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5話

ちょっと強引かもしれませんが、話を進めていきます。


ヒーローのバックストーリーに少し触れます。

重い沈黙が室内に充満する。

ブレンの語った冒険者像は、ユーフェの思い描いていたものとは酷くかけ離れていて、その事がユーフェの心に暗い影を作り出す。


ユーフェの頭をよぎるのは、かつて彼女が憧れた物語の中の冒険者達。

強大な敵に剣と鎧、そして屈さぬ心を持って挑むその勇ましい姿。そして何より彼ら彼女らは、各々が掲げる信念と、弱きを助け強きをくじく気高い精神を持っていた。

確かに、物語の中に登場していたのはいわゆる良い冒険者ばかりではなかった。

自分の快楽のために他者を害する冒険者もいれば、心根が弱く悪に与して人類を裏切った冒険者等も描かれてはいた。


しかし、ユーフェはそれでも憧れた。

物語はあくまで物語、現実ではない。冒険者は、みんなこの物語に登場するようなかっこいい人達なんだ、と信じて疑っていなかった。


その幻想は、もしかしたら反転したかもしれないのに。


この世界に、かつて憧れた冒険者達のような存在は……



パァアンッ!!!



「ッッ!!」


次々と浮かんでくる心の声に囚われていたユーフェの耳に、突然の破裂音が響く。

ビクンッ、と肩をはねあげて、いつの間にか項垂れていた頭を上げると、両手のひらを合わせた状態でこちらを見るブレンの姿があった。


「まっ、そう深く考えなさんな。今言ったのは、あくまでも俺個人の考えだ」


そう言うとブレンは腕組みをして軽い調子で言った。


「俺はお前さんに冒険者には向いてねぇって言ったのは、俺がそう感じたから言ったんだ。そしてそれは()のお前さんであって、明日(・・)のお前さんはもしかしたら今よりも少しだけ成長してるかもしれねぇだろ」


「でも、私……ブレンダンさんが言ったみたいな冒険者には、なれるとは思えないんです……」


「ならなくていいだろ、別に」


「え?」


ブレンの口から出た言葉は、先程の冷たいそれとは違って、なにか温かみというか、遠い昔を懐かしんでいるかのような印象を、ユーフェは感じ取った。


「俺が言った冒険者像は、かなり極端なもんだ。冒険者は理想論じゃ食っていけねぇのも事実だし、割に合わねぇ仕事をしたがらねぇのも事実。だがな……」


ブレンは、両手を大きく広げて、心底楽しそうな調子で口元に笑みを浮かべた。


「現実なんてクソくらえ!いつかデッケェ奴になってやるぜ!!ってバカみてぇな夢をマジメにかかげて、アホみてぇな浪漫を求めて命をドブに捨てるような『冒険』する奴らの集まりだから、『冒険者』っつーんだろ?」


「ッ!!」


その言葉に宿る覇気に、ユーフェは確かに感じた。

自らの魂が、震える瞬間を。

ブレンは広げた腕を膝に乗せ、片方の肘を立てて手のひらにアゴを乗せる。その姿に数秒前までの快活さはなく、当初の気怠げなものに戻っていた。


「ま、俺には理解出来ねえがな。何が楽しくて冒険なんてするんだか。命あっての物種だろうがってな」


「は、はぁ」


「けどまぁ、お前さんがどんな冒険者に憧れてんのかは知らねえが、先輩の俺から言えんのはただ一つだ」


ブレンは膝に置いている側の腕を上げ、指をひとつ立てた。


「死ぬな」


その一言は、さっきの冒険者像を語っていた時のそれより、遥かに重みがあった。


「死んだら、どんな綺麗な夢を見ててもそこで終わりだ。もしお前さんに目標ってのがあるなら、尚更命は大事にしろ。分かったな」


「はい!ブレンダンさん!」


「っし、そういう訳だからミレディ、俺とこの嬢ちゃんのパーティー登録任せたぜ」


「はあ!?」

「ええ!?」


急に話を振られたと思ったら全く予想外の内容を告げられたミレディと、ブレンが話の脈絡を無視して唐突に全く触れていなかった別の話題を話し出したことに驚いたユーフェは、同時に声を上げた。


「はあ、じゃねえよ。元々は今のままだとこの嬢ちゃんの依頼が進められねえって話だったじゃねえか」


「え、ええ、そうよ」


「んで、とりあえず翠級以上の冒険者が同行すれば問題ねえってのも言ってたよな?」


「そうだけど……まさか、アンタが付き添うの?」


「だからさっきっからそう言ってんだろうが、話聞けよ」


「全部聞いてた上で問い返してんだよこのクソ野郎!!」


途端に口調が荒くなったミレディは立ち上がり、凶暴につり上がった目で座るブレンを見下ろした。


「アンタ、正気か?自分の現状を分かってねえわけねえよな?」


「当然だ。自分の事は自分が一番わかってる」


「……死ぬ気か?」


「んなわけねえだろ。つか、死なねえよ。むしろ死ぬ要素なんざどこにもねえだろ。違うか?」


そう聞き返すブレンに、ミレディは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「昔のアンタなら、私も気兼ねなくそうだって言えたんだけどな。はぁ……本当に大丈夫なのね?」


「問題ねえよ。さっと行ってぱっと終えりゃ大団円だ。それに、上から言われてる調査任務のついでと思えば手間もねえし、楽なもんだぜ」


「……分かったわ。ユーフェさん」


「は、はい?」


ミレディは落ち着いたのか口調を元のものに戻し、ソファーに座り直す。

目の前で意味がわからない言い合いを聞かされていたユーフェは、ミレディの声に気まずげに応えた。


「見苦しい所を見せてごめんなさい。さっきの依頼の件なのだけれど、ここにいるブレンが付き添い人として臨時パーティーを組んでくださることになったわ。良かったわね」


若干不満気な表情で告げられた事に、ユーフェは驚きを表す。


「え、あの、ブレンダンさんってギルドの職員の方じゃないんですか?」


ユーフェの質問に、ミレディではなくブレンが応じた。


「この状況ならそう思われても仕方ねえがな。俺はれっきとした冒険者だ。冒険者になってからかれこれ10年以上経ってるな」


「正確には16年と半年よ」


「そうだったっけか?」


「アンタ自分が今何歳かわかってる?26よ?10の時にアホみたいな理由で冒険者になったこと忘れたの?私は忘れないわよ?だってアンタのバカに巻き込まれた結果、今こんなところでこんなことしてるんだからね」


「結果的に安定した職につけたんだから良かったじゃねえか」


「終わりよくてもあとがダメなら全部ダメなのよクソブレン」


「あの!ブレンダンさんって、ベテランの冒険者の方だったんですね!」


このままでは話が進まない!と危惧したユーフェは、強引に話に割り込む。

それが功を制したのか、二人は抜が悪そうな顔で見合って会話を元に戻した。


「まあ今は開店休業中だけどな。もっぱらお上から言われたことをやって日銭を稼ぐのがお仕事だよ」


「それってギルド職員の方の仕事じゃないんですか?」


「本来は、な。俺はちょいと事情があって、冒険者業を休んでたんだ。かれこれ6年くれぇまともにドンパチしてねえな」


「6年も!?」


ブレンが長期間冒険者としての活動から身を引いていたということに、ユーフェは今日何度目かの驚きの声を上げた。

普通、それだけの期間冒険者として活動していなければ、それはもう冒険者と言っていいのか疑問である。

もしかすると先程の言い合いも、長期間荒事から身を引いていたブレンに対して、ミレディにも思うところがあったが故のはつげんだったのかもしれない。

そう思うとユーフェも、本当に大丈夫なのかと不安になってきた。


「あの、それだけの間活動を休止していたのに、何故私の付き添いを?」


「いやなに、将来有望な冒険者の卵が、こんなところで割れちまうのはおしいと思ってな。それに、俺も丁度草原に用事があったし。俺は用事が済ませられるし、お前さんは依頼を達成して晴れて正式に冒険者になれる。更に加えて言えば、俺が付いてけば今では数少ないアルツナイ草の群生地に案内してやれるぞ?」


ブレンが語った内容に、ユーフェは目を輝かせて飛びついた。


「それ、本当ですか!?」


「本当だよ。ここにある地図は誰が作ったと思ってる?今の草原を俺以上に知り尽くしているやつなんていないぜ?」


そう言われてユーフェは、隣のミレディにそっと視線を投げる。

ミレディはその視線に込められた意味を理解し、微笑んだ。


「ブレンの実力は、私が保証するわ。現役時代のコイツはそれなりに名のある冒険者だったのよ?」


「そうだったんですか?」


「ええ。さっきブレン自身も問題無いって言ってたし、後はこいつの自己責任よ。ユーフェさんも、いざとなったらコイツを存分にこき使っていいからね」


「そいつァ酷ぇな。で、どうするよ嬢ちゃん」


「……私は、何もお返しできませんよ?」


「さっきの話か?別にいらねえよ。第一、お前さんのことはあくまでついでだからな。俺の用事にお前さんが同行して、その道中でお前さんの用事を済ませるだけ。手間も何もかかってないもんに見返り求めるほど腐っちゃいねえよ」


ユーフェは少し考えてから、ひとつ頷いた。


「じゃあ、お願いします。ブレンダンさん、私を草原に連れていってください」


「あいよ。任せときな」


ニコッと笑ってブレンは、ユーフェに手を差し出した。

ユーフェは、はい!よろしくお願いします!といって、その手を握り返した。


「つっても、出発は明日の朝だけどな」


「え、今から行くんじゃないんですか?」


「今からだと、帰ってくんのが日を跨いじまうからな。野宿をしようにも用意ができてねえし、お前さんの用事もまだ時間はたっぷりある。焦るこたぁねえよ」


「は、はぁ……」


そう言うとブレンは、よっこらせ、と立ち上がり、戸口に向かって歩き出した。

そして扉の横に立てかけた、先ほどソファーに寝かされていた何本もの鎖を何重にも巻き付けて厳重に封をされた、ブレンの背よりも頭一つ分大きい黒い箱を背負うように持ち上げると、扉を開けながらヒラヒラと手を振った。


「集合は明日の陽刻、七つ目の鐘が鳴った時に北の門前広場だ。遅れたら置いてくからな」


一方的に言い放つと、ブレンの姿は占められた扉の向こう側へと消えてしまう。

この世界では、1日が24の刻限に分けられておりそれが12づつ前半と後半で陽刻と陰刻が定められている。そして1刻が経つと、その刻限の回数分ーー7刻なら7回ーー町の協会が鐘を鳴らす。

町民は、その鐘を目安にして1日の生活リズムを取っているのだ。

つまり先程のブレンの言葉を地球で表すと、午前7時に北門の広場に集合だから遅刻すんなよ、という風になる。


そんなことを一方的に告げられたユーフェは、困惑顔をミレディに向けた。


「あの、ミレディさん……」


「ん?ああ、あれ?いいのよ別に。用事が済んだら即解散はアイツの悪い癖だから、気にしないで」


「あ、そうだったんですね。なにか、気に触ることでもしちゃったのかと思っちゃいました」


「あはは、ないない。アイツは今まで自分のことで怒ったことは滅多にないから。怒るとしたら、それはその人のことを本気で考えている時だけよ。さっきのだって、ユーフェさんが考えなしに行動しようとしたから、もっと考えろって意味で怒ったんだと思うしね。言い過ぎだとは思うけど」


「そう、なんですか?」


「そういうやつだからね、アイツは。昔っから変わらないよね、あの分かりづらいお人好しは」


「……ミレディさんは」


「うん?」


ユーフェは、頭をよぎったことを聞こうかどうしようか、迷った末に聞くことを決意した。


「ミレディさんは、ブレンダンさんが言っていた冒険者は利益を求めるっていうの……どう思いますか?」


「うーん、そうねぇ……」


ミレディは、扉の方を眺めながら考えている。

その視線は、昔から変わらず気だるげな、黒ずくめの男の背中を幻視していた。


「私は、冒険者じゃないからね。どっちかっていうと、待つ側の人間だから……でも、どんなに利のある依頼でも、命あっての物種だとは私も思うわーー」


ーー遺された人の気持ちを、考えるとね。


ミレディが小さく放ったその言葉は、ユーフェの耳には酷く焼け付いて、離れないものであった。

あと1話挟んで冒険パートです


ながかったぁ(,,•ω•,,)و♡

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