カンタレラ
「遅い! 何で毎回遅れるのですか!」
「っ! 申し訳ありません! 教皇!」
「もう良い! 早く席に着きなさい」
「はい……教皇」
部屋に入って早々、教皇から叱責を受ける。
教皇の目は、まるで汚物を見るかの様な酷いもの。
女性から暴言を浴びるのが好きではないロレンのプライドは、悉く潰されたのであった。
ちなみにロレンがいるこの部屋は、全長50メートル程の縦にも横にも長い部屋だ。
例えるなら、高校の体育館。
そして、その部屋の奥に足を組んで座っているのが、ローマ教皇『アレクサンデル6世』。
その女の教皇アレクを囲む様に、貴族達が座っている。
それは大層偉そうに……
教皇よりも偉そうに……
「ねぇ〜 またフォーサイス伯爵が、会議に遅れてきたわよ」
「フフフ。本当にだらしない男ねぇ」
「顔だけは良いのに、勿体無いわぁ」
貴族からの罵倒・嘲笑を浴びながら【Lorenzo・Forsyth】と刻まれた名札が置いてある机の前に、ロレンは座る。
「ゴホン、では会議を始めよう」
こうして、何時間にも渡る会議が幕を開けた。
(何で俺、こんな世界に来ちゃったんだろ……)
ロレンは、元は日本のサラリーマンであった。
そんなロレンが何故、こんな場所にいるかというと……事は一週間前に遡る。
◆
「っ! はっ……俺は……」
目覚めると、知らない天井。
俺はゴージャスなベッドの上に、寝転がっていた。
そして俺を覗き込む、2人の影……
「ロレン!」
「お兄様!」
俺の傍には、金髪ロングの女の子と、黒髪ショートの女の子がいた。
意味が分からない……
「え? 貴方達、誰ですか?」
「「え!?」」
「え!?」
「覚えてないの?」
「うん。貴方達、ダレデスカ?」
「私の事も……覚えてないの?」
「ああ、全く覚えておりませんよ?」
すると、黒髪ショートの女の子が泣き始めてしまった。
ごめん。でも俺、君のこと知らない。
そして少し大人びた、薄い金髪ロングの女の子がショートヘアの女の子に寄り添っている。
だけど、どこかでこの2人を見たことあるな……
「あ!?」
「どうしたの!?」
この2人……俺が持っている男向け乙女ゲーム「カンタレラ」に出てくる、登場人物だという事を思い出したのだ。
◆
こうして、日本でサラリーマンをやっていたロレンは「カンタレラ」の世界に転生?したのであった。
「カンタレラ」は魔法がある世界の話で、舞台背景は古代ローマをイメージしている。
だが登場人物の服装は、1800年代のアメリカ人の様な格好だ。
例えるなら、昔日本が侍の国と呼ばれていた時代に、黒船に乗って登場したアメリカの男の服装に似ている。
「ロレンツォ! 聞いているのか!」
ここで話に集中していないロレンに、教皇から雷が落とされる。
「え!? き、聞いています……」
嘘である。ロレンは一度も教皇の話を聞いていない。
貴族の女達に気を取られていたのだ。
誰に気を取られていたかと言うと、貴族なのに、数人軍服を着ている者達だ。
そしてその者達は全員、カンタレラの攻略対象なのだ。
そんなロレンを見透かした教皇から、追い討ちを掛ける一言が飛んでくる。
「では、私が先程述べた法案を言ってみな……」
「すみません。聞いてないです」
「最初から、自分の非を認めていれば良いものを……」
教皇は半ば呆れながら、ロレンを見る。
だが、ロレンは震える足に鞭を打って、教皇の前まで歩いて接近する。
そして思い切り、教皇を睨んだ。
「ですが、俺なんかに構わず、会議を続けてください。俺は、男なので」
そして踵を返して、席に着席する。
この世界は女尊男卑なので、ロレンが自分は男だと自分を貶したのには一理あるが……
仮にもこの世界の最高峰である教皇に、自ら嫌われる様な行動を取ったのには、貴族達は首を傾げた。
しかしロレンがアレクに、冷たい態度を取るのには訳がある。
ロレンが転生した世界に似ているゲーム「カンタレラ」では、登場人物がヤンデレを引き起こし、主人公が殺されるというルートが多いのだ。
例えば、主人公が教皇アレクと結婚した場合は、主人公の事が好きだった、アレクの娘である『チェザーレ・ボルジア』に殺されるるのだ。
殺害方法は、ボルジア家に伝わる美しい毒薬である【カンタレラ】を口移しで飲ませ、チェザーレが主人公と、心中するのだ。
また、チェザーレを選べば、主人公はアレクに毒薬カンタレラを薄めたものを飲ませられ、自由の効かない体にされる。
そして、アレクの城に監禁されるのだ。
まだ他にもたくさんのヤンデレルートがあるが、今は置いておこう。
とにかく、主人公は殆どの確率死ぬという、胸糞の悪いゲームなのだ。
だが、主人公が生き残るルートがない訳ではない。
ロレンが知っている、主人公が生き残るルートは、登場人物全員を誑かすハーレムルート。
そして、登場人物の全員に嫌われる、いわゆるバットエンドルート。
ロレンは、ただでさえ女の子と話すのが苦手なので、ハーレムルートだけはないと考えた。
となると必然的に、バットエンドルートを選ぶしか無くなる訳である。
つまり、これらの理由で、ロレンは教皇に冷ややかな態度を取ったのだ。
ローマ教皇である、アレクが開いた会議に遅れた理由も然り。
この世界のストーリー全てが、ゲーム「カンタレラ」と全く同じでは無いかもしれないが……
ロレンは、万が一の時を考えて、ゲームの攻略対象全員に冷たい態度を取る事に決めた。
「全く……可愛げのない人ですね。では、会議を続けます」
そしてその会議は……5時間続いた。
◆
「ん……」
「……ようやく起きましたね」
「ふぁっ!」
眠りから目覚めたら、目の前に教皇の顔があってロレンはは驚いた。
「もう夜ですよ」
辺りを見回すと、偉そうに座っていた貴族達は誰一人としていない。
長い会議を聞いているうちに、いつのまにかロレンは眠ってしまったのだ。
「申し訳ありません……では、俺はこれにて失礼」
すぐさま椅子から立ち上がり、教皇から距離を取ると、早歩きで立ち去ろうとした……が。
「っ! 」
身長170センチ近くある教皇がロレンの手を掴んだ。
ちなみに教皇は28歳、ロレンは15歳である。
ロレンはまだ成長期なので、身長160センチ後半。
つまり、ロレンは力で教皇に勝てる訳が無いのである。
「何を…… っ!?」
そしてロレンは引き寄せられ、耳元で何か囁かれる。
「寝顔。ごちそうさまでした」
「っ!? ぁ……えと、失礼します!」
今度こそ、ロレンは部屋を後にした。
どうやら、ロレンが望むバットエンドルートにはまだ程遠い様だ。
◆
屋敷に帰ると、黒髪ショートの妹が迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「……ああ」
ロレンは素っ気なく返事をすると、すぐに二階の自室まで向かった。
ロレンの屋敷は、流石伯爵の屋敷という感じで、この屋敷は超絶広い。
日本の財閥の家みたいだ。
ちなみに、ロレンの妹の名前は、レイラだ。
もちろん、攻略対象である。
「はぁ……」
自室に戻ると、ロレンは大きなため息をついた。
今日もバットエンドルートへの道のりを、踏み外してしまったからだ。
だが、ロレンが悪い訳では無い。
ロレンはしっかりと、教皇に冷たい態度を取った。
だが、それ以前に、教皇が一枚上手なのである。
「明日は絶対に嫌われてやる!」
そう決意して、ロレンは教皇への対策を考えていった。
◆
「ぅ……」
朝起きると、ロレンは自分を覗き込む人影が見えた。
「っ!?」
「おはよう、ロレン」
「お、お姉さま……!」
そう、ロレンを覗き込む人影は金髪の姉。
名前は、クラリス。歳は17。
「な、何で俺の部屋にいるんですか!?」
「ん? 可愛い弟の寝顔を、見に来たのよ」
「……勝手に入って来ないでください!」
真っ赤な顔をしてロレンが叫ぶが、もはや抵抗になっていない。
そして追い討ちをかけるように、クラリスはロレンの頭をくしゃくしゃになでる。
「ぅぅ……」
「まぁ、ロレンの寝顔も見れたし、これで退散するわね」
「……早く出てけ〜!」
「あ、あと……」
するとクラリスは、ロレンの耳元に近づいて、囁いた。
「教皇には渡さないから」
「っ!?」
「じゃねー」
今度こそ、クラリスはロレンの部屋から出て行く。
(怖い! 何でこの世界の女の子達は凛々しいの!? 普通、渡さないからってセリフは男が言うでしょ!)
ロレンは何で自分を嫌ってくれないんだ?と、考え始めるのであった。