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走馬灯、のような

 夢と希望が詰まった遊園地。

 ここに来れば老いも若きも性別も関係なく、日常を忘れてはしゃぎ回る。


 日曜日。

 大学の友人五人で遊びに来た俺は、赤いジェットコースターの黒いシートに足を突っ込んだ。

 じゃんけんに負けたせいで、二人掛けのシートに一人、あぶれてしまった。

 仕方ない。隣の人が美人でありますように、なんて祈ってみる。


「すみません、失礼します」


 遠慮がちな声と共に後から乗ってきた相手を何気なく見て、思わず変な声が出た。

 俺の視線に気づいた五十代くらいの女性は、控えめな笑みを浮かべる。


「ふふ。これ、息子なの。写真、これしかなくて。もう三年も前のなんだけど……今日は私が代わりに」


 女性が大切そうに腕に抱いていたのは、掌サイズの黒縁の写真立て。

 写真に写っているのは、詰襟制服姿の少年だ。

 卒業アルバムの写真みたいに、真面目な顔をして写っている。


 黒縁の写真立て。

 正装した写真。

 三年前。

 代わり。


 ああ、この男の子は亡くなったのか。


 心躍らせるアトラクションを目の前に、なんとも言えない気持ちになる。

 友人達が前の席で呑気に騒いでいるのがうらやましい。

 いや別に、相席の人がどういう人でも、俺には関係ないんだけど。

 

 体を固定する、黒いレバーが下りてきた。

 同時に、係員が安全装置のチェックをしに回ってくる。

 係員は女性の手元を見ると、完璧な笑顔で鞄の中に写真をしまうよう命令した。

 彼女は素直に従った。


 発車のブザーが鳴る。

 鈍い振動と共に、車両が動き出す。


 ゆっくりと上がっていく機体。

 間を持たせるように女性がしゃべりだす。言い訳のように。


「あの、息子は怖がりなの。興味があるくせにね。私も怖いけれど、今日は、この子も体験した気分になれるように、写真を持ってきたんです」


 聞いてない、聞いてないから。

 そういう話、ちょっと今はやめてくんないかな。

 声が震えているのは振動のせい、だよな?


 開放的な閉鎖空間。

 三階建ての建物よりも高い位置にきて、車体はぴたりと動きを止めた。


 次の瞬間。

 何度味わっても慣れないあの内臓がせり上がる浮遊感が俺を襲う。


 期待と興奮がピークに……達したところで、思わず隣を見てしまった俺は馬鹿かもしれない。

 女性のぎゅっと閉じた目には、涙が光っていた。


 凄まじい風の音と共に、急降下した。体が痺れ、内臓が浮き、手すりを掴む手に力が入る。


「親孝行の、息子で……!」

 風の中、女性の叫び声が聞こえた。


 俺はとっさに頭の中で怒鳴った。


 もういいよ!

 親よりも先に死んで、何が親孝行だ!


 何重にも連なるカーブ。

 悲鳴。

 景色なんて見ている余裕はない。

 浅瀬の海藻のように、巨大な力に抗うすべもなく右に左に体が揺れる。

 全身がばらばらになりそうだ。

 

 それなのに、集中できない。


 俺なんか生きてるのに、全然、親孝行、してない。

 親の金で塾に行って、私立のお高い入試代や授業料諸々を払ってもらって、大学に入学した。

 一人暮らしの金も親負担。

 バイトはしてるけど、微々たる給料は付き合いで消える。

 じゃあ勉強はっていうと、大学受験のときのほうがずっと、机にかじりついていた。


 父の日も母の日も、感謝の気持ちを表したのはずいぶん昔だ。

 大学入学以降も、県外だから、忙しいからって会いに行ってない。

 今、休日に友人と遊園地で遊んでるくせに。


 俺、こんな所で何してんの?


 猛スピードで、ジェットコースターはレールの上を駆け抜ける。

 それなのに、頭の中の疑問はこびりついたまま。

 

 そして、唐突に世界は静止した。


 がたんという衝撃。

 小さくなる機械音。

 笑い声とため息。

 あっという間の、きっと五分にも満たない時間。


 ジェットコースターからところてんのような流れで降り、面白かったと騒ぐ友人達の後ろをついて歩きながら、周りの風景をどこか冷めた気分で眺めていたとき。


 ふと、あの女性が視界の端を横切った。

 ふらふらとした足元があぶなっかしい。

 

 出口にある手すりにつかまった女性に、手を差し伸べるべく駆け寄ろうとしたとき。


 何者かが先に彼女に走り寄ってきた。そして。

「ママ、僕が手を振ったのに気づいた?」

「ええ。でもとても手を振り返せなかった。怖くて涙が出ちゃったもの」

 満面の笑みを浮かべるの女性。

 

 眼鏡をかけた全身黒服の若い男は、笑いながら女性の手を取った。

「うん、すっごく怖かったね。やっぱり僕は見てるだけでいいや。ありがと、ママ」

「ふふ、うちの息子は怖がりさんなんだから!」



 ……生きてんのかよっ。



【了】


お付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しました。 詳しく感想を言いたいのですが、ネタバレになってもいけません。色々書いては消し、書いては消し、を繰り返しています。汗 どうしたらいいんでしょうか。。。おろおろ。 けれど、と…
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