13.モクテキチシオン
「「いただきます。」」
ウミホタル荘の名物、海鮮グラタンにスプーンを突き立てる。
中身はホワイトソースかと思いきや、トマトに似た実がベースのミートソースだった。
中には大量のホタテ、大ぶりに切られた魚の切り身、イカ、タコといった海の幸がごろごろしている。
海鮮の他に入っている、ナスのような実がまたうまい。
それがひき肉と海鮮の旨みを存分に吸い込んでいて、ナスもどきの持つ本来の甘みが柔らかく広がって、しまいにはミートソースの酸味によってきりっと引き締められる。
「うめー!」
思わずガツガツと貪ってしまう。
「シューちゃん、お下品よ。もっとゆっくり食べてもいいのよ。」
母という設定のアスモは、煽るように言ってくる。
しかしママよ。
綺麗な形の鼻の頭には、ミートソースが付いているのだ。
俺とアスモは暫く無心でグラタンを食べ続ける。
…こいつ、グラタン食うの下手くそだなぁ。
娘設定の俺よりもこぼしている。
「ママ、お鼻にお土産ついてるよ。」
口の周りを上品な動きで拭っているアスモを茶化してやる。
さっきのお返しだ。
「お嬢ちゃんも、お母さんも美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。これ、サービスね。」
宿屋の女将さんの夫なのだというコックが、魚の香りが爆発しそうなブイヤベースを俺たちの前に置く。
うおお、こんなに凝縮されたスープが存在していいものか。
「し、染み渡る…!」
アスモも思わずため息をつく美味さだ。
たぶん、具の焼かれた魚は、スープの出しガラとは別に用意された物なんだろうな。サクサクした皮目と、溶けた脂が美味い。
下手くそな食レポはこの辺にしておいて、だ。
俺とアスモは部屋に戻って明日からの予定を確認した。
「7時出港の客船『グレイシレーヌ号』で1週間。まあ、魔石機関を積んだ船にしては遅い方だよね。」
「こっちに来てから領地の外に出ることは少なかったからなぁ。フォースマ以外の乗り物の速さなんてわかんねえや。」
思えば、学校に行かずとも教育係に勉強を教わっていたし、魔法学校には行かせてもらえなかった。
家族旅行なんてものはなかったし、父上の遠征に連れて行ってもらえることもなかった。
俺が知るこの世界の情報なんて、せいぜい領地の中で得られるものぐらいだったもんな。
「で、そもそも俺たちはどこへ向かってるんだ?」
さっき俺が買い物をしていた間に仮眠を終えていたアスモは、あれよあれよといううちに船のチケットやら書類やらを準備しておいてくれた。
相方が有能すぎるんだよなぁ…。
「西の方に、ハルマニア大陸ってのがあるのは知ってる?」
「それはまあ。」
今居る大陸・ナツガスキ大陸の北西部に位置する、この世界で一番小さな大陸ことハルマニア大陸。
ナツガスキ大陸ほど国々がひしめきあっているわけでもなく、言うなればわりと田舎じみたイメージがある。
「ハルマニア大陸の東の端に突き出てる半島に、アリアダ王国っていう国があるんだよ。」
むむむ。早速聞いた事ない国の名前が出てきたぞ。
「農産物産業と鉱山産業で有名な国だよ。12歳のおこちゃまは、地理のことなんて知らないかもしれないけどね。」
「なんだお前。」
急に煽ってきやがって。
これでも前世では…。
前世では何歳まで生きて何やってたんだっけ?
まあ関係ないか。
「そんなアリアダ王国の山側にある、田舎町のシオンってところが目的地だよ。」
うーむ。
地図を見せられても、いまいち想像しづらいな。
現代人はスマホに頼りがちだし、紙の地図を見る機会って少ないと思うんだ。
まあ、あの世界も俺が生きてきた12年のうちにさらに発展しちゃってるのかもな?
「シオンって町か。つまりシオン町ってことだな。」
なんだかユーレイが出てきそう。
「・・・?えっと、まあそうだね。そのシオンの町に、一軒家を持ってるんだよ。」
「え、家を持ってんの?賃貸とかじゃなくて?」
「うん。亜人の国でだいぶん儲けたからね。瞳に出逢えたら一緒に暮らそうと思って、新築を建てたんだよ。」
おお…。
俺のために家まで建ててくれたのか。
そういえば、俺の面倒を見てくれるって話だったもんな。
嬉しい反面、ちょっと献身が重たい気もするけど…。
「そこで、二人で静かに暮らそう…。なんて言うと、プロポーズでもしてるみたいだね。」
照れるならそんないい方しなければいいのに。
愛い奴め。
「なるほど、ハルマニア大陸か。わりと寒いって聞くけど、アスモは大丈夫なのか?俺は寒いののほうが熱いのより好きだけど。」
ゲーマーだった俺からすると、PCに熱がこもってオーバーヒートしかける夏場よりも、冬場の方が印象がいい。
あれ?こんな理由で冬が好きなんだっけ?
「うーん。別に、好きでも嫌いでもないよ。瞳が寒いののほうが好きっていうなら、それで丁度いいしね。」
いやいや、お前の休暇でもあるだろう。
お前が主体性を出さなくてどうすんだ。
「どっちにしろ、シオン以外にはないと思ってたからね。シオンが嫌だと言われたら、ぶらり行商ガールズの旅になってたよ。」
「あ、そうなんだ。」
そんなに両極端な2択が用意されてたのか。
行商しつつ旅をしながら世界を見て回るのも楽しそうではあるが、俺は腰を据えてるほうが楽でいいかな。
「ボクとしては、どこかにのんびり定住してる方が楽でいいかな。」
ああ、アスモも同じだったのか。
「さあ、今日は明日に備えてもう寝よう。寝坊したら大変だからね。」
アスモはそう言うと、下着姿になって布団に潜り込んだ。
俺も、今日買ったばかりのネグリジェに着替えて寝るとしよう。
魔石灯のスイッチを捻って明かりを小さくする。お化けが怖いので、完全には消さないが。
アスモに背を向けるように寝っ転がって瞼を閉じると、すぐに眠気は訪れた。
◆
「おーい、アスモ。起きろ。暑苦しい。俺は抱き枕じゃない。」
目が覚めたら、眼前に乳。
アスモに抱き枕のようにホールドされていた。
こいつ、体温高えなぁ。
「…うーん。むにゃむにゃ。…○○○。」
おい、なんて寝言だよ。
色欲の悪魔っていうか色情魔なんじゃないか?
「○△*〇…、×〇■が…。」
「おい!」
「ぐぶっ!?」
脇腹をどつくと、アスモはすぐ目を覚ました。
「おはよ。」
「…疲れてるときって、どエロい夢見ない?」
「うるせえよ。本当に疲れてたら夢なんて見ねえよ。はよ準備しろ。」
時刻はもう5時だ。
着替えたり船着き場に向かったりしていたら、けっこうギリギリになるだろう。
「あ、やば。もう5時か。」
虚空のアイテムストレージから時計を取り出し、時刻を確認したアスモが、ベッドから慌てて立ち上がる。
「朝ごはん貰ってくるから、自分の荷物とかちゃんとまとめといてね!」
「おう。ありがとう。」
昨日のうちに大体纏め終えてはいたが、もう一度忘れ物がないか確認しておこう。
まあ、何か忘れてても、大体のものはアスモが出してくれるだろう。
さながらアスもんといったところか。
その後、戻ってきたアスモが買ってきたシーフードサンドを食べ、宿を出た。
そのままの足で船着き場に向かうと、既に客船『グレイシレーヌ号』は到着していた。
想像していたよりも豪華な客船でちょっとびっくりした。
早朝の港を後ろに出港したグレイシレーヌ号を、地元の漁師たちや商人たちは手を振って見送ってくれた。




