18.シュッパツマエ
昨晩の記憶が途中から無い。
たしか、居酒屋ハナスズキ軒で料理が来るのを待っていたら、アスモが酒を頼みだしたんだった。
ショット2杯ぐらいで酔っぱらったアスモは、俺にグラスを差し出して来て…。
俺はそれを受け取って…。
目が覚めたら昨日の宿屋の俺の部屋だ。
ベッドの横にはなぜかアスモがいて、グレイシレーヌ号の船室の時のように抱き枕にされている。
…途中からというかほとんど記憶ないじゃないか。
ホールドから抜け出して、窓の外を見る。
雨は上がっているが、どんよりとした曇天だ。
この部屋には時計が置いていないので正確な時刻は分からないが、まだ街灯がつきっぱなしなぐらいには暗い。
朝食は出ないので、適当なドライフルーツでも齧っておくか。
トランクからリンゴのような果物を干したのを取り出す。
果皮が赤じゃなくて紫なんだよな。しかも、青みが強い紫だ。
口に放り込む。
ちょっとしわいが、新鮮な時のサクサクした食感が残っている。
干されることで濃縮された甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
ただ、干したことで出てきた、特有のにおいだけが減点対象だな。
しばらくむしゃむしゃやってると、アスモが起き出してくる。
「アスモ、今何時?」
「おはようぐらい言ってよ…、おはよう。えーっと…。」
しょぼしょぼした目を頑張って開けようとしながら、アスモはアイテムストレージを探っている。
「はい。」
虚空から手を引っこ抜いたアスモが見せてきたのは…。
「ストップウォッチ見せられてもなぁ。」
「ああ、ごめん…。」
右目を右手でこすりながら、左手を再びアイテムストレージに突っ込むアスモ。
…なんというか、目を隠すまでに伸びた前髪が寝ぐせでボサボサになって軽くホラーだ。
「ああ、これか…。」
今度こそ時計を見せてくるアスモ。
現在朝7時。まあ、まだまだ寝坊と言えるような時間ではないな。
「9時の馬車に乗るんだろ。」
「あー、うん…。…あれ?なんでボクの部屋に瞳がいるの?」
「俺の部屋にアスモがいるんだよ。ほら、自分の部屋に戻って出発の準備しろよ。」
彼女を部屋に送り届けると、俺はスーツケースから服を取り出して着替えた。
そういえば、昨日は寝巻に着替えないまま寝ていたみたいだ。
本当に、昨日は何があったんだろうな…。
◆
アスモが準備を終え、俺の部屋にやって来る。
「今考えたら、ボクって自分の部屋をほとんど使ってなかったんだよね。」
アスモの本日の服装は、丈の長い白いシャツに紺色のロングスカートだ。
その上からワインレッドのカーディガンを着ている。
喪服がダサいと言ったら他の服も着るようになったアスモ。
そのファッションセンスは普通だ。
「あ、魔剣グラムだ!」
「ちょ、やめてって!」
腰のベルトに吊るされた長剣の名は魔剣グラム。
大仰な名がつけられた、ただの剣だ。
「船でパーシー君と決闘してた時も思ったんだけど、アスモってけっこう中二病だよな。」
「トーマス君じゃなかったっけ…?それはともかく、中二病とは失敬な。」
トーマス君だっけ。
剣の島で船を降りていったから、緑の方と混同してしまったのかもしれない。
それはともかく、わざわざ『使える者の少ない雷魔法で水魔法使いの貴族をボコボコにした』というシチュエーションとかだいぶんイキってると思うけど。
トーマス君の全力魔法を片手で消したところとかも、だいぶんかっこつけてたよなぁ。
「そ、そんなことないよ!あれは彼の心を折っておくための演出で…」
心を折って相手をねじ伏せるというのも、なんだか演出じみてると思うけどな。
そんなアホな話をしていたら、隣室の宿泊客に壁ドンされた。
口を閉ざして顔を見合わせた俺たち。
アスモは虚空に手を突っ込むと、中からタブレット端末と、キーボード、マウスを取り出した。
「うーん、異世界感が壊れちゃう。」
12年ぶりに見た科学文明の粋。
この世界の中では明らかに浮いている。
「パソコン作って技術革命起こそうとする異世界人とか居そうなもんなのに、意外といないんだよな。」
金属加工技術が発展しているこの世界なら、案外電子基板やらフレームやらをすぐに用意できそうなもんだけど。
少なくとも、俺が生きてきた12年の間に、電気文明が台頭してきたなんてことはなかった。
「まあ、大体のことが魔素やら魔石やらで賄えるからね。それに、PCを自作できるような人間は、この世界に飛ばされてこないんだよ。」
アスモはそんな意味深げな発言をして、起動したタブレットにパスワードを打ち込んだ。
まあ確かに、せっかく魔法のあるローテク文明に精密機械なんか持ち込んだってナンセンスかもしれないな。
機械技術を巡って大戦争が起きるかもしれないし。
「ボクが居た亜人の国なんて、最近になってようやくボードゲームが売り出されてて、開発者のインナーカラー猫人がイキってたぐらいだからね。娯楽とか、生活の効率化みたいな、直接的な利益を求めるような技術の発展が、魔素の存在のせいで阻害されてるみたいだよ。」
なんか、アスモがすごい難しいことを言い出したぞ。
彼女もゲーマーだっただけに、娯楽の少ないこの世界に不満を感じていたのかもしれないな。
「それってなんていうエイムトレーナー?」
俺は、アスモが起動したアプリケーションを覗き込む。
画面の中では、骨格標本みたいなキャラクターが銃を持って、四角い的をひたすら撃ち続けている。
「デモンズエイムシミュレーターだよ。神域のプロゲーマーも使ってるんだよ。」
「へー。」
神域でもプロゲーマーっていう仕事が成立するんだなぁ。
ちなみに、傍から見ている限りアスモはクソエイムだ。
スコープの覗き速度が遅いし、覗き終わってから発砲する前にマウスがすごいブレている。
「感度高すぎるんじゃない?」
見たところ、振り向き感度が2.5cmぐらいなんじゃないだろうか。
明らかにハイセンシを制御しきれていない。
「ちょっと貸してみ。」
俺はアスモからキーボードとマウスを奪うと、設定を弄ってみせる。
「ちょ、センシ高い奴が強いゲームに合わせてるから、今ので良かったんだよ!」
アスモが抗議してくるが、無視してエイム感度を合わせていく。
そんなこと言っても、明らかに合ってなさそうだもん。
「うん。こんな感じかな。」
試しにBot撃ちをしてみる。いい感じにHSが決まるようになった。
「え…タップ速度はっや…。ADSそんなに早いことある…?」
アスモが俺のプレイを見てなんかボヤいている。
まあ、俺も前世では、エイム練習だけは継続的に頑張ってたからな。
「あ、めっちゃ当たるようになってる…。」
アスモがちょっと嬉しそうに呟く。
うんうん。目に見えてよく当たるようになってるな。
その後暫くアスモのエイム練習を眺めていたら、馬車の時間に遅れそうになるなどのトラブルが起こったがそれは重要なことではない。




