表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

【短編】『百年戦争異聞』黒太子と呼ばないで

 黒太子ブラックプリンスとは、英国王エドワード三世の長子にして嫡子であったエドワード・オブ・ウッドストックまたは、アキテーヌ公エドゥアール4世。


 父に従い、百年戦争の前半の主な戦いに参加し、ほとんど勝利を収めている。中でも、1356年のポワティエの戦いではフランス王ジャン二世を捕虜とし、英国の勝利を決定的にした。


 エドワードは常に黒太子と呼ばれることが多い。その理由は彼が常に黒色の鎧を着ていたためとく言われるが、フランス側で黒太子の残虐行為などに対してnoir(黒)と呼んだという説もあり、必ずしも明確ではない。実際のところ、存命中そう呼ばれたことはなく、後世の創作であるとの説が有力である。


 当時の騎士が着用した鎧の中には、表面が磨かれず黒っぽい見た目をしたものがあり、この時期にその変化が見られており、事の起源ではないかという説もあるが、いずれ定かではない。


――― だから、そんなカッコいい感じで『黒太子』なんて呼ぶな!!


 このお話は、天才的な能力と政治的な大望を持つ世界に『英国王』と初めて認知させたエドワード三世に振り回され、何故か英雄のように崇め奉られることになる不幸な少年の物語。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ああ、もうおうち(イングランド)に帰りたい……」

「……言葉をお控えくださいませ太子」


 ぼ、僕……いや、『俺』の名前はエドワード。英国王エドワード三世の長子だ。兄弟はなんと、十三人もいる。だから、王太子だからって安穏としてはいられない。弟たちは皆可愛いが、ライバルでもある。


 俺は今十六歳、親父殿は三十三歳、気力体力共に充実した年齢を迎えている。


 十五歳で王位についた親父殿は、雌伏の期間を経て議会の勢力を味方につけ影響力を増していった。議会ってのはフランス王国もそうだけど、新たに税金を掛ける場合に承諾を得なければならない王国民の代表のいる集まりだ。


 税金を集めて何をするかと言うと、戦争だな。つまり、国王と言えど自分の財布の中身だけでは戦争が出来ないから、税金を集めるわけだが、その理由を議会が納得しないと金を集めることが出来ないから戦争もできないということになる。


 親父殿は、議会との遣り取りの中で、実績を積み支払った税金以上の見返りを主な納税者である大領主や大商人に与える事で信頼を重ねてきた。


 議会というのは要は王の戦争のスポンサー集団なわけだ。




 スコットランドの支配。曾祖父の代から始まったこの事業は、祖父の代で停滞したものの、弱体化したスコットランドの前王の息子を庇護下に置き、スコットランド王と戦い勝利した。スコットランド王はフランスに亡命し、スコットランドはイングランドの支配下に収まる事になる。


 これで勢いを増した親父殿はフランス王位を要求することにした。勿論、フランス王は現在存在するし、親父殿がフランス王になれるとは思ってはいない。政治的な駆け引きの問題だ。


 フランス王フィリップ四世の死後、フランス王は短期間に次々に無くなり、フィリップ四世の弟の息子がフランス王となる。フィリップ六世だ。


 親父殿はフィリップ四世の娘の子、つまり孫にあたり、弟の息子より孫の自分の方がフランス王に相応しい……と本人ではなく摂政や母親が宣言した。親父殿はその時十五歳の少年であり、相手のヴァロワ伯は三十五歳の男盛りであったから一蹴され、当時アキテーヌ公位(フランス貴族)を有していた親父殿は、臣下の礼を取りにフランスにまで足を運ばなければならなかった。


 プライドの高い親父殿からすれば、親戚の分家のおっさんに傅くなんてのは相当に腹立たしかったんだろうな。未だに酔うとその件を思い出して荒れるのだが、勘弁してほしい。


 その後、おっさんがアキテーヌの領地の南西部に当たる『ガスコーニュ』を王国領に取り込むと宣言して軍を送った。今から八年程前のことだ。それに対して、親父殿は海を渡り、経済的にイングランドと結びつきの強いフランドル地方に入り、フランドルの諸都市はフランドル伯を追放、親父殿を

フランス王として戴き、イングランドとフランドル諸都市は攻守同盟を結ぶことになった。


 富裕な商業都市群であるフランドルがイングランド王を戴いたことで、フランス王の財布に入るお金は大いに減った。ざまぁである。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 なんて思っている時期もありました……


 フランドル領に留まるイングランド軍にフランス王は艦隊を差し向けて海上封鎖を行う動きに出た。艦隊同士の戦いには勝利したものの、諸都市との連合軍は上手くいかず、陸戦でフランス軍に連合軍は敗北し、一旦イングランドに親父殿は帰還した。それが四年ほど前の話だ。


「今回の遠征は、お前も同行しろ。王太子としての働きを期待するぞ」

「……しょ、承知いたしました!」


 いや、普通渡海しての敵地侵攻作戦なんてハイリスクだろ。成人している息子を本国に置いておくべきなんじゃないですか! あんたも俺も死んだら随分子供の息子と母親しか国に残っていなんだがその辺どう考えてるんだ親父! と言いたいが、親父殿の性格からして、フランス王たちに受けた屈辱は倍返しだろう。


 戴冠式に呼びつけて臣下呼ばわりしておきながら、アキテーヌ没シュートとか在りえない。父祖の地であるアキテーヌとは経済的な繋がりも強い。それに……


――― ワインやブランデーとか手に入らなくなったらどうすんだよ!!


 イングランドの貴族や兵士の戦意は沸騰。ワインってマジ大事。


 それに、海峡にほど近いノルマンディーに隣接するブルターニュの君主が死んだんだよね。休戦協定切れを待って親父殿は再び海を渡り、現在、フランス相手に抗戦を継続するモンフォール伯妃ジャンヌ・ド・フランドルを応援するためにブルターニュに駆け付け、横合いから殴りつける気満々なんだよ。


 因みに、伯妃ジャンヌは死んだ君主の弟の奥さん。弟は……フランスに捕まっています。捕まえたのはフィリップ王の息子ノルマンディー公ジャン。フランス国王は、ブルターニュ公の姪と結婚しているブロワ伯を支持している。でも、ジャンヌ夫妻は親父殿のフランス王即位支持派だから、助ける必要がある。フランス王家に対抗する為の同盟関係みたいなものだな。


 ということで、捲土重来を期して戦力を回復させ戦費も確保した親父殿は、ブルターニュの三年間の休戦期間が明ける今年、俺たちはノルマンディーに上陸したわけだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 『騎行』と呼ばれる敵地への浸透、後背地である農村への略奪行為は敵対する勢力の威信を傷つけ、庇護できない君主の下から支配層を奪う行為といえる。


 要塞化されていない村落の略奪、作物や家屋の破壊、家畜を盗み国の基盤となる農民の生活を破壊することを目的とする。この騎行には傭兵団も多数参加しており、略奪戦利品目当てで現地で加わる者も少なくない。


 因みに、この仕事は……今回の僕……お、俺の重要な任務だ。


「なんだか、こんな戦争は誇れるようなもんじゃないな」

「綺麗ごとでは勝てませぬぞ」


 俺の目の前で、家を焼かれ女を犯され、抵抗して殺される村人の泣き叫ぶ声が聞こえる。はあ、お前らキリスト教徒なんだよな。隣人じゃなきゃ殺しても気に病まないのかよと思わないでもない。暫く、この光景、この声は忘れられそうにもない。


「新しい武具は馴染むまで時間がかかります。戦も同じこと。人を殺す事に慣れさせ、士気を上げておくこともこの遠征では大事なのです」

「わかっている。自分たちの有利な場所までフランス野郎どもを引き寄せないといけないからな。略奪すれば食料も困らない。敵は糧秣を集めるにも苦労するだろうし、守れなかった民衆の不満も高まり戦わざるを得なくなる」

「よくお分かりですね。故に、必要なことなのでございます黒太子殿」


 さて、この『黒太子』という名前、中二臭いとか思ってるだろ? 俺も思っている。やってることが非武装の農民に対する略奪行為ばかりだからな。その汚名から『黒』太子と綽名されているわけだ。なにせ、未だ正規の戦闘はほぼないからな。


 勿論、ノルマンディーの諸都市を攻囲し、降しているけど無抵抗で降れば戦費くらいは負担させるが、軍の略奪は免除だからそこまで被害は発生していない。出来れば、金で解決したいというのが人情だし、商人・職人のいる『街』には支払える金がある。


 が、農村はそうではない。食料の供給源であり兵士の供給源でもある。

破壊せざるを得ない。


 こっちも大変なんだよ。スコットランドはフランス人の支援を受けて反乱が拡大しているし、渡仏させる戦力だって全然集まらなかったんだから。多少エグイ手使ってでも勝たないと、侵攻軍はじり貧になるからな。


 防衛する側は戦力の供給源で戦っているから、負けても再編できるけど、遠征軍は一度負ければ傭兵は逃げ散るし、士気だって簡単に崩壊する。つまり、敵地でなぶり殺しにされるわけだ。


――― ごめんなさい! 身代金払うから許してください。


 いざという時は諦めが肝心だ。身代金が高額になる高位貴族は、そもそも殺されないことが多い。その代金が、その貴族の受け取る一年間の税収と同額と凡そ定められているからだ。王太子だって、そこそこあるんじゃない?


 六月上旬にノルマンディ西部に上陸したイングランド軍は、サン・ローやカーンと言った街を攻略、八月半ばには王都パリに迫る動きを見せた。


 その後、イル・ド・フランスからピカルディに入り、海岸沿いを北上しカレーを攻略する動きを見せた。フランス軍はパリからイングランド軍を追撃する動きを開始し、八月下旬、クレシー近郊の森と森に挟まれた足元の悪い場所に陣を張り俺たちはフランス軍を待ち受ける事にした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 後の世に『クレシーの戦い』と称されるこの一連の行軍の最後を飾る……飾るのはカレー攻略かも知れないが、敵主力との野戦による決戦は、行われることになる。


「見事な布陣……なのだろうな」

「左様でございます」


 西側をメイ川により守られ、東側はワディクールの村で守られた狭い正面に塹壕を掘り多くの柵を施した。歩兵の壁の間に長弓兵を配置し、十分な休息と食事を与えていた。


 そして俺は、最前線でウォリック伯の補佐を受けつつ、二つの陣内の一つを任されている。イングランド軍は逆三角形の形に軍を三分して配置、親父殿が後方の本陣。前衛の残り一つはノーザンプトン伯・サフォーク伯が指揮している。


 昼過ぎ、フランス軍が接触を開始。どうやら戦が始まりそうだ。あんまり朝早くからだと、夕方までに疲れちゃうからね。暗くなったらおしまいだから、昼くらいからの方が気が楽だ。


 フランス軍は前線に軽装歩兵とクロスボウ兵を展開し、その後方に幾つかの騎兵集団を配置していた。


「彼奴等の戦闘旗が上がりましたぞ」


 真っ赤な横長の旗に黄金色の太陽が施されている旗らしいが、ここからではよく見えんな。赤いのは分かる。


 こちらの戦力は一万少々、フランス軍は三万人近いと思われる。


「普通に戦ったら死ぬな」

「はい。ですから、普通には戦いません」


 俺は剣ではなく、メイスを手にしている。剣より遠くから見やすいということと、無力化するのに、剣では騎士の鎧にあまり効果がないという事からの選択だ。権力の象徴だろ? 黒太子が持つに相応しい武器だと思わないかな諸君。


 イングランド軍の主力は長弓兵。こいつらは、騎士ではないが、子供の頃から常人では引けない長弓で鍛錬し続けた者たちだ。引手の長さが数センチ以上長いという姿で一目でわかる。五秒で一本の矢を放つことが出来るほどで、威力は距離によってはクロスボウを上回る。射程は確実に上回る。


 フランス軍はジェノバのクロスボウ兵を高い金を払って常雇いしている。先に奴らとの対決が始まるだろう。


「ん、雨だ」


 俄雨にしては激しい豪雨が戦場に降り注ぐ。そのさなかを、クロスボウ兵と長弓兵が矢を打ち合いながらフランス軍が前進を続ける。


 しかしながら、前進したクロスボウ兵は接近するほどに脅威の増す長弓の威力にその足が止まる。


「大体、クロスボウは掩蔽する場所から放つもんだろ?」

「威力は高いですけどね。発射速度と射程、弓の重さが段違いですから防御兵器であって攻勢用ではないですな」


 被害に耐えられず逃げ散るジェノバ兵を尻目に、後続が現れるだろう戦場を凝視する。


「騎士が前進してきます!!」


 だがしかし、誠に残念なことに豪雨の後、ジェノバ兵が逃げまどい踏み荒らした地面はすっかり泥濘と化していた。乾いた平地であればそれなりの速度で走破できたであろう場所を、フランスの騎士達は四苦八苦しつつ前進をしている。


 長弓から次々と鎧通しの矢が放たれ、騎士の鎧を穿っていく。80m以内であれば、フルプレートの鎧を確実に貫通する威力がある矢が、騎士の馬に、本人に次々と突き刺さっていく。


 馬から転げ落ち、身動きが取れなくなるもの、馬に踏まれ大怪我を負うもの、矢が刺さり泥だらけになりながら前進する者、戦場には五体満足なフランス騎士の姿はごくまれにしか見られなくなり、その騎士たちも、前進を続ける間に矢の的となっていく。


「それ、敵は動けなくなっているぞ。止めをさせ!!」

「「「「お、おう!!」」」」


 騎士は貴族であり、生きて捕えて身代金と言うのが普通の戦いだが、この戦でそんなものを取っている余裕はない。倒れたものは皆殺し。叩き殺し突き殺して次の戦いに出てこられないようにするべきものだ。


 再びフランスに攻め入った時、敵は少ない方がいい。


 倒れた騎士や馬、それらが踏み荒らした地面の所為で戦場となるべき場所はまともに騎兵の突撃ができる状態ではなかった。そして、後退する敗残兵が後方で控える騎士たちの戦列とぶつかるように動いたため、騎士が保つべき衝撃力が大きく減退するに至る。これでは、馬に乗って突撃することもできない。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 数えうる上で、五回の騎士による突撃が行われ、数を重ねるごとにその威力は失われ、倒れた騎士や馬、逃げまどう者たちのかき乱した地面の為に、益々効果なく動きの鈍った的に過ぎなくなっていった。


「これで……何人止めを刺したか……なっ!」

「数えても仕方ありませんぞ。どの道、勝利以外はこの戦いから得られることは有りませんからな」

 

 いや、確かに半日泥の中のフランス人にメイスを叩き付けてヘロヘロだし、トーナメントみたいなカッコいい活躍は出来なかったけどさ。けど、馬にしても鎧にしても物凄い財産なわけだよ。それが、長弓兵にドンドン殺されていくってのは来るものがある。


 こんな事をする為に、騎士をやっているわけじゃないって感じだな。


 天の時、地の利、人の和が揃ってこの戦に勝てたような気がするけど、勝てて良かった以上の感想が持てないな。





 この戦いに勝利し、イングランドに最も近いフランスの港湾都市カレーを一年程包囲し陥落させ、俺たちは意気揚々とイングランドに戻ったんだが……良い事は続かない。


 なんと、ペストがイングランドで流行してしまった。そして、数年で人口は半分となってしまう。マジ、戦争してる場合じゃない! って感じだな。





 その十年後、俺はガスコーニュというアキテーヌ領の僻地に送り込まれ、またまた『大騎行』をやらされたり、フランス軍相手にクレシーの戦いの再現と言われるポワティエの戦いで再度フランス軍を叩きのめしたりとか色々あるんだよ。


 それから、アキテーヌ中をグルグルと戦って回り、その後、×2の従姉であるケント女伯ジョーンと三十過ぎに結婚したりとか……色々俺も苦労してるんだよ。


 な、全然王太子なのに羨ましくないだろ? 王太子の婚約者? 何それ美味しいのって感じだよな。なんで初婚はバツ二の姐さん女房でおまけに従姉なんだよ。より取り見取りの深緑じゃねぇのかよ、王太子。婚約破棄して男爵令嬢と結婚とかして、王国追放されたわけじゃないんだぞ。


 と、もろもろ言いたいこともあるが、またの機会に譲る事にする。


 マジモンの王太子は異世界恋愛と違って楽じゃないんだよ。


 戦績は有名ですが、親父と息子の間に挟まれ、戦場に一生を過ごした男は果たしてどんな人生だったのか……興味があります。余力があれば、描いてみたいと思いますが今のところはこんな所です。リクエストがあれば(いつになるか分かりませんが)連載にしたいと思いますので、感想など頂ければ嬉しいです。


 最後までお付き合いいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 続きが来たら毎日読むだろうと思うくらいのいい感じです。 [気になる点] 黒太子様変な知識が混ざってない? [一言] 義教記から来ました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ