なんでもないようなことが、幸せらしい
「ふー、いい湯じゃったのー」
「おっさんか」
二人でなんでもない話をしながら、時折豊かな沈黙の時間を楽しみながら長風呂を味わって。
現在は家の外のベンチに腰掛け、山の恵みから作ったフルーツジュースを飲んでるところでござい。
完全に風呂上がりにビールを飲むおっさんのそれだったので、それはもう突っ込まざるを得ないよね。
あ、もちろん元の少女の姿に戻って飲んでます。
猫の姿で飲んでたらそれはもう、ただのミルクタイムだな。
「こんな可憐な乙女を捕まえて、なんとも失礼な奴じゃ」
ほほう、いったいどこに守りたくなるような愛らしい可憐な乙女がいるのやら。
「可憐って言葉の意味、知ってるか?」
「む、バカにしておるな?愛らしく守ってあげたくなる超絶美少女のことじゃろ」
おうおう、そんなどや顔で言えたもんだなこの小娘。
「ほほう、よくもまぁいけしゃあしゃあと」
おっといけね、つい口に出てしまった。
「そりゃあの。自分の姿ぐらい自分が一番分かっておるでの。
これでもわっちはそこそこ可愛い姿をしてると自負しておるがの?」
うむ、まぁ確かに、それは間違いない。
肩口辺りまでで綺麗に整えられた白髪……白髪というか、銀髪?に近いが、ともかくそれは、枝毛など見受けられないほどサラサラで、よくケアをしているだろうことが伺える。
スキンケアもしっかりと気にかけているのだろうか、一点の曇りもないそのやわ肌は、透き通るような色白に、現在は湯上がりのためか薄く赤みがかっている。
ぱっちりおめめのその瞳は、これはやはり魔族たる証なのだろうか、吸い込まれそうなほど赤黒い。それがまた、妖艶さを醸し出している。
そしてその瞳と同じく、魔族であることを象徴する真っ黒な翼。猫型と人型とじゃ大きさが変わるのか、その気になれば自らの姿を覆い隠せるのではないかと思うほどに大きく、これも瞳の例に漏れず、見るものを魅了するかのごとく、なにか吸い込まれるような美しさがある。
……のだが、いかんせん見た目が幼いんだよなぁ。
前世で言うところの中学高学年か、高校低学年辺りだからな。
魔族の年齢というか、成長率というか、寿命が長いだろうから、実際の年齢は確実に上だと思うんだがな。
以前も、人間と魔族とは生きている時間軸が違うって言ってたし。そういやもう結婚出来る年齢だーとかなんとかも言ってたしな。
ただ残念ながら、俺の中でのリコルは、やっぱり最初に見たあの、子猫のイメージなんだよな。天然入ってるし。
なんだろ、手のかかる妹?
魔王のご令嬢様にこんなこと思うとか、相当な数を敵に回しそうだけども。
「まぁ、可愛いのは確かに言う通りだな。それは間違いない」
「お、おお、なんじゃ、分かっておるではないか」
「お前自分から言っといて照れんなや。
んでもなぁ、守りたくなるようなーは違わない?リコルって相当強いんだろ?逆に男が守られる側なのではなかろうか」
魔王ご令嬢様を守れるって、それもうほぼ魔王じゃん。
「まぁ、現魔王の血が流れておるからの。そんじょそこらの奴には負けんのじゃ。
じゃからコージに言っておるんじゃがの?わっちを守れるぐらい強いのは、コージぐらいしかおらんでの。
というか実際、一度命を守られておるしの」
「あー、まぁ、確かに?」
あれで命を守ったってことになるのなら、実際の強さはあまり関係ないような。
「男の強さというのは、何も力だけではないのじゃ。ああいう、おなごの危機をさらっと助けられるのが、本当に強い男というもんじゃ。
文字で表すところの漢、じゃな。
ま、コージの場合は、単純に力だけとっても相当なもんじゃがの」
文字で表すところの表現を、言葉で出さないでください。
っていうか、この世界にも男と漢の差なんてのがあんのな。
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんじゃ」
ついさっき風呂でもあんだけのんびりした時間を過ごしたのに、こうやってまた、なんでもない時間を過ごせるのは、やっぱりいいもんだな。
ちなみに、俺があの時見たのは、可憐なおなごではなく子猫だったんだが、それは場の空気を読んで言わないでおくことにする。