運命の十字路、キミの名は
――吾唯知足
そんな言葉を思い出した。
今の状況が満たされていることに気づき、身の丈に合った生活をしろと。
別に不満があるわけじゃない。結婚し子供ができ仕事も順調そのもの、平和平和のこともなしってね。
でも、圧倒的に満たされないのはなぜ?
いや満たされているか虚無ってやつに。
身体は現実に向き合っているが、心は全く現実に向き合っていない。
異世界で無双する、ハーレムを作る、スローライフを送る、そんな妄想に取り憑かれた亡霊だ。
「――ほら創造神よ、地球の神は人間に理性を与えたが、彼らの大半はソレをろくなことに使っていない!
一握りの傑物が歴史を作り、有象無象の塵芥はただ与えられた役に演じるのみよ」
「じゃが、人間は常に向上の努力を怠らないものじゃ。たとえ、与えられた役がつまらないものでも一生懸命に努力しておる」
「ハッ! 笑わせるな。身体と心がチグハグではないか。死んだ眼をした哀れな道化人形よ! 丁度良い、思いついたぞ!
今回は奴をこの世界に転生させよう。そして、地球の魔素を数百年分取り込みこの世界で自由にさせてやる。まさに、虚しい妄想が現実になるわけだ!」
「何度同じことを繰り返す愚か者! そんなことが許され……」
ん? 今の妄想はやけにリアルだったな。
頭の中で、姿の無い光の玉が生き生きと会話をしていた。アレは神だったのか?
なるほど、じゃあその続きを妄想っと。
いつものことだ。こうやって運転中は物語やシチュエーション、設定を妄想している。
だからだろ?
いつかこうなると思っていた……起こってみれば一瞬さ、痛みはない。
いや、一瞬だけ胸に圧迫感を感じたか。
『漫然運転』……簡単なことさ。
ぼーっと考えながら運転してたら前の大型トラックにノーブレーキで突っ込み、後ろからはダンプカーのおまけつき。
軽自動車は、それは見事なサンドイッチに。
走る棺桶の異名は、伊達じゃないね。
十字路の中心に立っている。
現代社会よろしくアスファルトで舗装された道ではない。
乾いた土で覆われた簡素な道だ。
その先は、霧がかかっていて全く見えない。
風はなく暑くも寒くもない。
時間は……夜か? 星も月も見えないが、十字路だけが鮮明に見える。
「ここは……? たしか事故って死んだはずじゃ……」
「ぱんぱかぱ~ん! 哀れな道化人形の魂お一人様分ごあんな~い」
その場には、最も似合わないであろう声が響き渡った。
目の前には、うすぼんやりとしたローブを被った何かがいる。
顔は見えない。
少年の様にも少女の様にも、紳士淑女、老人にだって見える。
ひどく不安定な存在だ。
見てるこっちが気持ち悪くなってくる。
「気持ち悪いとは失礼な人間だね。見えないのは貴方が私を認識できていないからだよ」 「そんなことはどうでもええわ。喜べ人間、ワイがアンタの願い叶えたるわ」 「あー、返事は不要です。深層意識まで読めるので大丈夫です」 「それでは、ちゃっちゃと転生させるとするかの~」
認識できていない弊害か。
はたまた、キャラ設定が埋まっていない不具合か。
まるで何十人ものキャラが一斉に話し掛けてきたように錯覚。
「ちょっと! ちょっと待って下さい! せめて状況説明か、夢ならさっさと覚めて下さい!!」
やっとの思いで言葉は出せたが状況は全く理解できず、脳の許容量はとっくに限界だ。
「ほう? あの状態から復帰して話しかけてくるなんて、案外面白い魂だな。今にも擦り切れそうだったのに、そのあり方が確立しておる」
さっきのような脳を覆い尽くす不快感はない。
今は、何とかコミュニケーションを取れそうだ。
「ええ……全く状況は理解できないのだが……俺は死んだのか? なにか、重要なことに巻き込まれている気がするんだが……」
「全くもって面白い。いわゆる予備知識に依るところか。そうだ、お前は死んだ。私は、お前たちで言うところの神である。本当はあのまま我らが作った世界に放り込むつもりだったが、面白いものを見せた褒美に選択肢をやろう」
神と自己紹介したソレは、道の先にある霧を指さしてそう言った。
「選択肢?」
「この十字路が選択肢だ。振り返って後ろに進めば、お前は死ぬ十分前に戻れる。コンビニにでも寄って一息つけば死ぬことはない。良かったな。今まで通り道化人形の役割がこなせるぞ。
左に行けば、無への片道切符だ。ただの消滅。怖がることはない。産まれる前の状態に戻るだけだ。おめでとう! これでお前は、煩わしい思考の呪いから解放される。
右に進めば、輪廻に取り込まれる。次は何に生まれ変わるかな? 虫かな? 輝かしいな、お前の未来は明るい!」
自称神。
もしくは、悪魔かもしれないソレはどこか上機嫌だ。
顔は見えないが、きっと口の端を最大限まで上げて悪辣に微笑んでいるだろう。
無論、最後の選択肢を選ばせる為に。
そして、いつの間にか俺の肩に手らしきものを乗せて悪魔の囁きを優しく紡ぐ。
「さぁ、最後の選択肢だ。このまま直進すれば、お前の願いは叶う。いつも妄想してただろ? 異世界だよ異世界。正確には、我ら神々が作り出した別次元の世界だ。そこに特別な肉体を創り出し、お前を転生させる。
あー、安心しろ。お前が考えてる不安は、全てテンプレセットに詰め込んである。存在に矛盾が起きないように、実在する人物の子供と設定しておく。現地に着いたら、『ガイドブック』で確認すればよい。魔法だって全属性適応で、武器特性も全対応だ。ワクワクしてきただろ?」
自称神のプレゼンは完璧だ。
「テンプレセットに『ガイドブック』……神様はずいぶん気前がいいな。健康で文化的な生活の為に、ネットショップまで用意してるのか?」
「気前なら勿論良いぞ。お前が転生するだけで、我らの世界には数百年分の魔素が地球から送り込まれる。世界の安定の為には、定期的に膨大な魔素が必要になるからな。お前は願いが叶う、我々にもメリットがある。win-winってやつだな。
さすがに、ネットショップは諦めろ。地球の物は、我々の世界にはオーバーテクノロジー過ぎる。その代り、『ライブラリ』と言う全知を埋め込んでやるから同じような物を作ってみれば良い。時間は膨大にあるからな」
なんと、全知まで埋め込んでくれると言う。
ちょっとイージーモード過ぎないか?
実は、罠があるとか……
「あっちに転生して、何か使命はあるのか? 魔王を倒せとか、世界を支配しろとかめんどくさいことはお断りだぞ?」
「そんなものはないぞ? 好きに生きて勝手に死ねば良い。お前がこの道をまっすぐ行くだけで、我々の願いは叶う。ただ、大虐殺や大量破壊などをすると神罰が下る可能性があるからおすすめはしない」
「なるほど……」
選択の余地などない。
まっすぐ進めばいい。
憧れていた光景が目の前にあるのだ。
「そうそう、そうやってまっすぐ進めば良い。もう死んでるのだぞ? ここまできて、理性もクソもないだろ。家族のこと、後顧の憂いってやつは何としてやるよ。残された人形どもは、恐ろしいほど順風満帆な人生を送らせてやるよ」
また一歩前に進む足に力が入る。
隣には、ローブを被った少年? が歩いている。
「なんかありがとな。貴方が神か悪魔かは分からない。でも、確かに俺の願いは叶えてくれそうだ。満たされない心の溝。虚無で埋まった空っぽな心を新世界で満たしてみせるよ。最後に、貴方の名前を教えてくれないか? 向こうで時間があるときは祈りを捧げるよ」
「名前? 名前などない。それとも、お前が僕に名前をつけてくれるのか? ついさっきまで僕を認識できずに消滅しかけてたじゃないか」
直ぐ後ろには、今までのように威厳と不遜は感じられない一人の少女?
「つけていいのか? ……『ゲーテ』。俺がいた世界の神の一柱だよ。運命の交差点に佇み、訪れた哀れな魂に導きを与える。俺にとって貴女は、運命の導き手『ゲーテ』だったんだね」
十字路の先、霧は目の前。
そこには、扉がある。
新世界への扉だ。
後ろにゲーテはいるだろうか? 微かな気配を感じる。
「クククッ…カハッ……ギャーッハッハッハ!!! 本当に面白い!!!」
突如、頭が張り裂けそうなほどの高笑いが聞こえる。
空間は壊れんばかりに鳴動。
もはや、ここが崩壊するのは時間の問題だ。
「「ワタ「ボク」シの名前はゲーテ。虚無を導くものなり。今、三千世界に認識された!
ならば、この哀れな魂に導きを与える。迷わず行けよ! 行けばわかるさ!! これからもお節介焼かせて頂きます☆」」
「おいおい……キャラ変わって……」
ドゴッ! っと背中にドロップキックをかまされたようで、目の前の扉を開けることなく突き破って俺は転生した――
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