11.カイモノソノ2
魔道具店を出た俺は、とりあえず本屋に向かった。
おそらく船旅の途中でアスモはダウンするだろうから、退屈になるだろう。
退屈しのぎに小説でも買っとこっと。
この世界はハイファンタジーなローテク世界だが、印刷機は存在しているようである。
電動ではなく魔石を消費して動くらしいのだが、活字印刷よりも印刷ミスが少ないし、解像度も中々だ。
一番上の姉上の婚約者が製本業者の御曹司だったので、そんな話を聞いたことがある。
書架に並ぶ文庫本の背表紙を見ていく。
最近の流行りは恋愛小説…というかラブコメだ。
ちょっと前までは冤罪で投獄された主人公が様々な覚醒をして復讐をしていくタイプの物語が流行っていた。
ああいうジャンルはなんて言うんだ?復讐劇?
まあいいか。
最近の流行はラブコメだが、俺自身もわりとこのジャンルが好きだ。
愛に目が曇ったキャラクターたちのシュールともいえる言動は滑稽だが、恋は盲目と言うしな。
そんな登場人物を見た上で、なんだかんだこういう大恋愛をしてみたいと思ってしまう俺は、乙女なのだろうか?
お、『宇宙漁師論と恋愛量子論』の新刊が出てる。
このシリーズももう28巻か。
そういえば、既刊は全部揃えてたんだけど、反乱の時にぜんぶ置いてきちゃったもんな。
…あの公爵が読んでたら面白いな?
俺は『宇宙漁師』の最新刊と他にいくつかの小説を買って、書店を後にした。
◆
杖の引き取りまではあと1時間ぐらいはあるな。
俺は、おやつを買っておくことにした。
アスモのアイテムストレージには、沢山の食料品が入っている。
言ったらだいたいなんでも出てくるが、それはあいつが管理してるからな。俺が自由につまめるものはない。
アスモが必死に稼いだ成果だし。
まあ、この金もアスモが稼いだ金なんだけどな!
食料品店に入る。
前世なら、俺の旅のお供は茎わかめだったのだが、残念ながらこの世界ではお目にかかっていない。
転生者のだれか、俺の代わりに茎わかめを開発してくれ。
港町だけあって、魚介類の乾物が多いな。
お、なんかの貝柱の干物がある。
ホタテの貝柱の干物って、美味いんだけどけっこうしてたんだよなぁ。
「よかったら、食べてみる?」
俺が貝柱の干物を見ていたら、店員のお姉さんが声を掛けてくれた。
せっかくだし、好意に甘えて試食してみよう。
「いただきます。」
小粒の貝柱を口に放り込む。
丁度いい塩気に、口いっぱいに広がる旨み。
余計な味付けや添加物がなされていない分、豊かな磯の風味がダイレクトに香ってくる。
「うっま。」
思わず口に出してしまったが、これは美味い。
しかも、俺が両腕で抱えられるぐらいの大袋に入って銀貨2枚程度なのか。
これは買いだ。4袋ぐらい買っとこう。
「お姉さん、これってなんていう貝?」
俺は、お姉さんに尋ねてみる。
「これはね、ホタテっていう二枚貝の貝柱なんですよ。」
マジか。
ホタテなのか。
「この貝、最近になって急に取れだした貝なんだけどね、いっぱい取れすぎちゃうらしいんです。海の生態系が変わっちゃって、他の貝が減っちゃったの。」
侵略的外来種ってやつなのかな?それとも、気候が変わって増えやすくなったのかな?
「海の底もこの貝の貝殻でいっぱいになっちゃって、砂場でとれるお魚もどんどん減ってっちゃうの。まあ、美味しいから、駆除しても無駄にならないのだけは良いんですけども。」
「へー。あ、この干物5袋ください。」
「ありがとうございまーす!」
後でアスモに聞いて分かったのだが、このホタテはそもそも、俺の暮らしていた世界からこの世界に異世界転生してきた人の身体に付いてきたホタテの稚貝の子孫らしい。
…長いな。
何故かホタテにとって、魔素が豊富なこの世界の環境はピッタリだったらしい。
異常に増えて、異常に巨大化していったのだという。
「こんなもんかな。」
他に、甘味を何袋か追加して、俺は食料品店を後にした。
ちょうどそろそろ杖が出来たころかな。
俺は先ほどの魔道具店に戻ることにした。
◆
「お待ちしておりました。」
俺が店に入ると、先ほど対応してくれた店員のお兄さんが待ち構えていた。
「調整済みの品はこちらにご用意しております。ご確認ください。」
おー、これはいいな。
何の装飾もなかったシンプルな杖には、複雑に渦巻く炎のような彫刻が施されている。
指向性を高めるために装着した魔石のアタッチメントもいい感じ。
重くなっていたり重心が狂ったりもしていない。
石突に使ったアルミ-オリハルコン合金もしっかりと地面にかみ合っている。
「いい感じっす。お会計お願いします。」
「ご満足いただけたようでなによりでございます。こちらへ。」
店員は、俺から杖を受け取って、商談スペースへと向かう。
俺はそれについていく。
杖はけっこうな値段するからな。
保証書や保険、所有者登録等の手続きがあるのだ。
「お客様、保護者の方はいらっしゃりませんか?」
ああ、俺は背が低いからな。
この国では成人は13歳からだ。
その基準から見ても12歳の俺はまだ未成年だが、背が低い分さらに幼く見られているのだろう。
「大丈夫です。お金はちゃんと預かって来てますし、杖を買うのも2回目です。」
アスモに貰った革製の財布袋を机の上に置くと、店員は納得したような顔をした。
◆
「けっこういろいろ買ったよな。」
これは独り言。
買った色々なものを詰め込んだキャリーケースを引き、新品の杖を背負った俺は、宿に向かって歩いている。
キャリーケースを買ったのは正解だったなぁ。あと、キャリーケースの概念をこの世界に持ち込んだ異世界人、GJ。
ゴロゴロとキャリーケースの車輪が転がる。
さっきぶつかってきた人相の悪い男は、たぶんスリだろうな。
残念だったな。
こんなこともあろうかと、財布袋はパンツの中だ。
無理にスろうとすればもれなく幼女にセクハラをしなければならないというオマケ付き。人生終わること間違いなしだ。
…最近思うのだが、この世界の基準的に、12歳は幼女なんだろうか?
まあいいや。
「あら、おかえりなさい。」
「戻りましたー。」
宿に着くと、女将さんが出迎えてくれる。
挨拶を返して、俺は部屋に戻った。
◆
「お帰り。」
アスモはもう起きていた。
今は、虚空に手を突っ込んではアイテムを取り出し、再びそれを虚空に戻す、を繰り返している。
「ただいま。何してんの?賽の河原で小石積んでるの?」
傍から見れば、アスモは同じ動きを繰り返しているようにしか見えない。
「アイテムストレージを整理してるんだよ。ちょっと、取っ散らかってきたからね。」
アスモは虚空を(おそらくは視界に移る表示を)見つめながら答えた。
「へー、几帳面だなぁ。」
アイテムストレージの中なんて、他人からは見えないんだ。
そんなに綺麗に整理する意味なんてあるんだろうか?
まあ、俺が大雑把すぎるのかもしれないが。
「新しく出来た友達の前で、出来る女ぶりたいだけだよ。」
うわあ、ズルいセリフだなぁ。さすが色欲の悪魔。
こうやって男たちを落としてきたんだろうか。
「そういえば、なんで七つの大罪の大悪魔様が、神域で仕事してんの?」
ふと、疑問に思ったことを聞いてみた。
「…昔、ちょっとおいたしすぎちゃってね。神様方に、お仕置きってことで雇われていたんだよ。」
アスモは、整理する手を止めて答えてくれた。
どうやら、そのまま社畜じみた雇用状態のまま仕事を続けていたところ、楽しくなってきてしまったらしい。
ワーカホリックというやつだろうか。
「なんか、肌に合っちゃったんだよねぇ。」
彼女は、遠い目をしてそう言った。
「あれ?じゃあ、最近は男とか食ってないの?」
さらに疑問がわいてきた。
「…それはサキュバスだよ。ボクの相手は、男も女も関係ないからね。」
色欲の悪魔はそう言ってニヤリと笑った。
ちなみに、そういった行為は神域に雇われてからはご無沙汰しているらしい。
…ひょっとして、俺の貞操、ピンチだった?




