市壁門での出来事、ギルド登録へ
――門番に待っていろと言われ大人しくその場で待つ。
「すまんな坊主、こっちに来てくれ」
戻ってきた門番に案内され詰所に通される。
中には机に座った男が一人。
眉間にはシワが刻まれ眼光は鋭く、ガッシリとした体格は威圧感を放っている。
「こいつを持ってきたのは坊主お前で間違いないな?」
「はい」
「どこで手に入れた?」
「ユグドラティエさんご本人から頂きました」
低くよく通る声で問われた俺は、真っ直ぐ見返し答える。
「このガキ! ヒルリアン様を名前で! しかも、さん付けとは無礼にも程があるぞ!!」
「待て!!」
「ですが兵長!」
今にも掴み掛かってきそうな門番を男が止める。
「嘘は言っちゃいねぇみたいだが、お前これがどういう物か分かっているのか?」
「身分証を持っていないので、その代わりに書いてもらいました。困った時はこれを見せろと。後、冒険者ギルドに行ったら受付の人にも見せろとも……」
正直に答えた俺に兵長は、ふぅーっとため息を漏らす。
「やっぱりか……いいか坊主、ヒルリアン家の紋章が入った書簡は、世界でも最高級の権限を持つ。これがあればお前は、この国の宝物庫だろうが王妃様のベッドだろうが大手を振って入ることができるぞ。中見せてもらって良いか?」
「どうぞ」
中を見た兵長は、プルプルと震えだした。
――我、ユグドラティエ・ヒルリアンはセイジュ・オーヴォの後見人及び親代わりとして此処に身分を証明する。
彼の者に危害を加える者、それ即ち我に刃を向けると同等である。ゆめ忘れるなかれ――
ご丁寧に達筆なサイン入り。
あのセクハラエルフなんて物をくれたんだ!
完全な天下御免状じゃねーか。
後見人で親代わりてなんだよ、ちょっと身分を証明さえしてくれれば良いのに、何でも許されるフリーパスになっていた……
「偽造の可能性も……」
「いや、それはないだろう。ヒルリアン様の持つ物は全て高度な魔道具だ。紋章の複製や無断使用は、裁判もなく極刑。それにこいつには、異常なまでの状態保存魔法が掛けられている。間違いなく本物だろう」
「なっ!? なんでこんなガキに……」
俺を横目に偽造の可能性を論じていたが、本物と認定されたらしい。
「坊主、通って良いぞ、通行料も要らん。後、その書簡は絶対なくしたり盗られたりするなよ? それがあれば一生遊んで暮らせるからな。ほら、お前も持ち場に戻れ」
クソ! っと凄い目で俺を睨みながら、門番は持ち場に戻っていった。
「あ、あの、このことは内密に……」
「当たり前だろ。それに、こんなこと誰に言っても信じちゃもらえねぇよ」
「ありがとうございます」
「ああ、ようこそラトゥール王国王都へ」
――詰所から出て薄暗い通路を出ると、そこには街が広がっている。
中央の大通りに立ち並ぶ店は活気づき、人々の熱気を感じる。
大通りの先、小高い丘には白亜の城。
完全にお上りさんとなった俺は、街を見上げていた。
「おう坊主! また会ったな。どうしたぼーっとして?」
市門前で熱弁を振るわれたスキンヘッドの男に声を掛けられる。
「ああ、いえ。凄い田舎から出てきたので、あまりの大きさにびっくりしてました」
「言った通りだろ~。おめぇはこれからどうすんだ?」
「冒険者登録したいのでギルドに向かいます。後、教会にも行ったことないので行ってみたいです」
「なら、この道を行けば直ぐだぞ。一際大きい建物だし、それっぽい奴もいるから誰から見ても分かりやすい。教会もギルドのすぐ近くだから大丈夫だ」
「ありがとうございます!」
「おう、俺もしばらくこの街に滞在するつもりだ。困ったことがあったら声掛けてくれよな!」
男と別れて大通りを真っ直ぐ進むと、石造りの大きな建物が見えてきた。
周りには鎧やローブを纏った者、剣や槍を持った者が数人、成程分かりやすい。
俺は大きな扉を開けて中に入る。
吹き抜けのある中央は、広々とし左右には依頼が張られた掲示板、奥の受付スペースには女性職員が座っている。
時間帯のせいだろう、冒険者は少なくガランとしている。
正に想像していた通りの冒険者ギルドだ。
物珍し気にキョロキョロとしていると、女性冒険者に声を掛けられた。
「おい坊やどうした? そんなキョロキョロして?」
「はい、冒険者登録に初めて来たのですが珍しくて色々見てました」
「坊やが? 12歳超えてたら誰でも登録できるが……」
「だったら大丈夫です。先日12歳になったばっかりですから」
「そうか、だったらあの受付に行きな。あそこで登録ができるぞ」
「おぉ! ありがとうございます」
燃えるような赤髪を一本に結い、大剣を背負った女性にお礼を言って背を向ける。
彼女はヒラヒラと手を振り俺を誘導したが、後姿を見てニヤッと笑った。
「グ――ッ!」
突如、背中にとてつもない殺気。
全身を針で貫かれるような感覚。
森では嫌と言うほど味わった死の足音。
常人ならば、この感覚で気絶してしまう程の狂気。
バっと最速で振り返る俺の手には、既に短剣が握られていた。
にもかかわらず、目線の先には彼女がニコニコと手を振っていた。
あれ? 俺は首をかしげながら受付に向かう。
「聞いてた以上じゃないか坊や……」
そう呟いた彼女は、ゆっくりと出口に向かった。
「ようこそ冒険者ギルドへ。登録ですか? 素材買取ですか? 買取の場合はあちらの窓口に行って下さい!」
そばかすが目立つが、元気いっぱいの可愛らしい受付嬢に案内される。
「登録をお願いします。それとこれを見せるように言われました」
本当は見せたくないが、ユグドラティエさんから言われてた通り書簡を渡す。
「ん? これは……? え? ん? ……この紋章もしかして?……はわわわわ、少々おま、おま、おままま、お待ち下さいぃいい。マスター、マスタぁあああー!!」
どんがらがっしゃーんと辺りの物をなぎ倒し、奥に消えてく彼女を見送る。
「なんだあいつ?」
「大方なんかやらかしたんだろ?」
「これだから子供は……」
周囲からの羞恥プレイに耐えながら数分……本日二回目の呼び出しが掛かる。
「お待たせしましたこちらへどうぞ」
二階の先、ギルドマスターの部屋に俺は案内された。
応接間を思わせる部屋。
無駄が一切なく整理整頓されたここは絢爛豪華の真逆、実利を取った洗練された空間。
ギルドマスター自身を体現した部屋なのだろう。
「値踏みは済んだかな少年?」
机に肘をつき指組する女性。
切りそろえられた髪に眼鏡、その奥には切れ長の目がこちらを覗いている。
キャリアウーマン風美女、それが第一印象だ。
この世界の女性は、可愛いか美人かのどちらかだ。
男性もそうだが醜い者がいない。
「すまない。私の名前はブリギット、ここのギルドマスターをしている」
「よろしくお願いします」
ソファーの方を案内されお互い座り込む。
「さてセイジュ君、大方の事はエルミアから聞いてるよ」
「お知り合いなんですか?」
「勿論、王国騎士団と冒険者ギルドはお互い独立した戦力ではあるが交流はあるし、国からギルドへの依頼も頻繁にある。奴は言ってたよ、近々ヒルリアン家の紋章を持つ子供が冒険者登録に来るから面倒見てほしいとな。最初は何の冗談かと思っていたが、なるほどこれは逸材だ」
足を組み、一度取った眼鏡の位置を正しながら一人納得している。
「メルダ、合格だ。下でギルドカードを発行してやれ。試験など要らん。将来有望な人材は、喜んで迎え入れるのがここの流儀だ。詳しいことはメルダから聞いてくれ」
「良いんですか? そんな簡単に決めて」
「くくくっ……近衛騎士団最強戦力の頼みと、ヒルリアン様直筆の書簡を持っている、これ以上の説得力はないだろ?」
悪戯ぽっく笑いながら彼女は答えた。
「はは……」
「――マスターは鑑定眼持ちなんです。それも人物に関して特化しているようで、相手のことは大抵分かるぽいです。でも相当負荷が掛かるみたいで、あの眼鏡がないと勝手に見たくない物まで見えちゃうらしいです」
成程、合格に少し違和感を感じていた俺に、そばかすが似合う少女メルダさんが階段を降りる途中教えてくれた。
「お待たせしました。これがギルドカードです。ランクにはAからEまでの五段階あります。規定数依頼を達成すれば、C級までは自動で上がります。B級以降は、依頼達成数と昇格試験があるので覚えておいて下さい。なおカード紛失の際には、再発行手数料が掛かるので気を付けて下さい。最後に、もし依頼の途中で他の冒険者の死体を見つけた時はカード回収して欲しいです、報奨金が出ます。何か質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「では、セイジュさんランクの依頼は向かって左側です。右側はB級以上なので現在は受注できません。依頼達成と無事をお祈りします!」
直角に頭を下げたメルダさんに見送られ俺は、晴れて冒険者としてのスタートを切った。
――このまま依頼を受けても良いのだが、まだこの街での拠点となる宿や先立つものも用意していない。
俺は、掲示板より先に素材買取の窓口に向かう。
「おう! 坊主どうした~、買取か?」
「はい、今日冒険者登録しました。手持ちがないので、持ってる物の何か売れないかと」
「そうか、ここでは鉱物、薬草、ポーション、魔物やモンスターの素材を買取っている。武器防具は街の店に持っていきな」
「そうですか。ポーションがいくつかあるので買取お願いします」
アイテムボックスには鬼の様に素材が詰まっているが、先ずは様子見で数種類ポーションを出し買取をお願いする。
「ほ~どれどれ。これは凄いな! こんな澄んだポーションは久しぶりに見た。素材は豊穣の森の薬草だな。作った奴の実力は相当なもんだ!」
「構成まで分かるのですか?」
「まーな。アイテム鑑定だけは得意でな。このおかげで食いっぱぐれはないな。おめーさん、このポーションどこで手に入れた?」
真剣な表情で聞いてくる。
「今は亡き両親から貰った物です。大事に取って置きましたが、流石に無一文では生活できないので……」
勿論、適当に考えた設定だ。
全部俺が作った物だし。
「そうか……ご両親に感謝するんだな」
奥に消えた男は、中ぐらいの麻袋を持って戻ってくる。
「ほらよ坊主、初回買取だから少し色付けといたぞ」
ドンっと目の前に麻袋を置かれ、その中身は銅貨や銀貨が目いっぱい詰まっている。
「多すぎません?」
「いや適性だよ。坊主、豊穣の森の別名は知ってるか?」
「いえ知りません」
「人喰いまたは不帰の森だよ。C級以下は立ち入り禁止、B級でも一人では自殺行為、A級でやっと戦えるって感じだ。基本パーティーを組んで行くんだ。素材が豊富だが危険過ぎて依頼失敗も多いし、そもそも無事に帰ってくる奴の方が少ない。だから坊主はランクが上がるまで絶対近づくなよ」
いや、そこ出身なんですけどね……
「分かりました。ありがとうございます」
丁寧に説明してくれた男に、お礼を言ってその場を去る。
「おう! 気をつけてな。また売れそうな物見つけたら持ってきてくれ!」
ギルドを出てふぅーっと一息つく。
「宿探さないとな……」