10.カイモノソノ1
なんやかんやあって、馬車は港町サウスワンガンに辿り着いた。
道中?
うちにはアスモがいるんだぞ。
馬車を襲ってくる盗賊団も魔獣も、雷魔法でヒトヒネリだった。
特筆すべきようなこともなかったし。
まあ、強いて言うならアスモの作る飯がうまかったことぐらいか。
強いし家事もできるし超絶美人なアスモに、行商人のおじさんは求婚していた。
まあ、結果は言うまでもないことだが。
「船かぁ…。」
そんな彼女は憂鬱そう。
まあ、言わんとせんことは道中の様子を見ていればよくわかる。
「酔い止めも、飲み続けてたら聞かなくなってくるらしいぜ。」
「…酔い止めの魔法を取ってくればよかった。」
後悔しておるな、アスモよ。
ちなみに、酔い止めの魔法というのは、肉体強化魔法の系列にあるらしい。俺も持ってないや。
港町サウスワンガンは、旅人たちでにぎわっている。
行商人のおじさんが、保存の効くドライフルーツや乾燥野菜のような保存食を仕入れてた理由もよくわかる。
ん?我々は保存食を買わなくてもいいのかって?
「このリモネ1箱ください。」
「はいよ。娘さんのぶん、オマケしとくよ。」
アスモがレモンに似た実を買って、アイテムストレージに仕舞っていく。
このように、アスモが買い込んだり以前から採取していた新鮮な食材が、アイテムストレージからいくらでも出てくるゆえに問題ないのだ。
「経産婦だと思われてやんの。」
「シューちゃんは娘だと思われてたけどね。まあ、オマケしてもらったんだし、文句はないよ。」
まあ、お金なんて腐るほどあるんだけどね。
アスモはそう言って笑った。
そういえば、アスモは人が多い所では、俺のことを、この世界での本名であるシューラからもじって『シューちゃん』と呼ぶことにしたらしい。
シューラと呼べばすむ話だと俺は思う。
本日の宿は、海鮮グラタンが自慢だという宿屋、ウミホタル荘だ。
「2部屋お願いします。」
アスモがチェックインの手続きをしている。
「あらあら、美人さんのご家族ね。申し訳ないんだけど、ちょうどあと1部屋しかないのよ。」
宿の女将さんが済まなさそうに言う。
「ご家族さんだし家族割が付くわね。一部屋2人だったら今日の夕飯と明日の朝食、あと、飲み放題も付いてお値段変わらないわよ?」
おっと、この女将さん、商売上手だな。
まあ、金貨を魚の餌に見立てて生け簀にバラ撒けるぐらいにには懐に余裕があるアスモが相手だし、意味はないけどな。
「あら、いいですね。シューちゃん、今日はママと一緒のお部屋でいーい?」
「ぶふっ!」
思わず笑っちゃったよ。
多分、今日はもう疲れたからさっさと休みたいんだろう。
アスモは俺たちが母娘だという体で行くつもりらしい。
こんな似てない母娘が居てたまるか。
「うん!シューちゃんね、ひさしぶりにママといっしょのベッドで眠りたいな!」
「ぶふっ!」
せっかく乗ってやったんだから噴き出してんじゃねえよ。
「お母さんと仲がいいのねえ。」
宿泊客をゲットできた女将さんは、ほくほく顔だった。
◆
チェックインが終わり、部屋に着くなりアスモがベッドに突っ伏した。
「寝るよ。おやすみ。」
「おい、せめて風呂に入れ。」
俺はアスモの尻尾をひっつかんで立たせる。
荷馬車での移動生活では野宿が多かったので、ろくに風呂にも入れていない。
ベッドはダブルだ。
汚いシーツで臭い女を横に眠るのは嫌だ。
「うー。尻尾やめてー。お風呂沸かしといてー…。」
「この宿に風呂はねえよ。ほら、風呂屋行くぞ。」
それこそ子爵家や公爵家でもなければ自宅に風呂を置くこともない。
ましてや、ただの宿屋に風呂があるなんてはずもない。
俺は、甘ったるい臭いを漂わせているアスモを引きずるようにして風呂屋へ行った。
◆
入浴シーン?
ねえよそんなもん。
◆
「ふいー、いい湯だった。」
風呂屋を出た後、アスモを宿の部屋に送り届けた俺は、町をぶらぶら歩いていた。
アスモは小遣いとして金貨を5枚もくれた。
全然、『小』遣いなんて金額じゃない。
…まあ、いずれにせよ文無しだった俺だ。
船旅の準備をしておくとしよう。
俺は、とりあえず服屋に向かった。
貴族だったので、服屋は向かうものというよりも向こうから来るものだった。
だから、この世界の服屋に入るのは初めてだった。
「いらっしゃいませぇー!どうぞご利用くださぁーい!」
なんか、アパレルショップの店員みたいなノリの店員が、甲高い声で出迎えた。
俺は、とりあえず棚にならんだ服を見てみる。
おお、いい感じのシャツ。
マシーナリー家に世話になっていた時、メイ姉さんに貰った御下がりばかり着ていた。
メイ姉さんの御下がりはだいたいフリフリしたワンピース風の民族衣装だったからな。
そろそろボーイッシュな格好をしたかったところだ。
「そちら、気になっちゃった感じですかぁ~?よろしかったらぁ、試着室とかもありますので、どうぞお試しくださいませー!」
「あ、えっと、見てるだけっす。」
本当に前世でよく見た服屋の店員みたいな店員だなぁ。
俺は、服屋で店員さんに話しかけられるとまごまごしちゃうタイプだ。
お、このブロードシャツ、いいなぁ。袖が広くて動きやすそう。ちょっと生地が薄いのが気になるけどな。
とりあえずこれはキープだ。
…とまあ、女の買い物ばかり見せつけられていても退屈だろうし、服屋での買い物についてはこの辺にしておこう。
店員がやたらとグイグイ来たのと、異様にカワイイ系を進めてきたの以外は、いい服屋だった。
服と一緒に買ったキャリーケースが半分埋まるぐらいで、だいたい銀貨100枚ぐらいか。
まだまだ懐には余裕があるし、魔道具でも見に行こうかな。
◆
「いらっしゃいませ。」
入ってみた魔道具店はすごく落ち着いた雰囲気だ。
前世の家電量販店みたいな感じで、たくさんの種類の魔道具がメーカーごとに競い合うように並んでいる。
とりあえず、お目当てのコーナーに行ってみる。
お、あったな。
魔力制御棒、通称『杖』売り場には、多種多様なデザインの、多種多様な杖が並んでいる。
森の中に逃げ込んでいた時にはこれがなかったせいで、練度が高くて比較的単純な炎魔法しか使えなかったんだよな。
…今考えても、よく生きてたよな。
「お、お嬢さん、大丈夫ですか?」
おっと、また涙が。
突然泣き出す俺に店員が困惑したように寄って来る。
「目にゴミが入っただけなので、お気になさらず。ところで、杖を探しているのですが。」
丁度いいし、杖選びを手伝ってもらおう。
「かしこまりました。属性適性をお聞きしても?」
「炎魔法がD、無魔法がFです。」
「2属性持ちとは素晴らしい。少々お待ちください。」
店員はそう言うと、俺に合いそうな杖を照合するためにバックヤードに入って行った。
ここで説明しておくと、杖は俺みたいな魔力規模の小さい人が使うものである。
アスモみたいな規格外や、自分で魔力を上手く制御できるやつには必要のないものだ。
俺は魔力量が少なく、かつ魔力の収束がうまくできないので、杖に頼るのだ。
「お待たせいたしました、こちらでいかがでしょう。」
店員は、灰色の木で出来た、シンプルな作りの杖を持ってきてくれた。
「クローバー社の最新モデル、CR102式でございます。」
俺はそれを受け取って、魔力を流してみる。
おお、いい感じ。
「これにします。」
持っている感じも手にしっくりくるし、重心も癖がない。
あとは、アタッチメントと装飾を決めてかないとな。
俺は店員と話し合って注文を決定した。
調整には2時間ぐらいかかるらしいので、その間、他の買い物を済ませておくことにした。




