表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

20.シリトリトヤエイ

「う、うげえ…、おえっ…」


 アイテムストレージから紙袋を取り出したアスモは、それを素早く広げると、下を向いて口を突っ込んだ。


「うわあ、車内で吐くなぁ!」


「いや…、前もって吐くフリをしとけば…うっぷ…ちょっとはマシになるかと…」


 そんなわけはないだろう。


 本日は快晴。

 

 例によって車酔いのアスモはグロッキーだ。


 まあ、たしかに今回乗っている馬車は良く揺れるもんなぁ。


 揺れに強い俺はなんともないが、酔いやすい奴にとっては天敵ともいえるほどの揺れっぷりだ。


 まあ、揺れを防ぐ機構が、こんな安い馬車についてるわけもないもんな。


 とはいえ、こんなに揺れていたらろくに本も読めない。


「アスモ、虫の名前しりとりしようぜ。」


 暇で仕方なかったので、そんなふうに提案してみる。


「お、楽しそうな事やろうとしとるな。俺も混ぜてくれ。」


 眠そうにしていた御者のおっさんが後ろを振り向いてくる。


 眠い時にしりとりしてたらだんだん目が覚めてくるもんな。


「オッケー!じゃあ、しりとり!」


「リービッヒオオマダラスカシバ!」


 おお、おっさん、渋い所を突いてくるな。


 リービッヒオオマダラスカシバはでっかい蝶だ。


 半透明の羽にまだら模様がカッコいいんだよな。


「ば、ば、バ…バルニラ」


 アスモも一応参加はするんだな。


 バルニラは猛毒を分泌する甲虫で、ゲンセイみたいなヤツだ。


「ラか…。ラムニクモグリヒラタ!」


 ラムニクモグリヒラタはその名の通り、子羊(ラム)の筋肉組織に潜り込んで生きているヒラタクワガタだ。


 大顎が小さいけど、その存在自体がレアなのでマニアに人気がある。


「ターコイズタリズマリンフシオオナナフシでどうだ?」


 むむ、そんな図鑑の隅っこにしか載ってないようなマイナー虫を…。


 おっさんが言ったターコイズタリズマリンフシオオナナフシ、寿命が異様に長い、青っぽいきらきらしたナナフシだな。


「シ…シ…シニガミシデムシ。」


 ほう、そう来たか。


 シニガミシデムシは毒性の強い消化液で腐った肉を溶かして食べるシデムシの仲間だ。


 アスモは毒虫が好きなのか?


「シ、シ、シチシャクシャクトリ。」


「おお、やるなぁ、お嬢ちゃん。」


 おっさんと俺は、顔を見合わせてニヤリと笑いあう。


 シチシャクシャクトリは、体長が7尺あるシャクトリムシで、イッシャクシャクトリ科の中でも珍しい、腹脚が20対ある種だ。


 この虫を聞いて笑顔になる、ということは、このおっさんはよく『分かって』いるということだ。


 …ん?なんだアスモ。


 そんな、『友達を紹介すると言われて付いていったら、マイナージャンルのオタク集団の中に放り込まれることになって話に入れない奴』みたいな目を向けてくるな。


「リ、と来たか。じゃあ、リンプンハネカクシだ。」


「あっ、次にリが回ってきたら言おうと思ってたのに!」


 おっさんに先を越されてしまった。


 リンプンハネカクシは、蝶の仲間なのに羽が退化してしまった種だ。


 羽はないが鱗粉だけは残っていて、その鱗粉が羽の形を形成しているというわけがわからん鱗翅目だ。


「ほら、次はアスモだぞ。…アスモ?」


「………。」


「アスモ?」


「……シオマブシ。」


「おー、なるほど。」


 シオマブシは、その名から想像できるように、身体中に食塩の結晶が付いたようなハエだ。


 実のところ身体についているツブツブは、1gあれば90万人の純人間を殺せるという、赤鉄という金属の硫酸塩なのだが。


 (しお)塗しじゃなくて(えん)塗しってことだな。


「アスモ、やるじゃん!いい虫選ぶなぁ。」


「ほんと?え、えへへ…。」


「じゃあ次、俺か!えっと…また『シ』か。」


 そんなこんなでしりとりをしながら馬車を進めていたら、あっという間に時間が過ぎていた。


 結果はアスモの惨敗だったが、集中することで酔いがまぎれたようでよかった。


 上機嫌なアスモがおっさんと協力して夕食の準備をしている。


 俺?


 俺は手持ち無沙汰なので、炎魔法の制御練習をしているところだ。


 光魔法が使えたら明かりの確保には困らないのだが、残念ながら俺に光魔法スキルはない。


 だから、必要最小限の魔素を使って火をともす練習をすることで、明かりの確保が楽になるように頑張っているのだ。


「ふぬぬぬぬ…」


 魔素の出ていく出口をすぼめるイメージで、空中に揺らめく炎に魔素を注いでいく。


 しかし、すぼめるイメージの方に集中しすぎて、注ぐ魔素量がばらつき始める。


 こうなってしまえばやり直しだ。


 もう一度、大きめの炎を灯すところから始める。


「あっ。」


 炎の明かりに向かって飛んできたガが、炎の中に飛び込んだ。


 よくいる火蛾の仲間か。


 森の中に住んでいる鱗翅目だ。


 まさに飛んで火にいる夏の虫だな。


 そんなところで、ふと思いつくことが一つ。


 馬車に積んだトランクから、真っ白なシーツの予備と、強光ランタンを取り出す。


 強光ランタンは、魔石を利用したランタンで、強い光を発することができる。


「アスモー、ちょっと散歩してくる!」


 シチューの味を見て、ほんの少しのブランデーを加えていたアスモに声を掛ける。


「え、もうすぐご飯できるよ?」


「すぐ戻るから!」


 俺は杖を背負い、強光ランタンと白いシーツを持って森の方へと走って行く。


 夏とは言っても、ハルマニア大陸の夏は涼しすぎる。


 果たして狙い通りに行くのかは分からないが、即席でライトトラップを仕掛けてみることにする。


 森の辺縁に平行になるようシーツを広げ、できるだけ弛まないように木々に結わえ付ける。


 シーツの森側の面に強光ランタンを吊るせば、ほらできあがり。


 後は、夜行性の虫たちが、走光性に従って飛んでくるのを待つだけだ。


「ただいまー。」


 ライトトラップを仕掛け終わったので、キャンプ地に戻ってくる。


「おかえり、ほんとにすぐ戻って来たね。」


 アスモがさっきと同様、シチューに構いながら俺を出迎えた。


「ちょうど出来たよ。お皿貸して。」


「へーい。アスモのシチュー、美味いんだよなぁ。」


「ほ、褒めたって何も出ないよ?」


 そんなことを言いつつ、アスモは俺の椀に多めの肉を入れてくれる。


 アスモって、たまにテンプレじみてちょろいことがあるんだよな。


 まあ、ちょろくてかわいいんだけどさ。


 ◆


「アスモー、また散歩してくる。」


 夕飯を食べ終えた俺は、皿や調理器具を綺麗にすると、ライトトラップを見に行ってみることにした。


 しかし、今日の晩のシチュー、美味かったなぁ。


「え、また?もう暗いし、魔物が出るよ?」


 しかし、アスモは俺の身を案じてくれているようで、止めにかかってくる。


「いや、すぐ傍だよ。なんなら、一緒に行く?夜の散歩と洒落込もうや。」


 まあ、そんなにお洒落なもんでもないんだけど。


「…い、行くからちょっと待ってて。」


 アスモはそう言うと、慌てたようにアイテムストレージを探り始めた。


 魔物迎撃用のアイテムでも探してるのかな?


 アスモの準備が整う前に、御者のおっさんにも声を掛けてみよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ