7 船そして地獄へ
今回は陽悠視点です。
「んっ···月冴、兄っ···もぉむりぃ!」
「っもう少し我慢しろ」
「ーっ!ふっ、はぁ···んっん、やだぁ、はやくちょうだいっ」
ガタン!
そんな音とともに、ドアが勢いよく開いた。
「陽悠兄!?」
そこから顔を出したのは翔愛だった。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺が今心から欲しているのは
「よし、時間だ。薬飲んでいいぞ」
これだ!
俺は伸ばした手に置かれた錠剤を2つ、すぐに口へ含み、用意していた水を飲みほした。
その間、
「な、なんだ、よかったあ」
という、翔愛のホッとした声と
「月冴兄、絶対、わざと」
という、永遠の声がしたような気がしたが意味が分からなかったし、焦っていたので気のせいだと思うことにした。
船が陸を離れてからすでに6日が経過している。
限界なんだ。マジで。
早くこの地獄から解放してくれえええ!
という心の声も虚しく、一向に終わる気配がない。
この6日間で色々な事があった。
まあ、ほぼ魔物に襲われるだけなんだが。
俺は船酔いのせいで戦力外...船酔いがなくてもほぼ戦力外なんだけど。
俺が問題なく部屋で引きこもれているのは、この船の船員達と翔愛と永遠、そしてカイのおかげである。
*****
6日前
「俺がこの船の船長のアルフレッサだ。アルって呼んでくれ」
「私は副船長のリークです」
アルは金髪碧眼のムキムキ男で、なんか海賊にいそうだなという印象を持った。
リークは紺色の髪に金色の瞳をしていて、眼鏡を掛けれいる。航海士っぽい印象だ。
俺は朝から憂鬱すぎて気分は最悪だが、それを表に出すわけにはいかない。
心の中は真っ黒だが、顔はそんな様子を一欠けらも見せないように取り繕いながら自己紹介をする。
そういうのは得意なんだ、母親の影響でね。
「初めまして、雨宮家次男の雨宮 陽悠です。陽悠と呼んでください」
「長男の月冴だ。月冴と呼んでくれ。一応医者だ」
「三男の翔愛だよ~翔愛って呼んでね」
「四男、永遠」
俺たちも自己紹介をする。奴隷として買ったこの子たちの紹介もいるのだろうか。
「この3人は俺たちが買った奴隷です。自己紹介を」
そう言って3人に自分の名前を言うように促す。
アルとリークが目を細めたが気付かないふりをする。
「わ、私はレイザですっ、家事は何でもできます!船は1、2回ほど乗ったことがあります」
「俺は、カイだ。戦闘が得意だ。船はよく乗っていた」
「私は、ルージュですわ。船は10回ほど乗ったことがありますわ」
個々の自己紹介も終わり、いよいよ地獄への扉が開かれることになる。
乗船だ。
部屋は4部屋を希望していた。
ギルマスにそう伝えていたのだ。
部屋の割り振りはこれから決める。
…面倒くさいことになるから決めるのを今まで放置していたわけではない。…違うからな。
「部屋は4部屋だったよ、な」
そう言ってアルは船に乗り込もうとする。
だが、アルが部屋の話をしたとたん、その場の空気が変わった。
(はあ。また始まった)
こういう時は普段大人しい永遠でさえ、ピリピリした空気を出す。
そんな様子に俺たち兄弟以外は戸惑いを見せた。
「ど、どうした?4部屋じゃなかったか?す、すまない」
アルは部屋の数が違ったと思ったのかそう言ってきた。
「いいえ、違います。こちらの問題です。これから少しお騒がせしますがお許しください」
俺がそう言った瞬間に、兄弟喧嘩が始まった。
俺の言葉は試合開始のコングかよ。
「陽悠兄は、俺と同じ部屋だ!」
「馬鹿か、ここは長男と次男、三男と四男だろうが」
「違う、陽悠兄は、俺と。月冴兄と翔愛はどっかいって」
「「はあ?」」
「末っ子のくせに何言ってんの?」
「こういう時はグッパーだな」
「「却下」」
月冴の提案は即座に双子によって拒否される。
双子だからなのか何回やってもこの二人は同じものを出すのだ。
つまり、圧倒的に不利。そんなもの二人が認められるわけがない。
「こ、これは何をやっているのですか?」
副船長であるリークが俺に聞いてくる。
まあ、妥当だろう。
奴隷である3人はこの状況が分かっていないのか困惑した表情をしているし、今喧嘩している奴らは白熱しているため、声を掛けた瞬間に殺されかねない。そんなオーラを放っている。
そんな中俺は、ただため息をつきながら傍観しているだけ。
一番状況がわかり、声を掛けやすいのは俺だからな。
「何って、部屋割りですよ?」
俺はなんてことないように答える。
「いつものことです。部屋が分かれるとなると喧嘩するんですよ」
「部屋がわかれる?」
リークは不思議そうに首を傾げた。
何が不思議なのか。部屋は2人部屋だと聞いたので部屋割りをするのは当然だろう。
俺たちは全員で7人もいるのだからな。
…もしかしたら2人部屋ではないのか?
俺の聞き間違い?
不安に思い、聞いてみることにする。
「部屋は2人部屋だとお聞きしたのですが、ちがいましたか?」
「い、いえ。2人部屋です」
どうやら間違っていたわけではないようだ。
「も、もしかしてですが、奴隷の分の部屋もあるのですか?」
リークは言いにくそうにそう尋ねた。
「え?ええ。もちろん」
もしかして奴隷は奴隷専門の部屋でもあったのだろうか。
だが、もう部屋は取ったんだしいいか。
そんなことを考えながら、さっき兄弟喧嘩していたところを見ると、まだ喧嘩しているようだった。
「まだ、やっているんですか」
そう呟きながら俺は立ち上がりカイの方へ向かった。
そしてカイの怪我をしていない方の腕を掴む。
「決まんないようですので、俺はカイと同室にしますね」
そう言うと今まで喧嘩していた3人は勢いよく此方を向いて、
「「「はあ!?」」」
と、不満を露わにした。
「だって、決まんないのでしょう?」
そう言ってカイの腕をギュッと掴む。
さすがに、女子と同室はまずいので、カイにしたのだが。
カイは、微動だにしない。
しかし、暑いのか、熱を持ち、汗も少しかいているようだ。
「ま、まて。陽悠」
そう言って、月冴兄は焦った声をだす。
もう知らん。···いや、別に3人で喧嘩して仲間外れにされたとか思ってないぞ。···いや、ほんとだよ?
「陽悠、酔い止めはどうするんだ?お前、苦しいとすぐ薬飲む癖があるだろ?そんなんじゃ、体を壊す危険もある。俺と同室にしよう」
あ···確かに。一理ある。
「ちょっ!ずるいよ!月冴兄!!」
「ずるい」
「最終決定は陽悠だ」
不満をブーブーいう双子に対し、目を逸らしながら月冴兄がそう口にした。
目は逸らされているが有無を言わせぬ口調だった。
俺はため息を付きながらカイの腕から手を放し、「じゃあ、月冴兄にします」とこたえた。
そうして、部屋は月冴兄と俺。翔愛と永遠。レイザとルージュ。そしてカイが1部屋使うことで決着した。
カイは1部屋丸ごと使うことに戸惑っていたが、けが人で月冴兄も出入りするだろうから気にしないでと伝えた。
「すみません。お待たせいたしました」
そうアルとリークにつげると、どちらもポカンとした顔で俺たちを見ていた。
だが、数秒で元に戻り、案内すると言って船の中に入っていった。
そして次々に船へ乗り込んでいく。
···うっぷ。もう、吐き気がするのですが。帰っていいですかね?!