背筋がぞわわわってなるらしい。
「とりあえず……入ります?」
ここまで来て引き返すのもなんだしなぁ。
リーシャが探している薬草、ハツカ草も見つけないとだし。
キルムの実も欲しいし。
「…………ふむ、そうじゃの。大丈夫じゃろ」
不安になるんでそういう反応はやめてください。
「あまり奥には入らないようにしような」
さぁ、いざ行かん!
…………
「ひえっ、ここにも」
…………
「右上にもあるのじゃ」
…………
「うえぇ……」
…………
…………
おかしいな。
この森、やたら蜘蛛の巣が多い。
多いのはいいんだが、そのどれもがバカデカイ。
デカイ割に糸自体は細く、よーーーく目を凝らして見ないと分かりにくい。
まぁ、ここまでは良しとしよう。異世界の森だしな、常識はずれなデカさの蜘蛛がいたとしてもなんら不思議ではない。
「うぅえぇぇ……もうやだ……おうち帰る……」
おいギルドマスターしっかりしろ。
痛いほど気持ちは分かるけども。
巣はアホみたいな数ある。それこそ数歩歩く度に発見するほどある。
んだけど、肝心の本体がどこにも見当たらない。
姿どころか気配すら近くに感じられない。
いや、まぁこの巣の規格から想像できるようなサイズの蜘蛛なんぞ見たくもないが。
「人が立ち入らない原因は、これじゃろうな」
「は、はいぃぃ……恐らくですがこれは、デスペアスパイダーでしょうね……」
で、ですぺ……?
「造網性の蜘蛛型モンスターで、神経毒を持っているんです……デスペアスパイダー単体ですとDランクでも最下位クラスなのですが、こういった木が生い茂った森を住み処としていて、ほとんどの場合が群れで生息しているんです」
蜘蛛が群れを……?
うぅーむ、やはり前世での常識はどこか空の彼方へと放り投げたほうがいいようだ。
「そ、それでですね……」
ん?どうしたそんな真っ青な顔をなさって。
これこれ、不安を煽るでないぞ?今すぐテレポートで帰るぞ?
「今のこの状態のように、密集して巣を張る習性がありまして……
いつ襲いかかられても不思議ではないうえに、先ほど言った神経毒には即効性がありまして……
単体ではDクラス未満、複数相手でしたらBクラス相当、このように予め巣を張っていて、なおかつ囲まれている状況ですと、それ以上なほどに危険なモンスターなんですぅぅぅ……」
よし、帰ろう。
さっさと帰ろう。
ハツカ草?キルムの実?そんなの命あっての物種でしょう。
「しかも厄介なことに、デスペアスパイダーは危機察知能力にも長けていまして、退治しようとすると巣だけを残して木の上部へ姿を隠すんですよ。
なのでデスペアスパイダーが住み着いた森は、その森ごと焼き払うか、人が立ち入らないよう注意を呼び掛けるかしかないんです」
いや、原因それやないか。
ハーツ森の情報がうんちゃらかんちゃらって、間違いなくそれやないか。
大昔からそれが住み着いてるってことやないか。
あれやな、どうして入っちゃいけないのかってとこだけ風化し忘れられて、だけどなんか分かんないけど誰も入らないし、俺らも避けようぜ。ってとこだけ残っていったんやな。
……ん?危機察知?
もしかして。
「なぁリコル、もしかしなくても、森に入るときに気付いてた?」
「うむ、確信は持てなかったが、微かに気配がしたからの。ただ、わっちらが森に近付いたところで、みんな木の上部へどころか、森の奥深くにまで逃げていったようじゃからの、大丈夫だと思ったのじゃ。
今だと多分、森の中心部から見てここと反対側の端っこの、木の上部辺りにでも移動したんじゃないかの」
はよ言えや、しばくぞ。
「いーっ!?
痛いのじゃ、わりとけっこうしっかりとひっぱたいたじゃろ!?」
あ、ごめんごめん。
しばくぞって思ってたけど、無意識にしばいちゃってたわ。
あと滑舌いいんだな、わりとけっこうしっかりとって、咄嗟に言おうとするとかむんだが。
「あのぅ……ハツカ草は諦めますんで、帰りませんか……
私、まだ死にたくないです……」
そりゃもちろん俺だって死にたくない。
しかも神経毒持ってる蜘蛛ってことは、身動き取れないまま体内を消化液で溶かされて、じゅるじゅると……
やめろやめろ、想像したくないわそんな死に方!
あ、俺死なないんだわ。
いやいやいやいやむしろそんな拷問受けたくないわっ!
「じゃから言ったじゃろ、大丈夫じゃと。
ここにあるのは巣だけで、本体は逃げておるのじゃ」
「あ、そっか」
いやー……だとしてもあまり長居はしたくないなぁ。
あれ?
「なぁリーシャ、ハーツ森の情報が出回ってないってことは、そのデスペアスパイダーが住み着いてるのって随分と昔からの話なんだろ?
人が寄り付かなくなったのに、あいつら何食って生き延びてんだ?」
「いえ、デスペアスパイダーは肉食ではないです、主に樹液を好物としていますので。
神経毒で人を襲うのは、身を守るためだとされていますね」
「あ、なるほど」
え、じゃあなんで巣を張るんだ?
ああ、あれか。
気に入った餌場の近くに巣を張って、荒らされないようにしてんのか。
……強いのか臆病なのかわかんねーな。
いや、臆病だから強いんだろうし、強いから臆病なんだろうな。
するってーと、今この場にいる俺たちのほうが悪者じゃないか?
デスペアスパイダーから見たら、長年住み処としていた森に訳の分からんくそ強い奴らが押し入ってきて、あーだこーだ言ってるんだもんな。
「……なぁ、襲ってこないとしても、ここの森はあまり踏み入らないようにしないか?
大昔からそいつらが住んでるんだろ?勝手に入って住み処を荒らしてんの、俺たちじゃないか?」
「確かに、そうですね……
というか、デスペアスパイダーが恐れて逃げ隠れるって、どんだけ二人は強いんですかってとこも気になるんですけど……」
ギクッ
「そりゃーおめー、魔王ご令嬢リコル様がいるんだぞ?」
「あ、そうでしたね、リコちゃん可愛いから、つい」
「いや、どう考えてもわっちじゃ「あーあーあーっとじゃあ話がまとまったところで、帰ろうぜ!」
空気読めこのくそド天然小娘が!
「あー、でもごめんなリーシャ、ハツカ草」
「いえいえ、他を当たってみますので……」
しょうがない、キルムの実は後回しにして、ハツカ草探しを手伝いますか。
どこに行きゃいいんだろな。
「なんじゃ、それならデスペアスパイダーに頼んでみるのはどうじゃ?」
……は?
「……は?」
ちょっと何言ってるか分かんない。




