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4.トモダチタビダチ

二人は例え下手

 頭を下げたままのアスモデウスの額は、地面にめり込まんばかりである。


「えっと…。ほ、ほんと大丈夫なんで気にしないで下さい。む、むしろ、珍しい経験ができてラッキー!みたいな…。」


 気休めとばかりにそんな言葉を吐いてみるが、どうも空虚に響いてしまう。


 なんだかんだショックは大きい。


「えーと、あ、そうだ!そもそも、神様がいないと転生は出来ないんですか?」


 空気間を変えたいとばかりに、俺は手をポン、と叩いて言った。


「…えっと、可能なことには可能です。」


 真っ青な顔をしたアスモデウスは、しかし気丈にも虚空からフリップを取り出した。


「実は、転生すること自体は、こちらの『入口』と書かれた扉から、この『カミノマ』の方へ入っていただいて、その後『出口』と書かれたあちらの扉を潜っていただくだけで可能です。」


 彼女はフリップで『入口』『出口』を指し示した。


「出入りの際にドアを開け示していただくことで生じた運動エネルギーを利用して、神域や世界線は運営されております。


「そ、そんなことで…?」


 もっと複雑な法則や機構があるのかと思っていた。


「異世界転生係の神様は、異世界転生予定の方に、スキルの設定や異世界での立ち振る舞い等のご指導をなさいます。もしも係の神様が関与せずに転生される方がいらっしゃったら、完全にランダムに、すべての項目が決められてしまいます。」


 フリップの上でぐるぐると指を動かしながら、彼女はそう締めた。


「なるほど…。転生すること自体には神様は関係ない、と。」


 俺は、得られた情報を反芻する。


 そして、心に決めた。


「わかりました。俺、今すぐ転生します。」


「はい!?」


 アスモデウスは、そのどんよりした目を見開いて驚いている。


「アスモデウスさん、ちゃんと休んだ方が良いですよ。最近鏡とか見ました?すごい顔になってます。」


 言われて気付いたというように、慌てて字顔に手を持っていくアスモデウス。


 俺は、この善人(善悪魔?)のことが大好きになってしまっていた。


 彼女はなんでもかんでも自分のせいだと思い込んで、全てを背負い込みすぎている。


 彼女に、出来ることなら少しでもよい悪魔生を過ごしてもらいたい。このままでは彼女はダメになってしまう。


 ブラック企業世にはばかる世界に生きてきた俺だからこそ、そう思ったのだ。


 どうせ、すでに失って変質したこの命。


 自分のことを考えてくれた彼女のために何かできるなら本望だ。


「俺って、前世ではオタクって言われるタイプの人間だったんですよ。」


 俺は、固まったまま動かないアスモデウスに語り掛ける。


「アニオタって言うよりはゲーマーって感じだったんですけど、難易度の高いのが好きで。イージーとかノーマルでやったことないんです。」


 ゲーム用語が通じてるといいな、と思いながら俺は続ける。


「だから、ランダム性の高いローグライクとか大好きなんですよ。歯ごたえがあって。どうせ人生やり直せるなら、ランダムな方が良いっす!なにより、ゲームのローディング時間は短いに越したことはないんで!」


 そこまで言っておいて、自分語りが恥ずかしくなってきた。


 親指を立てて、歯を見せて笑って見せたが、きっとその顔はひどかっただったろう。




「…くすっ。」


 俺のこっぱずかしい自分語りを聞いてあっけに取られていたアスモデウスは、笑った。


「私も、休日はにゲームをしています。まあ、下手の横好きというか、物凄くへたっぴなのですが。パッドのエイムアシストがないとろくに弾が当たらないほどです。」


 アスモデウスはどうやらFPSゲーマーらしい。


 顔の良い女がFPSしてるのってなんかいいよね。


「ヤタラ様、あなたが本当にそれでいいというのでしたら私に止める権利はありません。ですが、忠告はさせていただくことができます。このままではあなた様の人生にはエイムアシストも付きませんし、拾える武器もランダムとなるでしょう。」


 アスモデウスは、フリップの裏に銃を持ったかわいらしい棒人間の絵を描く。


 一人は銃弾を外している棒人間だ。


 もう一人は、機関銃を持った棒人間にピストルで立ち向かっている棒人間だ。


「でも、1 on 1で戦いにくかったとしても、2 on 1にしてしまえば、こちらの有利です。どうせ神様がいらっしゃるまで私は休暇中です。どうか、その旅路をお供させてはいただけないでしょうか。」


 彼女は、そこまで言うと、深々と頭を下げた。


 その尖った耳は赤く染まっている。まるで、愛の告白だ。


 銃弾を外した棒人間のカバーに入る新たな棒人間に、ピストルを持った棒人間とクロスを組んで射撃を行う棒人間。


「…例えがへたくそすぎて、途中まで何言ってるのかわかりませんでしたよ。」


 真っ赤になって照れているアスモデウスに、こちらまで恥ずかしくなってきて、思わずぶっきらぼうな言葉を吐いてしまう。


「失礼ながら、例えが下手なのはお互い様ではありませんか?」


 顔を上げたアスモデウスは、苦笑した。


 こうして、俺の奇妙な転生に、休暇中の悪魔が加わることとなった。






「総務の方に、始末書と休暇届の方を出してきました。」


 仏壇モドキの鯨幕の裏にあった『勝手口』から戻ってきたアスモデウスは、そう俺に報告した。


「どちらもすぐに受理されました。転生者が『出口』を開けるだけで、神域を経営する100年ぶんほどのエネルギーが得られますので。」


 転生が止まった今、俺がカミノマから出ていくということは願ったりかなったりという事なのだろう。


「また、今回の件を引き起こした配送係の方の天使長から、現在余っているユニークスキルで、使いたいものがあれば、一つ自由に持って行くことのできる権利をいただいてきました。」


「まあ、さっきあんな風な啖呵を切っちゃったことだし、ランダムに選んでもらうことにしますよ。」


 もう後には引けない。まあ、引くつもりもないが。


「ヤタラ様の転生先はランダムになるという事ですので、おそらく、私が見つけ出すのに時間がかかってしまうのではないかと思います。…出来ることなら、誕生からお付き添いしていたいのですが、そうもいきません。必ずあなたの元へと参じますので、どうかご武運を。」


「うん。ありがとう。」


 俺のことを心配してくれるアスモデウスに、俺は温かい気持ちになる。


「あのさ、アスモデウスさん。」


 俺は、少し言い淀んでしまいそうになりつつ、勇気を出して口を開く。


「どうせそっちは休暇なんだろ?それなら、別に仕事中みたいな口をきかなくてもいいよ。なんたって、これから同じチームでマッチングする仲間なんだからさ。」


 恥ずかしかったので、それをごまかすために彼女の好きなFPS風の言い方をしてみる。


「そ、そうで…………そうだね。ボクも、できるだけ羽を伸ばせるように頑張ってみるよ。」


 恥ずかしそうに笑ったアスモデウスの地の喋り方は、意外と中性的なんだなぁと思った。


「あ、あの。休暇中は、ボクのことをアスモと呼んでくれたらうれしいな。」


「わかったよ、アスモ。君も、俺のことは瞳と呼んでくれ。」


 俺たちはそう言うと、手を握り合った。


 暫く手を握り合った後、俺はアスモの手を離した。


「よし、俺はそろそろ行くよ。」


 『出口』と書かれたプレートが下がった扉に、俺は手をかける。


「さっさと見つけてくれないと、新しい神様が決まっちゃうぜ。」


 冗談めかして俺は言う。


「そんなに直ぐには決まらないんだよ。それよりも、そんな恰好で部屋を出るのかい?」


 愉快そうに俺のことをフリップで指しながら、アスモは言った。


 俺は、下を向いて自分の格好を見てみる。


「えっ、ずっと裸だったの!?」


 あわてて両手で股を隠す。


 このよく判らない状況に困惑していたせいか、自身が全裸であることに気付きもしなかった。


 たしかに、ささやかではあるが胸が膨らんでいるし、ぶら下がっているべきだと思っていたモノもいない。


 本当に自分が女なのだなぁという認識がやっと追いついた。


「最近、鏡とか見ました?」


 俺が先ほど言ったような言葉で煽って来るあたり、アスモは本当にFPSゲーマーなのだろう。


「はい、これ。」


 彼女は、動きやすそうなシャツとズボン、下着、そして手鏡を手渡してくる。


 俺が衣類を受け取ると、それらは俺の手に触れた瞬間、光の粒子のようになる。


 俺の体には、いつの間にか渡された衣類が纏われている。


「それは、加護だよ。ボクが君を見つけやすくするっていう役割もあるけど、君自身を守るための障壁でもある。」


 俺の姿を嬉しそうに眺めつつ、アスモはそう言った。


「うん、良く似合ってる。」


 俺は、手渡された物の中で、唯一残っていた手鏡を覗き込んでみる。


 たしかに、こんな顔をしていたなぁというような女の顔が、こちらを見つめている。


「その手鏡はボクの私物。次会った時に返してね。」


 アスモはそう言ってにゃははと笑った。


「絶対に返しに行くさ。じゃあ、今度こそ俺は行くよ。」


 俺は、『出口』に手をかける。


 スルスルスルと滑らかにそれは開く。


「じゃあ、また会おうぜ。」


 俺はアスモに手を振る。


「うん…!G(Good)L(Luck)H(Have)F(Fun)!」


 手を振り返してくれたアスモは、FPSゲームでの試合開始の挨拶を投げかけてきた。

ようやく異世界に…

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