8.グラム
「なんだかずいぶん、泣き虫になっちゃったね。」
アスモは俺を見つめて苦笑している。
仕方ねえだろ、12歳児なんだから。
「さ、いつまでも泣いてないで。とりあえずココを出よう。」
アスモによって歪められた鉄格子を潜り抜ける。
「てかさ。アスモってそんなに強かったんだな。」
鉄格子ってのは、壊されないようにするために鉄でできているのだ。
あんなふうにゴムでできてるみたいに、くにゃりと曲げられてしまえば世話ないな。
「まあ、こう見えても七つの大罪アスモデウス様ですからね。えへへ。」
照れるなら無理にドヤ顔しなくとも。
牢の外に出る。
ちょうど隣の房の壁で死角になっていたが、牢の外では先ほどの裏切り者騎士がぶっ倒れている。
死んでんのかな?
「殺してはいない…と思う。」
アスモは妙に歯切れの悪い言い方をする。
まさか本当に…?
「この世界に来るにあたって、幾つかスキルを持ってきたんだよ。十分弱体化したと思ったんだけど…。」
どうやら、この異世界に降り立つときに、本来持っていたスキルをクラスダウンさせてきたらしい。
ただ、元々が強力無比な神域の悪魔。ダウングレードしたところで…。
「魔法スキルは雷魔法SS、水魔法A、磁力魔法A。武器スキルは長剣S、銃射撃A。他に料理B、経理A、速記S、薬草知識Cだよ。ユニークスキルが七つの大罪(色欲)EX。アイテムストレージSSもあるよ。」
「もはやチーターなのでは?」
基本的に有名どころのスキルばかりだ。それが全てAクラスを超えている。
雷魔法は使い手が少ないという話を聞いたが、かなり強力で便利だと聞いたことがある。
あと、名前で想像できると思うが、アイテムストレージは最強のスキルだ。
俺なんかカススキルばっかり38個もあるのに。
「長剣スキルで峰打ちしてみたら、思ったよりもいい所に入っちゃったみたい。兜で変に衝撃が増幅されたのかもね。」
単純腕力でぶん殴っただけでは…?という言葉は飲み込んでおいた。
「瞳はこれからどうするの?あの公爵を殺りに行くなら、手伝うけど。」
アスモは手をわきわきさせている。
よほどあの公爵が気に食わなかったみたいだ。
「いや、放置でよくないか?」
正直なところ、俺としてはさっさとこんなところおさらばしたいかな。
子爵家がまだ残っていたころ、公爵領で公爵の悪い噂は効かなかった。領地経営はうまくいっているのだろう。
ロリコンだが、配下の騎士団は良く教育されているようだし、装備もちゃんとしたものが支給されているようだった。
ロリコンだったが領地経営の都合上、俺が生きていると困るというのはわかるし、円滑な経営のためにはある意味有効な手立てだっただろう。
「挨拶だけしてどっか行こうぜ。」
まあ、キモかったので、そこだけお礼参りに行くことにしよう。
「や、やば。殺しちゃってたんだった!敵対しちゃうかも!」
アスモがてへ☆みたいな顔でこっちを見てくる。
やっぱり峰打ちの勢いで殺しちゃったんじゃないか。
「まあ、死んでしまったものはしょうがないさ。」
裏切り騎士くんの鍛え方が足りなかったという事で。
どっちにせよ、俺を助け出した時点で敵対はしているだろうし。
「な、なんだ貴様は!?おい、小娘!なぜお前がここにいるのだ?!」
元・父上の書斎の扉を思いっきり音を立てて開くと、公爵は椅子に座って何やら仕事をしていた。
まあ、そりゃビビるのにも無理はないだろう。集中している時にデカい音立てられたら、俺だってビビるし。ビビって泣いちゃうかも。
「公爵。助け来たわ。じゃあな。」
「そ、そうはいくものか!貴様、まさか謀りおったのか?!」
謀るも何も。
普通に自首しに行ったらアスモが来てくれただけだし。
何をどう謀ったというのか。
「牛人の傭兵を雇うなど、もはや国賊ではないか!!ふざけた格好の亜人め、生きて帰れると思うなよ!?者ども、出会えい!」
「アスモ。牛の亜人だと思われてるよ?」
「やっぱこいつ殺そうかな…。」
アスモが青筋を立てている。
公爵は、アスモの額の2本角を見て、牛の亜人と勘違いしたのだろう。
本質はもっとヤバいものだが。
まあ、仲間に亜人がいたら国賊という発想も分かる。
この国はもう何年も、隣国である亜人の国と戦争しているのだから。
「ところでアスモ、いつまで喪服着てんの?」
今のアスモの服装。
黒くて装飾の少ない喪服のドレスだ。
黒いレースの手袋に、ベールの付いた黒い帽子。
全身真っ黒だ。厨二キャラのコスプレイヤーみたいだ。
ふざけた格好といわれても仕方ない。
「いや、実はこれ、私服なんだよね。一応、オフの時も悪魔やってるから。」
「へー。ダサいしやめなよ。エイム合わせにくそう。」
さすがにFPSやるときはジャージだよ!?
そんな抗議の声は無視しておく。
「な、なぜ来ない?!おい、おい!騎士たちよ!!」
そういえば公爵がなんかずっと喚いている。
「あ…。」
しまった、という顔で口元を押えるアスモ。
これはもしや…?
「峰打ち、してきちゃった?」
「う、うん…。」
どうやらアスモは、騎士団を峰打ちにしてきてしまったらしい。
「えーっと、騎士たちは来ないみたいだぜ。申し訳ないんだけど。」
俺は、取り乱している公爵に言ってやる。
彼はどうやら、俺が雇った傭兵団が城を鎮圧してしまったと思っているらしい。
電話のような魔道具で、近隣諸国の騎士団に応援を要請している。
おや、アスモはどこ行った?
「よいしょっと。」
あ、戻ってきた。
何か重たそうな…ああ、なるほど。騎士の身体を引きずって持ってきている。
あー、昨日の王都に娘がいるおじさん…。アーマーが陥没して…。
「さて、公爵様。騎士団の皆様方をこのようにいたしましたのは、私一人です。私のもつこの剣。魔剣グラムというのですが、この子が血を欲しがりましてね。」
お、仕事モードのアスモだ。久々に見たなぁ。
それにしても、魔剣グラムか。
俺には普通の長剣にしか見えないんだけど、悪魔の使う武器ともなると凄いものなんだろうな。
「ば、バカな…!グラムだと!?それは『厄災』で失われたはず!?いや、しかし…そのリアラの葉の紋章はまさしく本物…!!」
お、公爵がなんか解説してくれてる。
「そ、その通り。ここに倒れている彼を見ればよくわかるでしょう?あなたもこの子が力を開放すればどうなる事か…、おわかりですよね?」
「な…!やめろ!!ここら一帯を灰にするつもりか!?」
え、なんかヤバい武器らしい。
「私も悪魔ではありません。無辜な領民たちを殺すには忍びないと思っています。公爵様。私の契約者を追うのを止めると誓ってくださいますよね?」
いや、悪魔だろう。
それよりも、ちょっと気になる単語が出てきたんだが。
「ぐっ…。………わかった。その小娘を追うのは止めると誓おう。」
おお、よくわからんが公爵が誓ってくれるらしいぞ。
アスモは公爵に宣誓書を書かせると、それを虚空に仕舞った。
「さあ、瞳。行きましょうか。」




