17.リクノウエノイッパク
「おーい、アスモー。着いたぞ!」
「やっと陸か!」
「痛え!」
ベッドからガバリと飛び起きるアスモ。
その顔を覗き込んで揺り起こしていた俺は、アスモの本気の頭突きを額に食らってしまった。
一歩間違えれば、鋭い二本角が眼球をかすっていたかもしれない。
「あ、ごめんごめん!大丈夫!?」
涙目になって額を押さえる俺を見て、アスモはおろおろしている。
石頭め。
「いててて…。お、俺のことはいいから、とっとと降りる準備をしてくれ。」
着いた、とは言うものの、まだ船着き場に停船したわけではない。
船が港の湾内に入ったというだけだ。
俺は、窓から港の様子を見る。
外は夕方だが、雨が降っているので大分くらい。
魔石灯かと思いきや、ガス灯の明かりが仄暗い街を照らしている。
黄色っぽいしっくいの壁に、赤茶色の瓦のような板で葺かれた屋根の建物がたくさん並んでいる。この辺に特有の建築なのだろうか。
高い建物はなく、一番高いものでもせいぜい4階建て止まりといったところだろうか。
その代わりと言うべきか、巨大な木がそこかしこに生えている。
俺たちがナツガスキ大陸を出たときに利用した港町・サウスワンガンに比べると、建物同士があまり密集していないように見える。
なんというか、ド田舎とまでは言わないが、小田舎という感じだなぁ、と思った。
「ここって、なんていう国?まだアリアダ王国じゃないんだろ?」
俺は、後ろに振り向いてアスモに尋ねてみた。
あれ?いない。
「そうだね。ここはたしか、ハーディア王国にある、グリーンポートとかいう港だった気がするよ。」
いつの間にか、アスモは俺の左隣に立って窓の外を見ていた。
部屋を見渡せば、あんなに広がっていた荷物がもうなくなっている。
「俺のトランクは?」
俺の荷物が入ったトランクまで消え去っている。
「嵩張るから、まるごとストレージに入れといたよ。杖は自分で持ってるといいよ。」
アスモはそう言って、壁に立てかけられた杖を指差した。
俺はそれを背中に担ぐと、弾むような足取りで船室の扉を出た。
「さっさと行こうぜ!」
「嬉しそうで、何よりだよ。」
かくいうアスモも、心が浮ついているようだ。
スペード型の尻尾が、嬉しい時の犬の尻尾みたいに動いている。
俺たちは船員や顔見知りになった人たちに挨拶して、船を降りた。
やはり、陸に上がっても地面が波で揺れているような気がした。
◆
グリーンポートから目的地アリアダ王国シオン町までは、これまた馬車で4日かかる。
今日はもう暗くて天気が悪いし、シオンの方角へ送ってくれる馬車は出ていない。
港町にある唯一の宿屋『オオグイスズキ亭』に2部屋取れたので、そこに宿泊することにした。
「ふう…。」
久々の個室だ。
船の中ではアスモとずっと同室だった。
二段ベッドの上下に分かれていたはずなのに、気が付いたら俺がアスモの抱き枕になっている日々とも一旦おさらばだ。
その状態で耳元でえづきやがるものだから、寝不足になるかと思った。
子どもの寝つきの良さに感謝だな。
……まあ、北西に向かうにつれて寒くなって行ったので、体温の高いアスモが湯たんぽのようになって助かったというのはある。
さて、本日の部屋は。
カーテンがちょっとヤニ臭くて、壁に黒い染みが出来ている等、多少ボロくて汚れている。
ただ、ベッドのシーツからゲロの臭いがするようなことはないし、枕も香水のいいにおいがする。
わりかしふかふかした掛布団と数枚の毛布があるので、寒くて風邪を引くようなことはないと思う。
ランプシェードは良く使い込まれているが、ちゃんと磨かれている。
そして、ランプシェードが置かれている机も、木目の模様がきれいに出るまで使われてきたのだろう。
どちらもアンティークっぽくなっていていい感じだ。
壁が薄いせいで、隣の部屋の音が聞こえてくること以外はだいたい満足だ。
「瞳、ご飯食べに行こう。」
ノックもせずに扉を開けてきたアスモが言った。
残念ながら、この宿には食堂がついていない。
俺は、トランクの中から厚めのダッフルコートを取り出した。
途中で寄港した港町で、アスモが選んでくれたヤツだ。
俺は、そいつを羽織ってランプの灯を消した。
そして、部屋の鍵をちゃんと閉めたことを確認すると、アスモと並んで宿を出た。
◆
本日夕食を食べるのは、宿から200mほどのところにある『ハナスズキ軒』という居酒屋だ。
それにしても、この辺りには『スズキ』と名がついた店が多いな。
スズキがよく獲れるからなのか、スズキさんが多いからなのか。
どうでもいいか。
ともかく、ハナスズキ軒という居酒屋に入った俺たちは、店主のおすすめを適当に見繕ってもらうことにした。
落ち着いた雰囲気の店内。
客層は、年配の男性ばかりだな。
(外見上)若い女性2人連れという俺たちは、正直ちょっと浮いていた。
「なんというか、さ…」
同じような感想を抱いていたアスモが、小声で耳打ちしてくる。
「言うな。考えないようにしよう。」
俺も、耳打ちで返す。
「気持ちはわかるが、こればっかりは仕方ないよ。」
ほかの町ではもっと姦しい感じの俺たちだったが、今日ばかりは、店主が一品目を持ってくるまで無言だった。
◆
「ハナスズキの香味揚げ、お待ちどうさま。」
7品目の小皿が、俺の分とアスモの分の2皿届く。
「えっへへへ、ありがとうございまぁす。ふへ、えへへへへ。」
それを、すっかり酔っぱらってしまったアスモが受け取る。
こいつ、笑い上戸なんだなぁ。
こないだは酒精で生きていけるとか言ってたくせに、すっかりべろんべろんじゃないか。
「お姉さん、いい飲みっぷりだねえ。そら、もう一杯。」
いつの間にか、ご年配のお客さん方と仲良くなっているアスモ。
ナイスミドルは透明な液体をコップに注いでアスモに手渡している。
「さあ、もっと飲んで飲んで。」
「はーい!アスモ、のっみまーす!」
一気にコップの中を干すアスモ。
「そうそう。そうやってお酒と同じぐらいの水を飲んで、ちゃんとアルコールを薄めないとね。」
誤解なきよう言っておくと、このナイスミドルは町医者で、暴飲しているアスモに見かねて世話を請け負ってくれているのだ。
俺?
俺はというと…。
「ハイッ!奥義、へそ回し!」
「「「おおおお!!」」」
ハナスズキ軒に響く歓声と拍手。
俺は偶然持っていた謎スキルの一つ、皿回しEを使って皿回しを披露していた。
皿を回す12歳元貴族3女。凄い絵面だ。
なんでこの世界では、皿回しが独立したスキルとして成立してるんだろうな?
まあ、考えるだけ無駄か。
「へへ、えへへへへへ。瞳、もう一個ぐらい皿を増やせないのかい?」
アスモがさらに皿を増やすことをリクエストする。
「よーし、親友の頼みとあらば、仕方ない。見よ!最終奥義、ほふぁははふぃ(トラバサミ)!!」
棒を口に咥え、その棒で皿を回す。
今の俺は、両手に一本ずつ、両足に一本ずつ、へそで一本、口で一本の棒を操作していた。
この異様に軽い木の棒はアスモが例のアイテムストレージから出してきたヤツだ。
「「「おおおおお!!!」」」
こんな下らない芸でこんなに歓声をえられるのなら安いもの。
アスモの笑顔のためなら恥も外聞もプライスレスだ。
…どういう意味なんだ?




