かれ容易に入ることができた。
中央には長い絨毯が敷かれ、サイドの柱には神像が彫られている。
絨毯の先にはひときわ大きな神像がそびえ立ち、足元にはいくつもの蝋燭が灯っている。
天井には、煌びやかな宗教画。
創造神を中心にいくつもの属神。
その中に、気になる神を見つけた。
表情豊か神々の中で唯一フードを被り、別方向を指差している。
絶対これがゲーテだろ……
なぜか誰もいない礼拝堂。
蝋燭の前で久しぶりに座禅を組み祈りを捧げた。
……カツン…カツンとヒールで歩くような乾いた音が聞こえる。
その足音は、俺の直ぐ後ろで止まった。分かっている、コレは人ではない。
「この世界を楽しんでいるかな引きこもり君? 今まで随分と祈ってくれたから、敬虔な引きこもり君に忠告をしにきたよ」
少年は、少しからかうように語りかけた。
「自重だ理性だと自身を律しているがそんなもの不要だ。またそうやって傍観者に徹してチャンスを逃すのかい? うんざりしてたんだろ向こう世界で。今を全力で生きないと、本当のオマエの願いは叶わない! もっとこの世界をかき回してよ!」
「かき回す?」
俺は、座禅のまま聞き返す。
「そう。今この世界は、緩やかに衰退している。数百年、目立った進歩がないんだよ。ほとんどの者、権力者達でさえ現状を維持しようと『選択』しないんだ。選択しているようで選択していない、いつも答えが一緒なんだよ。だからオマエには、革新という名の選択肢になってほしいんだ」
少年の声は、からかいから苛立ちへ。
「変わらないことを良しとする老害みたいなもんか……」
「似たようなものだよ。創造神が一番凝り固まった老害なんだから。『我が子達の理性に任せる』とかわけのわからないことばっか言ってるし。何でも良いよ。エルフ達に振る舞ったような料理でも、アイテムでも娯楽でも。なんだったら、軍隊作って戦争仕掛けても良い。この世界に刺激をおくれ!」
初めて話した時は、地球からこの世界に数百年分の魔素を送り込む事が目的と言ってた。
そして、そのオマケが転生とチートぽかったけど、本当の目的はこの世界の発展なのか?
「ゲーテ。方法はどうであれ、世界の発展を望んでいるのか?」
「それもあるけど……」
妙に言い淀んでいる。
「言っただろ? 数百年に一度、地球からこっちに転生してもらう。その全てが壮大で尊大な夢を持って、この世界を生きるんだ」
「そらそうだろうな。こんな力を貰ったんだ、大きな夢の一つや二つはあるだろうよ?」
「そうなんだよ。でもさー、叶わないんだよソレ。一つ叶えればまた一つ。次から次へと欲望の対象が移り変わって、最後には破滅するんだ……」
少し声が上ずる。
悲しんでいるのか?
「……好きなんだよね、その時の顔が……」
「ん?」
疑問を感じた俺は、思わず目を開けてしまう。
目の前にはローブ姿の少年。
「だから今際の顔だよ。絶望に染まった表情、深い後悔、残された者への未練、見当違いな僕への怨恨。知ってる? 皆その時さ、こんな世界になんて来なければ良かったって嘆くんだ。望郷の念に駆られ死んでいく……その瞬間が最高の愉悦なんだよ!」
それが本当の目的か!
「だからさ! もしオマエもそうなった時は、お願いだから特等席で見せておくれ。オマエは、今までで一番の最高傑作なんだから」
頬に手を当て、身震いしながら哀願する。
深く被ったフードから覗く片目を初めて見たが、その瞳はこの世の全ての闇を凝縮したかのように輝く。
そして、いつものように悪辣な笑みを浮かべていた。
つまり、ゲーテの目的はこうだ。
数百年に一度、世界の安定と発展の為に地球から魔素を取り込む。
その時選ばれた人間は、チートというオマケ付きで転生させる。
そして、地球の知識を使ってこの世界を発展させる。
最後は、夢半ばで死んでいく者の顔を見ながら絶頂に達したい。
うん、こいつは神じゃなくてやっぱ悪魔だわ。
「――それは私達の側面の一つでしかありません」
今度は、修道女姿の少女が姿を現す。
目には黒いレースの目隠し、腕には同じ様なロンググローブ。
勿論、もう一柱だ。
「確かに貴方の夢が道半ばで途絶えたなら、これ以上にないほどの悦に入るでしょう。しかし、それは貴方の夢が叶わなかった仮定の話。我々は、貴方の成功を確信している」
「今日は普通キャラなんだな?」
「はい、今日は運命と選択の神として降臨していますから」
祈りのポーズをしながら答えるが……いやまてよ? この姿……
「王立葬送機関?」
「怨敵誅滅せしめよ須らく」
やっぱりか……生前ハマった厨二感特盛りゴシックホラーADVのキャラじゃねーか。
「それはさておき、言った通り貴方は最高傑作。きっと、心の杯を満たすことができるでしょう。その為に『ガイドブック』も差し上げたのですから。以前、白紙だったページを見てください」
広辞苑より厚い『ガイドブック』。
途中から全て白紙だったページをめくる。
「これは!?」
「そう。それは、貴方が紡いだ歴史の一ページ。残りのページが埋まる時、貴方の本当の願いが叶う」
そのページには、エルミアさんと初めて会った夜からユグドラティエさん達へのおもてなし。
再会を約束した朝までが描かれていた。
熱い想いがこみ上げる。この世界での初めての思い出。
心を揺さぶられる出会い、刻が止まってほしいと願う美しい瞬間。
「今の感情を忘れないでください。では、また会いましょう」
「死ぬ時は僕を呼んでよ。見に来るから!」
彼らの気配が消え、辺りは静寂に包まれる。
ただ蝋燭の炎だけが揺らめいていた。
「おや? こんな時間に誰かいるのかい?」
礼拝堂の奥から、老いた修道女が現れた。
「すいません、扉が開いていたので許可も取らずに祈っていました」
「そうかいそうかい。教会の門は誰にでも開かれる。遠慮は要らないよ、声の調子からして子供かな? すまないねぇ、遠の昔に目から光を失ってねぇ。子供にしては、随分と達観した声色をしておるのぅ?」
盲目の修道女は、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
「坊やは、どなたから啓示を受けたんだい? 久しぶりじゃよ、ここまで充満した神の残り香は。それこそ、前に感じたのは私がまだうらわかき乙女の頃じゃったかのぅ?」
「分かるのですか?」
「然り。光を失ってからの方がよっぽど見えておるよ。坊やは、随分と数奇な運命に導かれておるのじゃな。多くは聞かぬが、その縁は大事にするが良い」
――教会を後にした俺は、宿に向かって暗くなった路地を歩く。思った以上に時間が経っていた。
後をつけられている? 「悪意ノアル者ニ後ヲツケラレテイマス」
気づくと同時に『ライブラリ』のシェリが警告を発する。
俺は、その場に立ち止まり相手の出方を待つ。
物陰から見覚えのある顔がフラフラと出てきた。
「へへ……坊主悪いことは言わねぇ、書簡を置いてきな……」
手には短剣。
狂気を含んだ笑みで俺に話しかける男は、この街に入る時にお世話になった門番だった。
ヒルリアン家の紋章に、金と権力に魅せられた男。
「おい! 聞こえなかったのか! 死にたくなかったら書簡を置いてサッサと消えろ!!」
無言で見返す俺に、男はまくし立てる。
教会の出来事に五月蠅いい声、自分でも、明らかに気が立っていることが分かる。
降り懸かる火の粉は払わなくてはいけない。男に向かってゆっくり歩き出す。
「このガキ!! 腕の一本や二本は覚悟しろやぁああ!!」
怒号と共に、渾身の力でナイフを突き立てようと突進してくる。
その一撃は、俺に掠ることさえない。
空を切る凶刃は俺が立っているはずだった場所を通り過ぎ、男の手首は今二つの牙に挟まれミシミシと音を立てている。
肘と膝。
ナイフを余裕で躱しつつ、肘鉄と膝蹴りが男の手首を挟み潰した瞬間だった。
「ぐわぁあああ!!」
ベキベキと骨を砕かれた痛みに絶叫しうずくまる。
俺はナイフを拾い上げ、その切っ先を男に突きつける。
「ひぃぃぃ、すまねえぇ。ほんの冗談だよ。もう一回、あの書簡を見せてもらいたかっただけだ!」
折れた手首を庇いながら、白々しい言い訳を並べた。
その態度に苛立ちは高まり、きっと今俺はゴミを見るような目でこの男を見ているだろう。
ナイフを握る手に力を込める。
刀身に微かな光が灯ると、霜が走り次第に凍りつく。
極限まで冷やされたそれは、パリンという音と共に柄諸共砕け散った。
「魔法! お願いします! 殺さないでくれ!! 何でもする。勿論書簡のことも秘密にするし、坊ちゃんのことも誰にも言わねぇ!」
哀願する男を尻目に、俺はその場を立ち去る。
とにかく、今日はもう静かにしたい。
「見逃してくれるのか坊ちゃん! ありがとう!」
そんな声が背後から聞こえてくるが、何の反応もせず宿に急ぐことにした――