第2話 でっかい金棒と見せ金
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「冗談ですよね。キャリアとはいえ『警察官』なんだから黒帯だよね。そんな彼女が誘拐されたなんて。」
そう言いながらコッソリとメガネを掛ける。このメガネにはバーチャルリアリティー用のカメラとマイクが埋め込まれており、1024ビットで暗号化されてこのマンションの広域Wifiを通じてZiphoneのデータセンターに保存されている。
一応内蔵メモリにも最大で24時間分保存できるという。まあ僕にとってはチンプンカンプン過ぎて何もわからないけど、何処かに記録されているというのが今後警察に連れ込まれた際に役立つはずだ。
六本木の店で見せた寝技は僕の視覚と聴覚で一瞬の隙をついて抜け出さないとあっという間に押さえ込まれただろう。そんな寝技を持つ彼女が・・・誘拐には役立たないか。
「ああ瑤子さんの黒帯は昇段試験のたびに寝技に持ち込んで獲得したものなんだ。教官も彼女のファンだったしね。」
おいおい、それで大丈夫か警視庁。しかし、卑怯だな。寝技に持ち込んだら下手なところから抜け出そうとすれば痴漢扱いだ。それに決まってなくてもあの手技で撫で回されたら力が抜けてしまうに違いない。恐ろしい女だ。
そうは言っても瑤子さんのことだ。痴漢を撃退できる程度は訓練を積んでいるに違いない。男として再起不能にする方向かもしれないが。
「でもそう簡単に誘拐されるような人じゃないでしょ。それに誰かから密命を受けて出ているだけじゃないんですか。」
警視監とか警視総監とか。
うっ。上に役職が少ない。なんか瑤子さんが弱味を掴んで牛耳ってそうだ。
「無理だ。瑤子さんを動かそうとすると警察庁刑事局長の承認が必要なんだ。」
そうだ。警察庁が居るじゃないか。えっ。承認?
「警察庁刑事局長って別組織ですよね。瑤子さんの上司に指導する立場じゃないんですか?」
その警視庁の上司であって上司じゃ無いんだ。つまり今の警視庁にはヨウコさんの暴走を止める人間が居ないということ。
「ああ聞いて無いのかい。今の刑事局長は瑤子さんの兄上なんだ。」
またそれはでっかい金棒を持った鬼さんだな。いやべつに瑤子さんが鬼だと言ったわけじゃないけどね。はあ大丈夫かな僕の未来。
「それに誘拐は瑤子さんが課長を務める捜査第一課の仕事ですよね。僕の出る幕なんて無い。」
本当に大丈夫か。この人。そもそも誘拐なんて重大事件を部外者の僕に漏らしてもいいのだろうか。
「バカヤロー。そんなことが外部にバレてみろ警視庁の信用はズンドコだ。」
「それを言うなら、どん底でしょ。」
この人、言い間違いが多いな。何処かのクループサウンズじゃないんだから。
「とにかく来い。来なければ公務執行妨害の現行犯で逮捕するぞ。」
あーあ、とうとうキレてしまった。それは職権の濫用でしょ。
「イヤです。」
球団社長に止められているんだよね。
警察庁という密室の中に入れば何をされるかわからないから。行くのなら、警察署の留置場のほうがマシだ。そもそも、ここは千葉県だ。警視庁の人間が勝手気ままに行動したらどんな軋轢があるかわかっているだろうに。
「お願いします。貴方に来て頂けないと網走警察署に左遷なんだ。たのむよ。」
今度は泣き落としか。腹芸が上手いな。だから信用出来ないってわからないかな。
「とにかく、営業妨害だ。帰って帰って。」
新田警部補を追い立てると新たな人物が現れた。スーツ姿が決まっている。
「君はお使いひとつできないのか。使えないヤツだ。」
国会中継で見た人物だ。この人が瑤子さんのお兄さまか。偉そうにしているが瑤子さんに『お兄ちゃん』って呼ばれてニヤニヤするんだと聞いたことがある。
周囲にはブレインと思われる人たちが張り付いていた。さらに周囲には警備の人間が張りついているのだろう。道理で人が通りかからないわけだ。
「深溝刑事局長殿。申し訳ございません。」
「新田警部補。大丈夫だって『うぷぷ』左遷『ぷっ』されないって。」
いかんいかん。この刑事局長が真面目な顔をするほど笑いが込み上げてくる。
新田さんを瑤子さんはからかい甲斐があって面白いオモチャだって言っていたもの。そんな楽しいオモチャを取り上げようとしたら、烈火のごとく怒るに違いない。
「なんだ。気持ち悪い男だな。」
まあ網走警察署も僻地というだけで瑤子さんが居ないんだから、心底幸せな気がするけど。
「刑事局長。立ち話も何なので、中に入って頂けませんでしょうか。丁度、コーヒーも入った頃です。ね『お兄ちゃん』」
最後にヨウコさんの声色を真似てみる。
「貴様に『お兄ちゃん』なんて言われる筋合いは・・・まさか・・・。」
思い至ったのだろう。さあっと顔が青ざめていく刑事局長に僕は頷いてみせる。
「あっとその前に今日の盗聴器の場所を教えて頂けませんか? 中の会話聞かれたくないですよね。」
このところ外しても外しても盗聴器を付けるバカがいると思ったら警察庁刑事局だったのか。しかも完全に私用だよな。球団社長が知ったらどんな報復をするのだろうか。
あのノイズ音は僕の聴覚に引っ掛かるから、最近毎朝開店前に点検するようになっていた。全くいらない作業を増やしてくれるよ。
「おい外しておけ。」
刑事局長がブレインに声をかけるとひとりの男が店の中に入っていってすぐに出てくる。あの男がそうなのか。そういえばコウスケくんを撫でにきていたような覚えがある。カフェメニューを見て嬉しそうに頼んでいたのになあ。
お客さん相手にいつも『鑑定』スキルを全開にしておくのも失礼だから、会員登録をしてもらう時くらいしかしてないんだがしばらくはしなくちゃならないのかな。
「今度からは普通にお客さんとして来てくださいね。コウスケくんも待ってますから。」
男は嬉しそうに頭を下げていった。かなりの犬好きらしい。
☆
「これはサービスです。」
コーヒーメーカーから淹れたてのコーヒーをカップに注ぎ、カウンターに座った刑事局長の前にお出しする。
「さて洗いざらい吐いて貰いますよ。お互いのために嘘はだめですからね。」
あまり使いたくは無いが僕は『超感覚』スキルを使い嘘発見器の真似もできる。『鑑定』スキルは表層上のものしか捉えられないが僕の嗅覚は背中に出た僅かな汗も捉えることができる。
それでも所々嘘を吐こうとする彼を牽制しながら話を進めていく。
初めは1本の電話から始まった。刑事局長の自宅にあるホットラインに瑤子さんのスマートフォンから電話が掛かってきたのである。
瑤子さんの弱々しい声で3000万円の金を用意してほしいと連絡があったそうだ。以後の連絡は僕のスマートフォンにするのだとか。
なんか弱々しい声っての想像出来ないんだよな。
「身代金は用意できるんですか?」
「それが・・・その。」
「ああ総選挙前だから、横溝家には無さそうですよね。」
「どうして、それを。」
彼が養子に入った横溝家は政界の隠れた名家として一部で有名らしい。決して表舞台には出てこないが昭和の時代は与党も野党も横溝家に踊らされていた節があるそうだ。
それも幾度かの政権交代の度にその力は弱まっているそうだが、彼が刑事局長の座にいるということはその噂もあやしいのかもしれない。
「いやあ普通にウィキに載ってますよ。ほら。」
僕がスマートフォンを開いて見せる。
「なんでこんなことまで。」
いろいろと憶測も書かれていたが結構真実をついているらしい。
「3000万円ですか。見せ金を使うつもりですか?」
「バカヤロー。あんなもの使えるかっ。瑤子の命をなんだと思っているんだ。」
いやいや、普通に警察は使ってますやん。