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ヤモリ

作者: はじ

 ああもうそれは暑苦しい夏の夜のこと。

 クーラーもなければ扇風機もない、しかし本だけはある部屋の窓際に寝転んで、風呂上がりのおっさんの吐息のように生ぬるい夜風を身に浴びながら就寝前の読書をしていると、視界の端でなにかが動いた。

 なにかってなんだ。

 なんでもいいか。

 いやよくない。

 本から目を外し、なにかが動いた箇所を見ると、小さくて黒い、あ、黒くて小さいものが壁を右上から左下にかけて移動しているところだった。

 ゴキブリかと思って目を凝らすと、それがゴキブリではなくヤモリであることがわかった。

 なぁんだそれならひと安心、さぁ読書も区切りがいいし、今日はもう寝ようかな、とはならず、ゴキブリであろうとヤモリであろうと、はたまた別の生き物、たとえば風呂上がりのおっさんであろうと、ペットでもない生き物がうごめく部屋でスヤスヤ安眠できるほど図太い神経を持っていない。

 んなら退治するのかといえば、ゴキブリならサイコパスのように「うひゃひゃひゃひゃああ」と笑いながら殺せる自信があるが、ヤモリとなるとさすがのサイコパスもためらいを覚える。決して爬虫類は好きではないが、嫌いでもない。可愛くはないがカッコいいとは思う。モンスターハンターのように狩猟という名目の上で殺すのならまだしも、一方的に殺してしまうことなどできるはずはない。

 のーで、つかまえて外に逃がしてやろうと立ち上がると、その振動を敏感に察知したヤモリは、張り付いていた壁をペタペタ、ぺタ? ペタペタ! と駆け下り、床に散らかした本の山のなかへと隠れてしまった。

 見失った辺りを探してみたが、影も形もない。一度尻尾らしきものを見かけたと思ったら、本の間からへにゃへにゃ伸びた栞紐だった。まぎらわしい。

 五分ほど捜索したが見つかる気配はなく、積み上げた本がますます散らかっていくので諦めて寝る、もう寝る。消す、電灯を消す。湧く、部屋に夜が湧く。布団の上に横になって目を閉じる。頭の右上の方向からかすかな物音が、あー、あの辺りには四年前に読み終えた【愛のゆくえ リチャード・ブローティガン】と二年前に読み終えた【第七官界彷徨 尾崎翠】が上下に積み重なり、さらにその上には未読の【コーヒーの水 ラファエル・コンフィアン】と【夜のみだらな鳥 ホセ・ドノソ】【好色一代男/雨月物語/通言総籬/春色梅児誉美(池澤夏樹=個人編集 日本文学全集11)島田雅彦、円城塔、いとうせいこう、島本理生】がどっしりと積み上がっている。そんなことを思い出していると、密集した本のなかを分け入るヤモリが小口にからだを擦りつけているときに鳴る音がして、それは少しずつ位置を移動させながら部屋をめぐっていく。

 あ、そこには、ずっと読むのを楽しみにしている【壁の中 後藤明生】【オルフェオ リチャード・パワーズ】【ベルリン・アレクサンダー広場 アルフレート・デーブリーン】【めくるめく世界 レイナルド・アレナス】【人形 ボレスワフ・プルス】【紙葉の家 マーク・Z・ダニエレブスキー】【存在の絶えられない軽さ ミラン・クンデラ】【山尾悠子作品集成】【ブリキの太鼓(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2)ギュンター・グラス】【眠れる告白 川端由紀夫】【ルビコンビーチ スティーヴ・エリクソン】【突囲表演 残雪】【同時代ゲーム 大江健三郎】を重ねてつくった塔が建ってるから崩さないで そう 慎重に 慎重に あっ そこも気を付けて まったく  こっちの気も知らないで  ヤモリは  進路の邪魔をする  本を  蹴散らしながら  足側にまで  回りこむ  その辺りは  読み終えた   国内小説が   雑に置かれ   て   混沌として   【猫と庄造と二人のおんな 谷崎潤一郎】いて【しき 町屋良平】自分でも【仮面の美女 三島康成】片付けなきゃ【ポジティヴシンキングのヨッパ谷へ 木下康隆】って【プレーンソング 保坂和志】思ってる【明治開化の憂鬱 谷川安吾】けど【切れたのピンボール 村上慎弥】ずっと【鎖1973年 田中春樹】後回しに【ポラーノのさようなら 高橋賢治】なって【魍魎の十角館 京極行人】る【末裔の降下 筒井古栗】ヤモリは【広場、ギャングたち 宮沢源一郎】をかい潜り【安吾捕物帖 涼宮ハルヒ 坂口流】海外小説が散らかる【騒がしい孤独、アブサロム! ボフミル・フォークナー】場所に【ペンギンの練習 レーモン・クルコフ】入り込み【わが悲しき娼婦たちの玉演戯 ヘルマン・ガルシア=マルケス】そこの【あまりにもアブサロム ウィリアム・フラバル】散らかり具合は【鍵のかかった身 フランツ・オースター】いっそう【ナイフ投げ派 スティーブン・トカルチュク】ひど【文体憂鬱 アンドレイ・クノー】くて【石蹴太陽か? オクタビオ・コルタサル】ヤモリが【部屋変 ポール・カフカ】と【逃亡師 オルガ・ミルハウザー】と【鷲かり遊び フリオ・パス】で【思い出ガラス ガブリエル・ヘッセ】できた   やまを   のぼって   いると   やまが   くずれて   こくない  しょうせつへと  なだれ  こみ しょうせつは ごちゃ ごちゃ に【ミナ朝食を 秋山トルーマン】な【子供たち怒るつばを吐いてやる ヴィアン友哉】る【好き好き大好き我々の語ること カーヴァー王太郎】【ロマンチストアクロイド クリスティー維新】【悪童失格 太宰アゴタ】【愛について語るときに超愛してる。 舞城レイモンド】【スカイ・若き日 キシュ博嗣】【クビシメ殺し 西尾アガサ】の【クロラの哀しみ 森ダニロ】ちいさなすきまにヤモリがはいりこむとそこには交尾ちゅうの紙魚がいて突如の闖入者に雌紙魚はきゃあと叫んで【ティファニーでミノミナミノ カポーティ瑞人】のページをまくり上げて胸部を隠し雄紙魚はなんダァてメェは!と蜜月を邪魔された怒りとその具合を視覚化したかのように怒張した交尾器を突きつけんばかりに尖らせてヤモリに迫ってくるしかしヤモリは【怒る怒るお前らの墓に 佐藤ボリス】の上で悠然としながら向かってくる雄紙魚をひと飲みにし【人間日記 クリストフ治】の裏表紙に逃げ隠れていた雌紙魚をあっという間に食べてしまう

そしてまだ物足りないのか

倒壊した本の上に

ぴょんと飛び乗って

ぐるり部屋を見渡し

寝転んでいるぼくに目を付ける

  いけない

  このままでは

  食べられてしまう

と思うや否や

手近なところにあった

【匣の殺人 綾辻夏彦】を手に取る

  へへ、講談社文庫はよく手に馴染むぜ

野ざらしにされた

煉瓦ブロックのようなそれを

振りかぶり


「うひゃひゃひゃひゃああ」


 と叫ぶ自分の声で目が覚める、ああもうそれは暑苦しい夏の夜のこと。


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