6 船酔いには気をつけろ!
数時間後の宿にて
「大丈夫?陽悠兄?」
「大丈夫じゃない···やばい、痛い···筋肉痛になったのなんていつぶりだろう」
今ここには永遠を除く兄弟3人がいる。
カイは腕のこともあるので別室で寝かし、レイザ達には朝食を買いに行ってもらっている。
「ねえ、陽悠兄?」
翔愛が、言いづらそうに、陽悠に声をかける。
「なに?翔愛」
「これからもさ、あの子たちと行動を共にするわけじゃん?」
「カイ達のこと?」
「うん」
「まあ、共にするだろうけど、それがどうかした?」
「口調の事とかどうするのかなあ~なんて」
「口調?」
「ああ、確かにそうだな」
翔愛と陽悠の二人で喋っていると月冴が話に入って来た。
「口調はなおんないにせよ、言っておく事はあるだろう」
「···」
たしかにそうだろう。
あの子たちには顔だってまともに見せてはいないのだ。
「口調は···何とかする···予定だ」
今度は陽悠が言いづらそうに言葉を濁す。
そんな陽悠に2人ともため息をつきそうになる。
といっても「呆れ」や「怒り」の音はなく、「しかたないなあ」といった優しいものだ。
「まあ、だんだんと直していけばいいさ。どうせ、年取ることはないんだろ」
月冴の言葉に翔愛は反応する。
「ああ。そういえばそうだったね···ほんとなのかな?」
「さあな。だがまあ、すぐわかるだろ。自分たちの体だしな」
「そうだよね。それも踏まえて説明しないとな~」
ニコニコと話す翔愛に陽悠は先程とは打って変わってきっぱりと、いらないと断言した。
「陽悠兄?」
「このまま俺たちの体の時が止まるっていう話は、事実だったと確認した後で話そう。それまでは俺たちの事はそんなに話さなくていい。俺の口調の事は大まかに説明する。永遠にもそう伝えてくれ」
陽悠が話した後、翔愛と月冴は顔を少し見合わせたが、すぐにわかったと返事をした。
そうしたことで、じゃあこの話はここまでだと陽悠は次の話題を振る。
「そういえば、ギルドで依頼は貰って来たか?」
「え?うん。貰ってきたよ···そのことなんだk「コンコン」
翔愛の言葉を遮り、ノック音が響いく。
「ご主人様。失礼してもよろしいでしょうか?」
ドアの向こうでレイザの声がした。
「後ででも?」
陽悠は翔愛にその話はあとでもいいか聞き、翔愛が頷いたのを確認して、レイザ達を部屋に通した。
「し、失礼します」
ギクシャクしながらレイザ達が入って来た。
レイザ達に頼んでいたのは朝食の買い出しだ。
「食料は買ってきてくれましたか?」
「は、はい!そ、それとその···カイが、目を覚ましました」
「そうか。じゃあ、俺はカイのいるベッドの部屋へ行こう」
さっきまで、ベッドの部屋でカイと俺で隣同士で寝ていた。
昨日月冴たちはリビングにあるソファーで寝たようだ。
「···あの、朝ご飯はどちらに···」
朝ごはんが入っているだろう籠を片手に、レイザがオロオロしている。
「あっ、そこらへんに置いといていいよ~」
翔愛は、そう言って近くのテーブルを指差した。
「は、はい。わかりました」
落ち着いたところで、陽悠は自分のことについて少し話そうと声をかけた。
「···君たちには説明をしておきたいことがあります。まず、俺の口調の事ですが、過去に母親ともめたのが原因でこうなんです。兄弟の前では何とか、砕けた感じで話せるようになったんですけど、他人相手だと少し難しくて···なるべく砕けた感じで話したいとは思ってますが」
「陽悠兄はねえ~怒ったときも、口調が戻るんだよ~本人自覚ないけどね」
追加情報だとばかりに翔愛が笑いながら話す。
「「え?!」」
レイザとルージュが驚いたような顔で声をあげ、次の瞬間青ざめた。
(あの時のご主人様が素?!こ、怖すぎます~!)
(あれが素?!あれを向けられて平然としてられるこの兄弟はどうなっているのよ?!)
すこし勘違いが生まれたようだ。
「?」
「?」
陽悠と翔愛は2人の反応に首を傾げた。
すると、永遠が天井から降りてくる気配がした。
「ねえ、翔、愛。依頼の事、話、た?」
「んぎゃ!」
「きゃっ!」
レイザとルージュがまたも驚いた顔をし、前より一層顔を青くした。
「ああ、そういえば、そうですね。依頼はなんだったんです?」
そういえばさっき話そうとしていたところだ、丁度いい、と陽悠も尋ねる。
「···えーと。それが···その、ね?」
翔愛が助けを求めるような顔で永遠の顔を見た。
永遠は、プイッと翔愛から目を放した。
「···じゃんけんで、負けたの、翔愛」
「うう···。あ、あのね。次の依頼は他の国へ行ってAランクの人と戦ってSランクに昇格か現状維持かを決めてきて欲しいんだって」
「昇任試験ってこと···か?」
別に大したものでもないと思うが?と思いながら陽悠は翔愛を見る。
「まあ、そんなとこ」
次からが問題だというように、翔愛はあせを垂らしながら言った。
「それで···その行き方がさ···船、なんだよね~」
「···え?」
それに対し答えたのは陽悠ではなく、ルージュだった。
陽悠はただただ、うつむいた。
手が微かに震えている。
ルージュはそんな陽悠を見て、その反応が当然だというように翔愛の方へ向き、
「か、考え直した方がいいですわ!!」
と、そう言った。
レイザも顔を下に向け震えている。
「海は危険すぎますわ!あんな魔物の巣窟!!」
気が付くとカイと月冴兄もこっちの部屋へ来ていた。
カイの腕は包帯で巻かれていたが、もう動かしても問題ないほどに回復しているらしい。
人間よりも優れた回復能力を持っているようだ。
そして、カイにも海を渡って他国へ行き、そこで昇任試験を行う依頼を受けたことを話した。
カイは一瞬目を見開いたが、何も言わなかった。
「あそこは魔物の巣窟ですわよ!たとえ魔物がいなかったとしても船で海を渡るなんて危険すぎる行為なんです!」
ルージュが、そう訴えたが、翔愛は、違うと首を横に振った。
「···陽悠兄にとっての問題はそこじゃないんだなあ···」
翔愛が呟いた言葉に、ルージュは「え?」と首を傾げた。
俺は重い頭をゆっくりと持ち上げて
「俺が、船に乗りたくない理由は船酔いするからでは断じてない!!」
陽悠は動揺しすぎて口走ってしまった。
「え?」
「ん?」
「···?」
ルージュとカイは声を出して首を傾げ、レイザは顔を上げて目を丸くした。
(なんか、すごいやらかした。やばい)
翔愛と月冴は口を押えて、陽悠に背を向けた。
その体は震えている。笑いをこらえているのだろう。
永遠は顔は無表情だが、肩は微かに震えている。
「···だ、大丈夫だ···そこはもう対処済み、だからな。くくく」
すみません?笑いこらえてから言ってもらえます?
切れますよ?
陽悠はそう思いながらも、対処済みというのが薬だということに気がつき、月冴兄の薬があるなら少しはマシかと考え、それなら行ってもいいかと思った。
「たしかに、月冴兄の酔い止めは効く···どのくらい乗る予定ですか?」
「大体10日」
前言撤回。
やっぱ、無理。
不可能!!!!
陽悠の内心は荒れに荒れていた。
「私に死ねと?」
「い、いや!そうじゃなくて!!でも、ほら、その、よ、酔い止めもあるんだし!」
「···大体ってことはそれより長くなる可能性もあるわけですよね?」
当たり前だ。
陽悠たちが居たところの技術があれば、速いし時間も正確だ。
船もあまり揺れないだろう。
しかし、今いるのは日本ではない。
海に魔物がいるという、さっきのルージュの発言から考えて、航海の技術もあまりないことがわかる。
···魔物が住んでいるのなら、海に出る人間なんてすくないのだから。
「それは、まあ、船だし?」
陽悠は嫌だ嫌だと涙目だ。
薬があったところで、辛いものは辛いのだ。
「観念しろ、陽悠。もう、依頼は受けたしな」
背に腹は代えられぬと陽悠は大きく息を吸い、吐いた。
「···薬」
「大量に作っとくから安心しろ」
「わかりました。行きましょう···いつからです?」
「明後日」
その瞬間、陽悠は床に膝をつき、崩れ落ちた。