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黒の殺戮者たち  作者: 蒼猫
3/13

2 月冴(長男)

俺がまだ16の時の話だ。

父親が他所に女を作って母と俺たちを置いて消えた。

俺は無力で、父が出て行ったことを知った後も何もできず、下唇を嚙みグッと手を握っていた。

母はだんだんと衰弱していき、精神も壊れていった。

医者になろうと思ったのはこの頃だ。

だんだんと衰弱し、弱っていく母を見て医者になりたいと思った。

腕の良い医者になれば母を助けることができる、そう考えたからだ。

幸い、色々な人からの支援があった。

俺は、色んな国へ行き医学を学んだ。

薬剤のことも学んだ。

そして、俺は20歳で全てをマスターし、人々から『天才』と呼ばれるようになった。

だが、そのすぐ後、母は死んだ。

俺が、アメリカから帰ってきた5日後に首を吊って『自殺』したのだ。

第一発見者は弟の陽悠だった。

陽悠は俺の部屋に駆け込んできて「母さんが首をつっています」と言い捨て、警察と救急に連絡をしに行った。

俺はしばらくうごけなかった。


(うそだろ・・・冗談だよなあ。母さんが首を吊るなんて・・・) 


俺は頭の中であり得ない、あり得ない、きっと何かの間違いだ、そう繰り返しながら母の部屋の前までいった。

そしてそっと扉を開くと、母がいた。

俺には母がもう死んでいることは一目でわかった。

各国の医療を学び、様々な患者と死体を見てきたからか、音感と眼力が人よりも優れているのだ。

心音はなく、体の状態を見ても死後3時間以上は経過しているだろう。

首にかけられた縄によって頸部の動脈や主気管などが強く圧迫させられ、窒息状態となり、血液や酸素が脳に送り込まれなくなり中枢の機能が停止したため死んだのだ。

その後の記憶は朦朧としている。

警察がきて色々と聞かれたような気がするが、ハッキリとは覚えていない。

その夜俺は、部屋で一人抜け殻のようにベットの横に座っていた。

母のために医療を学び、母のためにと行動してきたのに、当の本人である母は自殺した。

何が、『天才』だ。救いたかった人を救えず、何が!!

俺は何も変わってない···。

あの時と同じだ。父親が出て行ったあの時と···。

俺は今も昔も、無力だ!!!

俺にはもう何もない。

すると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

俺は何も答えなかった。

また、コンコンとノックする音が聞こえてその後に「月冴兄。話があるから入ります」と陽悠の声が聞こえた。

俺は何も答えなかった。

すると、ギイと扉が開き、陽悠が顔を出した。


「やはり起きてるではありませんか」


そういうと、部屋の電気をつけ、俺の前へ座った。


「何の用だ」


俺はぶっきらぼうにそう答えた。

そういえば、こうして陽悠と話をするのは何年ぶりだろうか。

まともに目を合わせたのも久しぶりのような気がする。

そして、しゃべる口調が敬語ということに疑問を持つ。

そうして、気が付いた。

己の過ちに。

俺は16の時、父親が出て行って、母が壊れだした時から海外に行き、ここにはいなかった。

俺が16の時、陽悠はまだ、10歳だった。その下の双子の弟は6歳だ。母は精神を病んでいてろくに家事なんかはできなかったはずだ。

生活費は貯めていた金があったし、俺もバイトで余った金は家に送るようにしていたからしばらくは何とかなっただろうが他はどうしたのだろうか。食費だって馬鹿にならなかったはずだ。母があんな状態で働けたとは思えない。

俺は、今更自分の過ちに気が付いた。

俺は弟になんていうことをしていたのだろう。

そういえばたまに帰ってきても、会って話をするのは母とだけだったような気がする。

食事も普通に出てきて陽悠が母の部屋に運んだあと、兄弟全員で食べていたが、俺は陽悠に話しかけられても適当に返すことしかしていなかった。

下の弟たちの面倒を少しだけ頼めないかと聞かれたときも「勉強で忙しい」と言って、跳ね返していたような気がする。


「実はですね」


陽悠の言葉ではっと我に返った。


「月冴兄にはこのまま日本に滞在しててほしいんです。私はまだ未成年で保護者になることはできませんから兄さんがまた海外に行くことになるなら施設に預けよう、って親戚同士で決まったみたいなんです。私が成人するまででいいです。家事は全部私がやりますし、お金だって私が今まで通り、できる限り稼ぎます。だから···お願いします···これ以上家族がバラバラになるのは嫌なんです···」


俺はこの言葉を聞いた時胸が痛くなった。

金は陽悠が稼いでいた?

これを聞いた時、多分、親戚が誰も引き取らず施設送りになるということは俺が海外に行っている間親戚を頼ることはできなかったのだろうと考えた。

だが、その年で金を稼ぐ?どうやって?


「どうやって金を稼いでいるんだ?」


聞いてみると、


「···すみません。まだ言えません。とりあえずさき程のの返事を聞きたいです···ですが考える時間が必要ですよね。すみません。後でまた来ます。夕飯を作るのでその時に聞かせてください」


そういうとすぐに部屋を出て行ってしまった。

なんだか金の事ははぐらかされた気がする。


「危ない仕事でもしてるのか?···夜の仕事とかか?」


そうならば、即やめさせなければ。

これまでいなかった俺がこんな事を言える立場ではないかもしれないが、金なら俺が稼げる。

俺の医者としての名は有名なはず···高い給料で雇ってもらえるだろう。

それから1時間ぐらいたっただろうか。

コンコンとノックする音が聞こえ、「月冴兄。ご飯できた」と陽悠が言ってきたので「わかった。今行く」と返して、扉を開いた。

すると、陽悠が目の前に立っていて、あの返事が聞きたいのかと思い口を開こうとすると軽く首を横に振り


「いえ。翔愛と永遠がいるリビングで話を聞くことにしました。そこで話してほしいです」


と言われた。

俺は「わかった」と言い、陽悠とリビングへ向かった。

リビングへつくと、翔愛と永遠は既に座っていた。心なしか目が腫れているようにも見える。母親の事で泣いたのだろうか。

俺も自分の席へ座ると口を開いた。


「さっきの話だが「ちょっと待って月冴兄さん!」


だが遮られた。

双子の兄の方である翔愛によって。

どっちも同じ顔をしているのでどっちがどっちなのか一瞬わからなかった。昔はそんなことなどなかったから、ああ、時間は流れて、俺はこいつらの事を見てなかったんだなと改めて実感させられた。 


「月冴兄さん!この通りだから!!」


そう言って翔愛は急に頭を90度に下げた。


「俺たちを見捨てないで!!俺も陽悠兄の手伝いするから!できることなら何でもするから!お願い!いや、お願いします!!」


「いや···だか「···」


無言の圧がきた。

それによってまたも、俺の言葉は遮られた。

犯人は永遠だった。

永遠は無言で立ち上がり、いまだに90度に頭を下げている翔愛の横へ行き、同じく90度に頭を下げ、言葉を発した。


「···お願い···しますっ」


俺はため息を一つつき、「翔愛も永遠も自分の席にもどれ」と言った。

翔愛も永遠もびくびくと俺の顔色を伺いながら席へ戻った。


「お前らが何と言おうが、何をしようが俺の心はさっき陽悠にこの話を持ち掛けられた時点で決まってる」


そう言うと、翔愛も永遠もビクッと肩を震わせた。陽悠はただ静かに俺の事を見ていた。


「まずは謝らせてほしい。俺は母を直すことが、この家をあの明るかった家に戻す唯一の手段だと思い、医療を学ぶことにした。俺は働きながら勉強し、教授たちから支援を受けながら各国を渡っていた。たまにこっちへ帰ってきても頭にあるのは母のことだらけで、お前たちの事まで手を回せなかった。兄失格だ。本当にすまなかった」


陽悠たちの顔を見るとみんなキョトンとしていた。


「ああ、お前たちの事だが、心配しなくていい。俺はもう日本を離れるつもりはない。というか陽悠の話を聞いてなくなった」


「ほ、ほんと?月冴兄!じゃなくて兄さん!」


「昔みたいに月冴兄でいい。こっちの就職はまだ決まってないがまあ、大丈夫だろう」


「月冴兄。ありがとう、ございます」


陽悠が右目から涙を一粒こぼした。


「いいや。今まで苦労をかけてすまなかった」


「···うん」


永遠もこっちへ笑いかけた。

失った分をこれから時間をかけてでいい。ゆっくり取り戻していこう。

そう考えられた。


「食事が冷める。さっさと食おう」


そう言うと「いただきます」と手をあわせ、皆で食べ始めた。




「そういえば、陽悠。仕事ってなにをしてるんだ?まさか危険なことに首を突っ込んではいないだろうな?」


食事をしている時、ふとさっきのことを思い出し聞いてみた。


「······」


陽悠は箸を持ったまま硬直した。


「言えない、か?俺はこっちで仕事に就く。俺が稼ぐから、危ない仕事をしてるなら今すぐ手を引け」


「で、でもまだ就職先は決まってない、ですよね?」


「ああ。だが、このまま日本に残るって言えばあっちから来るだろ。『来てくれ』ってな」


「え?」


「俺けっこう有名なんだよ、医者の中じゃな。だから心配しなくていい。金は俺が稼ぐから、な?」


「······」


陽悠は困ったような、悲しそうな顔をして口を開こうとしてはまだ閉じ···の繰り返しをしていた。


「···陽悠兄。もう話せば?」


それから5分ぐらいたっただろうか。

陽悠ではなく、翔愛が口を開いた。


「月冴兄に迷惑とか心配とかをかけたくないのはわかるけど···でも話しておいた方がいいと思うよ?」


「···(コクコク)心配は、こっちも同じ···本当は、俺たちも、あんな危ない仕事からは、早く手を引いてほしかった···でも、俺たちのためだって、わかってた、から。俺は陰で···翔愛は表で、陽悠兄を守ろうと思った···」


「···そんなに危険な仕事をしているのか?翔愛と永遠は知ってるんだな?」


「うん。陽悠兄の、仕事は危険。俺たちは、偶然知ったの。確か8歳くらいの時···あの人と、月冴兄がいなくなって···2年くらいたった時だった、と思う」


「···偶然?違う···俺が、俺のせいで!俺がもっと気を付けておけば!一瞬の油断さえしなければ!!···っ!」


陽悠は泣きながら、そう言った。余程取り乱していたのか、敬語は抜けている。


「落ち着け、取り敢えず話はあとにしよう」


そう言ったが、翔愛は止まらなかった。


「···陽悠兄。もう、いいでしょ?俺たちだって陽悠兄のために何かしたいんだ。ねえ、俺たちにもさあ、背負わせてよ。陽悠兄が背負ってるバカでかい荷物をさ。俺と永遠は陽悠兄の仕事を知って、何ができるかって考えた時『強くなって家族を守る』しか考えられなかったんだ。だから俺は、我儘言ってやり始めた剣術をさ、そのまま、金がかかるってわかってて続けたんだ。永遠だって自分でそういうとこ見つけて、『翔愛が表で守るなら俺は裏、陰から守れるようになる』って言ってさ。俺たちは自分の身は自分で守れるようになったし、陽悠兄のことだって守れるようになった。そんぐらい強くなった。でも陽悠兄は、俺たちに危険がないようにって、俺たちの事ばっか気にして、自分ばっか危ない橋、渡ってさあ。いい加減にしてよ!お願いだから、一人で何でもかんでもしょい込まないでよ···。俺たちを頼ってよ···もう俺は、陽悠兄が血だらけで倒れてるところなんて見たくないんだよ!!」


今まで、言いたくても言えなかったのだろう。

翔愛は最後の方から声を荒げていた。

そんな翔愛に陽悠は覚悟を決めたのか、まっすぐ俺たちを見つめた。


「···わかりました。全部、話します。私の部屋へ来てください」


陽悠が立ち上がってそう言った。

俺たちもそれに続いて立ち上がった。

その一方で俺の頭の中は混乱でいっぱいだった。


(倒れて···?!血だらけ?!)


そうこう考えていると陽悠の部屋の前についた。

陽悠は扉の前で震えていた。

俺が、そっと肩をたたくと、陽遊は振り向いた。

その顔はとても青白かった。

俺はそっと、後ろから陽悠を抱きしめた。


「大丈夫だ。俺は医者だ。そう簡単にくたばりはしないさ。翔愛や永遠だってそうだ。こいつら強くなったんだろ?信じてやれ」


すると、今度は翔愛と永遠が陽悠の前に来て、抱き着いた。


「そうだよ。陽悠兄。俺たち簡単には死なないからさ!っていうかうっかり死にでもしたら月冴兄に墓掘り返されて生き返らせられそう」


「···ん。『おい、誰の許可を得て死んでんだ』って、言いながら···蹴られて起こされそう」


「何なら今やってやろうか」


「「遠慮しときます」」


「···ふふふふ」


あ、笑った···。

久しぶりに見た気がするな···。

ああ、こいつの。こいつらのために。

生きていこう。


「私は覚悟ができました。皆は?」


「もちろん」


当たり前だというように翔愛が言った。


「まあ、な」


「···俺たちは、とうの昔に出来てる。死なない、覚悟···兄弟以外なら、何を犠牲にしても、生きる、生かす、覚悟」


「そう」


「じゃあ、部屋、入るりますよ?私も、覚悟出来ましたから。兄弟皆で背負って生きる覚悟」


陽悠は今まで見せたどの笑顔の中でもとびきり美しい笑顔を見せた。









そして、扉は開かれた。

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