第4話 頬に手形が付きました
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「何か無いんですか。」
何を探しているかというと、尚子さんの臭いがわかるものだ。人間の体臭は食べるものによって徐々に変化していくので最近のものがいい。出来れば直接身に付けたものがベストなんだが、使用済みの下着とか言うと女性陣に軽蔑されそうなので言い出せずにいる。
「そう言われても大抵のものは洗濯してしまったわよ。いつも旅行に行くと1ヵ月くらいは帰って来ないから、上着類もクリーニングに出しちゃったわ。とにかく何か無いか探してくるわね。」
そう言って尚美さんが部屋を出て行く。
「じゃあ。いつも寝ているベッドは何処ですか?」
ホテルじゃないんだから、シーツは毎日変えてないだろうし、人間は頸もとから出る体臭が一番強いから枕に臭いがつきやすい。枕なら持ち出せるしいいかもしれない。
「夫婦同じベッドだから、消臭剤も使っているし、臭いは残ってないと思うぞ。」
この年齢なのに同衾しているなんて、意外と仲良しなんだな。知りたくなかったけど。
「では、いつも使っている座布団はどれですか?」
「尚子が使っている座布団はこれだけど?」
瑤子さんがそう言って自分の座っている座布団を差す。ダメだ。こりゃ。
「何処に行くんですか?」
「臭いを嗅ぐんじゃないの? いい匂いがするわよ。きっと・・・冗談よ。ちょっと、お花を摘みにいってくるわね。」
トイレに行くらしい。
ソファーのクッションや台所に置いてあったエプロンなどの臭いを手当たり次第に嗅いでみるが尚美さんと瑤子さんの臭いばかりで他の女性の臭いはしない。困ったな。
「これなんて、どう?」
瑤子さんから小さな黒いビニール袋を手渡される。中には・・・マジか・・・使用済みの生理用品が入っていた。思わずくちをキツく縛った。
「尚美はまだ先のはずだし、私も2週間前に終わったから、尚子のものよ。」
「でも生々しい血と水が混じったものがついていましたよ。」
「あれっ。尚美が始まっちゃったのかしら、貴方の所為かもよ。女性は欲情すると早まったりするんだからね。」
そんなことは知りたくなかった。尚美さんは志正に欲情していたらしい。僕も居るのに。
「じゃあ、こっちは如何?」
丸めたハンカチを手渡される。そうそう、汗かきならハンカチにも臭いが移りやすいよね。
瑤子さんが握り締めていたのか温かい。
ん。瑤子さんの臭いしかしない。
なんだコレ。そう思って広げてみると白いちっちゃな下着だった。
「あー何を持っているんですかっ!」
そこへ尚美さんが現れて黒いビニール袋と白い下着を凄い勢いでひったくっていった。
バッチーン。
尚美さんにひっぱたかれる。
瑤子さんに騙されたとはいえ、尚美さんの使用済みの生理用品を見たのは事実だ。非難は甘んじて受けるべきだ。女性の全力の平手打ちなんてデッドボールに比べればなんてことは無い。
そう思ったが意外と痛かった。どんどんと頬が腫れ上がってくる。きっと手形がついているに違いない。
慌てて今川さんが間に入って説明してくれる。
僕と瑤子さんのやりとりをニヤニヤ笑って見ていた人間とは思えない。
もちろん志正はソファーに座ってそのやりとりを笑って見ている。殆ど娯楽扱いだな。
「なんで、こんなことをするんですか?」
「障害物は取り除きたいじゃない。」
「違いますよ。尚美さんは障害物じゃないです。」
志正の女友達はもうこりごりなんです。勘弁してください。
「そうなの? 私にもチャンスがある?」
「無いです。初めから言っているじゃないですか。母親の世代の女性とお付き合いは勘弁してください。」
もういい加減にしてほしい。女性の年齢を気遣う余裕さえも無くなってきた。
「どこをどう見ればそうなるのよ。」
「ええと、この膝頭の色の変わり具合とか。手相のシワの入り具合ですね。」
この辺りも球団社長に教えて頂いた誤魔化し方だ。今川さんがニヤニヤ笑っている。そのまま使いすぎたか。
「じゃあ。遊びならいいの? どういう付き合いならいいの?」
ダメだ。これはどう言ってもつきまとうつもりなんだ。
「飲み友達とかならいいですよ。」
相手は『警察官』だ。緊急時に差し支えるだろうから飲み過ぎには注意するだろう。飲酒運転なんかしたら、上司のクビまで飛びかねない。
「ハイ! これならいいでしょっ。」
ああビックリした。突然、尚美さんが大声をあげたからだ。
尚美さんから正真正銘のハンカチを手渡される。確かに尚美さんや瑤子さん以外の女性の臭いがする。
この臭いは・・・?
あの家でミンティーは何て言った・・・?
「どうしたの?」
瑤子さんが黙り込んだ僕の顔をうっとりと見つめているが気にしている余裕が無い。
「ゴメン。ちょっと黙っていてくれませんか。」
イヤ・・・それは違う・・・こう仮説を立てる。
これなら納得できる。だが・・・。ヤバいのか?
僕の頭の中で全てがキレイに繋がった。そうか・・・そうだったのか。