強すぎるのも考えもの、らしい
「さっきリーシャが言った通り、デスペアスパイダーは樹液が好きじゃ。その代わりに他の外敵……まぁ要するに人間じゃな。人間が近付かなくなるからの、ここには自然の恵みが沢山あるのじゃ」
なーるほど、樹液と安全と、いい具合に利害が一致してるってことか。
まぁその利害の中に人間が含まれているあたり、ちょっと複雑だけど。
「じゃから、デスペアスパイダーに頼んで、欲しい分だけを分けてもらうのじゃ。ハツカ草は分からんが、キルムの木からも樹液は出るはずじゃからの。
それに、ここで長いこと生きておるのなら、知恵を持ち話の通ずる者もおるかもしれんしの。もし会話が出来れば、ハツカ草が生えておるか分かるかもしれん」
うぅーむむ、そんな上手くいくだろうか。
なにせ向こう側にメリットがないからなぁ、交渉決裂で襲いかから……
あー、それはないな、うん。
リコルがいるし。
「え、でもですよ?
お願いするってことは、少なからずその……デスペアスパイダーさんと直接お話をするってことですよね」
「そりゃそうじゃろ」
……見たくないんですがそれは。
いやいやいや、考えてみて欲しい。
仮に襲ってくる可能性が0に等しいとしてもだ。
ほぼ間違いなく俺ら人間クラスかそれ以上のサイズの蜘蛛を見たいか?いや見たくない。
前世で普通に見かけるサイズの蜘蛛でさえ寒気がするのに。
ハエトリさんとアシダカさんは出てきてもスルーしてたけどな。
おかげで小さい羽虫やゴキブリなんかはほとんど見かけなかったぜ。あいつらこっちには向かってこないしな。
……ある意味それも、共存していたってことになるのか?
「うーん、姿を見ずにやり取りが出来ればそれが一番……」
あっ、出来るかも。
いやーでもどうだ?元々の姿を知らない奴相手に、念話なんて飛ばせるのか?
どこにいるかも分からないのに?
……む、ちょっと待てよ?
そういやリコル、森に入る前から気配で分かってたんだよな。
何かがいる、ってだけじゃなくデスペアスパイダーがいる、って。
えー、やってみる……かぁ?
うーん、やってみるかぁ。
「ちょっと待ってて、試してみるから」
「え、試すって?」
「あー、なるほどのう。この距離ぐらいなら、向こうからも返ってくるかもしれんのじゃ」
「えっ?なになになんですか!私だけハブらないでくださいよ!」
ちょっと黙ってて。
まずは気配察知か、どうすりゃいいんだろ。
魔力の流れとかって、こう一発で感じ取れるものなんだろうか。
一度、深く深呼吸をして目を閉じてみる。
肌に触れる風、その風に揺れる木々の音、周囲に漂っている匂いに集中してみる。
視覚を閉ざし、触覚、聴覚、嗅覚を最大限に研ぎ澄ますイメージで。
そういや視覚以外を失った探偵のドラマあったなー、あれ面白かった。
普段はドラマとかあんま見ないんだけど、なぜかあれは見ているうちに吸い込まれて、少ない時間をどうにか捻出して見たなー。
いかんいかん、集中集中。
おお……?
おおお!分かるぞ、周りの景色が!
色味は分からんけど、どこに何があって、何がどう動いていて。
これ、目で見るよりも入ってくる情報量が多いかもしれない。なにせ微かに吹いている風の軌道まで伝わってくる。
肉眼では見えない距離の葉、その向こう側に隠れている木の実まで見える。
これは……便利過ぎません?強すぎません?
こんなのチートやチート、チーターや。
っと、はしゃいでる場合じゃない。
索敵範囲を広げ……
あ、いたっぽい。
うへぇ……デカイな、やっぱ。
胴体だけでリコルぐらいはあるんじゃないか?
足も含めると、大の大人以上は……む?
こいつがリーダー的存在、か?
なんか一際でっけぇのがいる。
ヤバい、正直今すぐ帰りたい。
全日本今すぐ帰りたい選手権があったら、ぶっちぎりで一位を取れる自信があるぐらい帰りたい。
周りにいる奴らも、当然ながら大小様々な個体差はあるんだが、間違いない、こいつだ。
小ぢんまりとしたコンビニ程度なら、そのすべてを覆い隠せるサイズはあるぞ、こいつ。
……いや、でかすぎだろ。
危機察知能力に長けていて臆病なモンスターなんだろ?その図体でどうやってその身を隠してるんだよ。
まぁいい、どこにどれぐらいいるかは分かったっぽい。
……はぁ、気が重いんだよなぁ。
「ふぃー、とりあえず探知?みたいなのは出来たっぽいから、交渉してみて……何やってんだお前ら」
振り返ってみると、リーシャとリコルが地面にへばりついていた。
なんだお前ら、人がなんとか正気を保ちつつあの数の蜘蛛を目の当たりにしてたのに、なに遊んでんだ。しばくぞ。
直接見てないから、目の当たりって表現が正しいかは知らんが。
「はぁ……はぁ……
な、なっ……な……」
な?
「こ、これコージ、少しは、加減を、せぬか……」
「あ?加減ってなんだよ。探知すんのに必死だったんだぞ?やったことなかったし」
「ふぅー……
そりゃ必死じゃったろうな、殺気に近いものがその全身から溢れ出ておったからの。
直接攻撃を受けたわけでもなく、ましてやその探知の対象ですらなかったというのに……わっちに膝をつかせるのは、コージぐらいじゃぞ」
「……それはすまんかった」
まじか、周りはそんなことになってたんか。
おいおいリリィさんよ、こりゃちょっと魔力を与えすぎじゃありませんかね……
む、ちょっと待て、それってヤバいんじゃ。
「あれ、じゃあまさかデスペアスパイダーは」
「そうじゃの、あんな殺気をもろに受けたんじゃ、この距離と言えど只事ではないと畏怖しているんじゃないかの」
はい、交渉決裂。そもそも交渉までいけませんでした。
なんだよ俺の苦労を返せよ。
いや、俺のせいだけど。
「はーーー、やっちまったなぁ。
すまんリーシャ、ハツカ草は「ヒッ……ゆ、許して……」
……は?
「あーぁ……
そりゃそうじゃろ、わっちでさえ膝をつく殺気だったのじゃ、只の人間であるリーシャが間近でそれを受けて、無事でいられる訳がないじゃろ」
俺を見るリーシャの表情は、酷いものだった。
恐怖。
その二文字での表現がぴったりと当てはまる。
目はカッと開かれ、半開きになった口からは奥歯がぶつかり合うカチカチという音が漏れ、腰を抜かしたその体制のまま後退り……いや、体が思うように動かないのか、それすらも出来ず手足を小刻みに震わせていた。
どうしてこうなった。




