15.ダイジェストフナタビ2
「なにやら君に迫る不純な気配を感じて戻って来てみたら…。瞳、そいつ誰?」
「お、おかえり。」
酔い止めが効いてきたのか、船酔いに慣れたのか。
アスモはトーマスなるクソガキが1時間も話していたら戻ってきた。
思うんだけど、アスモって結構ショートスリーパーだよな。
「アスモ―、こいつ、ママのことディスってたよ。」
「ほう…?いい度胸だな、人間。」
面白がってキレる振りをするアスモ。
「おお、彼女の母上であらせられたか!美しい鼻すじが似ていると思っていたのです。ああ、ご挨拶が遅れました。僕の名はトーマス・ハリド・ヘリアライル!魔道皇国皇帝陛下にお仕えする、男爵家の長男でございます!」
おお、手のひら返しだ。
少なくとも、俺とアスモは似ていないし、俺はどこからどう見ても純人間だ。アスモと血縁があるように見えるなら、そいつには眼医者を勧めてやろう。
あと、俺は彼女のように人外じみた美しさを持っているわけでもない。
そう考えるとこいつ、俺のことも煽ってるよな。
「あらあら、男爵家の方だったの。うちのシューラになにかご用だったのかしら?」
アスモがママモードでクソガキ貴族を威圧している。
おお、笑ってるだけだのに、凄い圧力だ。
「あ、その…。ゴホン!実は、この度、シューラさんとお付き合いさせていただくことになったのです!」
お、勝手な事言い出したな。
「あら、シューちゃん!そうなの?」
驚いたフリをしてこちらを見てくるアスモママ。
「ちがうよ、ママ!この人がずっと付きまとって来て困ってるのよ!この人が貴族だっていうから、船乗りさんたちにも助けを求めにくくって…。」
まあ、実際は完全に無視を決め込んでいたんだけどな。
レスポンスしなくても、こいつ永遠に話し続けてたし。
「あらあら。トーマス君だったかしら?」
アスモは笑いながら、ボンボンを見る。
おお、目が全然笑ってない。まるでエサのカエルのことを見るヘビみたいだ。
これも演技なんだろうが。
「トーマス君。アスモ・デウス・リアラリーフという金級冒険者をご存じ?」
「え、ええ。それはまあ。」
アホ貴族は、アスモの言葉にこいつは何を言ってるんだという様子で頷く。
「アスモは雷魔法が得意で、ひとたび雷魔法を放てば、夜は昼間のように明るくなり、海はマグマのように沸くのよ。」
おお、ちょうど最近、どっかで似たような話を目撃したな。
「そんな彼女に、魔動皇国の皇帝陛下は『稲妻の王』という称号と、公爵の地位を授けようとしたそうよ。まあ、本人はそれを断ったのだけれど。」
公爵って言ったら、爵位の一番上だもんなぁ。デュークデューク。
…うちの子爵家って、そんなエラいのに攻め滅ぼされたんだなぁ。
「さて、ここに私の冒険者証があるわね。」
アスモはトーマス少年に冒険者証のカードを差し出した。
俺もそれを覗き込む。
…アスモ・デウス・リアラリーフと金文字で書かれてるな。
「子爵ごときが我が愛娘に触れようなどと、身の程知らずも甚だしい。疾く失せろ。」
おお、なんかすげえ偉そう。
アスモは手のひらの上で、高圧電流の球を作り出した。
「あ、あ…。し…しかし!貴様は結局のところ平民ではないか!僕は男爵家、しかも歴代で最強と名高い者よ!貴様ごとき、我が愛の前には無力!」
お、決闘か?決闘か?
理論も減ったくれもない逆切れだ。
トーマス君よ、止めといたほうがいいぞ。
君はウザいが、未来ある若者。
こんなところで命を散らしては、草葉の陰も居心地が悪かろうて。
退屈そうな船内の乗客たちが、殺気立った様子を嗅ぎつけてきたのか、どんどん集まってくる。
「貴様には、この手袋をくれてやろう!」
おお、手袋を投げて決闘を申し込むアレだ!初めて見たぞ。トーマス君貴族っぽい!
「ママ、やりすぎないでよ?船が沈んじゃったら、冗談にもならないわ。」
俺は、快適な船旅のためにアスモを諫めておく。
アスモは、大丈夫だ、というように片目を瞑った。遊んでるだけみたいだし、大丈夫だろう。
「乗客のみなさーん、ちょっと下がって下さーい。うちの悪魔の雷魔法はいたいですよーっと。」
俺は、二人を囲む野次馬たちを下がらせる。
お、あれがトーマス少年のところのご両親かな?
アスモの事を知っているのか、真っ青な顔で息子・トーマス君を心配している。
「では、参る!」
決闘開始の合図もなしに、まるで不意打ちのように詠唱を始めるトーマス君。
彼はいったい、何の魔法を使うんだろう。
まあ、詠唱しないと魔法が発動しない時点で、彼に勝ち目はないのだが。
対するアスモ。
「あ、いた。シューちゃーん!」
彼女は、観客に紛れ込んだ俺を見つけると、笑顔で手を振ってくる。
「ママ、がんばってー。」
ぜひとも死者が出ないように頑張ってほしい。
トーマス少年の長い長い詠唱が終わって、ようやく彼は動き出す。
おお、水魔法で作られた竜…いや、ミミズかな?
なんか長物っぽい動きをした水の塊が1本、彼の周りを漂っている。
「食らえ、アクアドラゴニックボルテックス!」
うーん、厨二くせえ名前。
彼が飛ばした水ミミズは、たしかに強力な魔法だ。俺なら1秒と持たないね。
しかし、彼に対峙するは悪魔。
「えーい!」
間の抜けた掛け声で手を振ると、水ミミズは霧散してしまう。
「てーい!」
続けて手を挙げるアスモ。
物凄い音を立てて、海水が持ち上がる。
刺々しい凶悪な形をした水塊は、電流を纏っているようだ。
「あ、あれは…!導電性の高い海水を電気魔法で操っている!?しかも、あんなに複雑な形に維持するなんて、魔王でもなければ無理なはず!?」
俺の右斜め後ろに立っている、町娘風の女が妙に説明的な口調で叫んだ。
「な…!ここまでの精度の水球操作を無詠唱で…!?しかも、水魔法を使っていないだと!?」
おお、トーマス少年もどこがどう凄いのか解説してくれている。
「あとはこれをあなたにぶつけるか、あなたをこの中に閉じ込めてしまえばいいんだけど…。私、初狩りみたいなことはしたくないのよね。」
初狩り、とは初心者狩りの略であり、初心者を経験者や上級者がいじめることだ。
もうすでに十分な初狩り、というかOPでGGといった感じなのだが、アスモはそんなことを宣う。
「さ、サレンダーします…!」
トーマス少年があっさりその心を折ったところで、決闘はあえなく終わってしまった。
まあ、予想通りだな。
◆
「初狩りって正直楽しいよね。」
トーマス少年のご両親、すなわち男爵家のみなさんが謝罪にと持ってきた高級ワインを飲みながら、アスモは言った。
「言ってることだいぶヤバいよ。」
俺は、そんな彼女に呆れた。
「そんなにガブガブ飲んでたら、また気持ち悪くなるぞ。」
悪魔にアルコールが効くのかはわからないが、腹がタプタプになってまた船酔いが戻ってくるんじゃないだろうか。
「酒精もまた精だからね。昔みたいな精気集めは禁止されちゃったから、むしろ元気が出てくるよ。」
少し顔が赤くなってきているアスモはそう言って、ワイングラスを干した。
今日の夕飯は、アスモが倒したアビスクイッドの肉や、巻き込まれた魚を使った海鮮料理だった。
アスモは、海鮮料理が出るなら白ワインをよこしてくれればよかったとボヤいていた。
俺は、トーマス少年の両親から慰謝料を受け取っていたので、心が砕かれた彼と話ぐらいはしてやってもいいかなという気持ちになった。




