第24話 フィナーレの部
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「いらっしゃいませ。本日・・・お久しぶりです。美名子さん。」
翌日、ランチの時間が終わったころに入って来る客がいた。張り紙は貼ってあるがそろそろ貸し切りについて説明するか。そう思って声を掛けようとして思いとどまる。
「えっ。私のことわかるの?」
『ハロウズ』の社員が着る制服の所為かも知れないが随分と印象が違う。まあどんな姿になっていようが僕の『鑑定』スキルの前では隠しようが無いんだけど。
「もちろんですよ。栄転ですか。それはおめでとうございます。」
「ちょっと待ってよ。確かにそうなんだけど。いくら名探偵でも何も聞かずに言い当てるのだけは止めてくれないかな。気持ち悪いよ。」
やっぱりね。あの球団社長が職を失った親子を放置するはずが無い。恐らく東京に居づらくなった美名子さんは地方のスーパーヤオヘーに入ったんだな。頑張って出世して、系列店である高層マンションの『ハロウズ』の副店長に栄転してきたわけだ。
逃げられても困るので『鑑定』スキルで知った副店長とまでは言わないでおく。
「酷いなぁ。ところで、あちらの木の後ろで覗いているのは多絵子さんですよね。2人して現れたということは勇気くんと3人で生活して来られた。で合ってますか?」
3人で生活してきたかどうかまではわからない。この辺りは全くの勘だ。でも多絵子さんの母親だと言い張る美名子さんの姿が見えた気がしたのだ。
視界には入っているが恐らく店から300メートルは離れている大木から恥ずかしげにこちらを伺う1人の女性が居た。視覚でズームアップしてみるがあまりにも印象が違いすぎる。『鑑定』スキルで多絵子さんだとわかっていても自信が無いくらいだ。
「そうよ。参ったわ。降参よ。だから迎えに行ってあげてくれるかな。」
美名子が昔の口調に戻る。
「一緒に来て捕まえておいてくれませんか。なんか逃げられそうじゃないですか。」
「えっ。まさか、この距離で顔の表情まで見えるの?」
「ち、ちがいますよ。そんなはずはないでしょ。随分と引っ込み思案になったんですね。」
ヤバいヤバい。ついつい調子に乗ってしまった。ここはスッとぼけるしかない。
☆
「えっと。こちらが主宰の娘さんの尚美さんで、新田さんは覚えているよね。今は警部補に出世したんだよ。瑤子さんは新田さんの上司。いわゆるキャリア組ってヤツだ。」
カウンターごしに右から瑤子さん、美名子さん、多絵子さん、尚美さんの順番に並んでいて多絵子さんは美名子さんにべったりくっついている。
なんで僕こんなに緊張しているんだろう。
新田さんは別のカウンターに座ってこちらを見て微笑んでいる。珍しい。いつも瑤子さんの隣で忠犬のように控えているのに。
「はい。新田さんには良く面会に来て頂いて那須さんの活躍ぶりを聞かせて貰ってました。」
新田さんとは長い付き合いなのにそんな話、一度も聞いたことが無かったな。でも話題が僕の探偵話ってどうなんだ。
「この娘がそうなの? シンが話してくれた娘と思えないくらいに大人しいわね。」
あの気が強かった多絵子さんは僕の記憶の中だけなのかもしれない。並べてみるとアクの強さとしては圧倒的に瑤子さんの優勢だ。
そこでうっすらとフェロモンが臭ってくる。瑤子さんはいつものことだ。多絵子さん本人が言っていたみたいにこの場で僕を口説こうとしているなら判る。だが新田さんは何でだ。
ま・・さか。それからニヤニヤ笑っている美名子さんの表情をみると『重大発言』がありそうとしか思えない。もしそうだったら嫌だ。どうやって回避しようかな。
「そういえば新田さん。刑事局長は網走署に左遷しないと明言してくれましたか。」
「それが何とも言って来ないんだ。だからあの話は無くなったと思っていたのだが違うのか?」
「さあ僕の好きにしていいなんて冗談を言っていましたけど。今日夕方からバイトに来るって言っていたから聞いて見たら如何ですか。」
バイトの手が足らない時は呼んでくれって言っていたから、半ば冗談でヘルプを入れたところ丁度休みだそうで来ることになっている。
「兄ってここへ良くくるの?」
横から瑤子さんのツッコミが入る。こんなところで刑事局長の顔を見たくないのだろう。だが瑤子さんと新田さん以外は気付かないんじゃないかな。
「バイトはあれから初めてだよ。でも良く料亭に呼び出されるよ。何処かのハゲの政治家と会った後だから、顔が見たかったんだと冗談を言っていたけど。老舗の料亭の料理は僕の和食の腕を底上げしてくれるから嬉しいんだ。ヨーちゃんが口を聞いてくれると調理場も入れて貰えるしね。」
料亭って芸妓さんを連れてくるころの名残なのか。隣に寝室があって布団が敷いてあるのには驚いた。
お酒を飲んだ後だったときは、有り難く爆睡させて貰ったこともある。翌朝、隣にヨーちゃんが寝ていて驚いたけど。
「あの野郎。最近、夜から忙しくなるのは兄の仕業か。道理でくだらない書類仕事が多いはずだわ。」
それって、昼間ここでサボっているから仕事が溜まっているんじゃないの?
まあ苦労するのは瑤子さんだし、僕は売り上げが増えるからいいんだけどね。
「どうしたの? 美名子さん。」
美名子さんが何かをブツブツと呟いている。
「新田さんって、何かヘマをやらかしたの。」
「うん。ベッタリと張り付いていた『妙齢』の女性の警護対象を誘拐されちゃったんだ。その女性は僕が助け出したんだよ。だから新田さん、僕の気分を害すると左遷されちゃうかもよ。」
『妙齢』ってイイ言葉だ。10代は無理でも20代でも瑤子さんのように50代寸前でも使える上に褒めているようにも聞こえる。
「新田さん左遷されるの? そんなこと聞いてないわ。」
「美名子さん。新田さんとは良く会うんですか?」
「会わないわよ。そんなひと知らないわ。ねえ多絵子ちゃん。」
「えっ。ええまあ。」
新田さんの顔色が真っ青になっていく。とりあえず回避は出来たらしい。良かった。良かった。まああんまり良く無いんだけどね。いつかはわからないけど先延ばしにしただけだからなあ。
「ところで、この後の集まりについて、美名子さん聞いてます?」
インストラクターの中には美名子さんが育て上げた人も僅かにいるはずだ。
「懇談会で貸し切りの件よね。喜んで参加させて貰うわ。多絵子ちゃんはどうする?」
「私はちょっと・・・。」
多絵子さんはまだ顔を合わせ辛いみたいだ。
「そうよね。でもいつまでも避けていてはダメよ。そうだわ。ここでバイトに雇って貰ってはどう? すぐは無理でも来週くらいからなら来れるでしょ。それなら昔の仲間とも会いやすいじゃない。どうかなシンさん。」
多絵子さんの社会復帰を手助けしろということだよな。どうかなって言われてもこれは頷くしか選択肢は無いじゃないか。
新田さんは瑤子さんとこの店に頻繁に現れるのだ。視線を交わすところなんかを見せつけられた日には平然としていられるかな。これは本気でヨーちゃんに左遷の件、お願いするしか無いかも。
「そうですね。まずは朝からランチの時間帯までで週3回くらいで如何でしょうか?」
動揺を押し隠しつつ、新田さんと会わないであろう時間帯を選択した。
☆
「なんで瑤子さんまでいるんですか。」
新田警部補はヨーちゃんと顔をあわせたく無いのか帰っていったが瑤子さんが居座っているのだ。
「いいじゃない。兄も居るんだから私も居てもいいでしょ。」
瑤子さんが訳のわからない理屈を押し通す。こうなると何を言っても無駄そうだ。
「言っておくが、瑤子には手伝わせないほうがいいぞ。昔紹介したバイト先で皿を1日で13枚割ったことがあるそうだ。」
「そんなことをバラさないでよ。いいのよ私が居るだけで客は増えるんだから。でも間違っているわよ12枚が正解よ。」
ひえ。皿を12枚も割られた日には次の日から営業が出来なくなってしまうじゃないか。
「ハイハイ。綺麗なお姉さんは、そこで客引きでもしていてください。」
これが意外と効果があるから吃驚だ。コウスケくんと絡みあった瑤子さんの色気に引きつけられて、ゾロゾロと男性サラリーマンが入ってくるのだ。
まあ今日は貸し切りだから要らないんだけど。ほら掛かった。くたびれた格好のサラリーマンが入ってきてチラチラと瑤子さんを横目で見ながら、アイスコーヒーとお土産用のクッキーを買ってくれた。
もう既に十数人のインストラクターが座っている方向に行こうとして立ち止まっている。そしてその場で一気にアイスコーヒーを飲み干すとそそくさと出て行った。
女性の集団の中に入っていく勇気は無かったらしい。
「この映像って何?」
ドッグカフェの奥に映像が投影されている動画を見て瑤子さんが指さす。丁度、僕たち3人が踊っている映像が映し出している。
「これが例の20周年記念発表会の映像です。話題提供のためにランダムシャッフルで流しているんです。」
瑤子さんがヨーちゃんのところへ行って一緒になって見ている。なんやかんや言いながら仲が良いな。この兄妹。
「なんでシンが真也の踊りを踊っているのよ!」
2人とも涙ぐんでいる。この反応は以前見たことがある。
「ええっ。まさか、尚子さんの養子に出された弟妹って瑤子さんたちなんですか?」
そういえば尚子さんが昔言っていたことを思い出した。
「そうよ。言って無かったかしら。名探偵さんも意外と抜けているわね。」
うわっ。完全犯罪者の尚子さんの弟が警察庁刑事局長で妹が警視庁捜査1課長ってどうなんだよ。
☆
いつもこの時期に行われている懇談会は大抵発表会の事前打ち合わせの席でもある。
インストラクターとしては所属しないという美名子さんが何故か仕切っている。元専務の発言力は高いらしい。今までは背が高いだけで気の優しい一実さんだったからインストラクター側が主張を押し通すようなことは無かったけど、これからは厳しいかもしれない。
「冗談ですよね。」
「冗談なんか言って無いわよ。今年の発表会はインストラクター25名とアシスタント35名。合計60人規模でやるわよ。」
新しい体制になってから2年毎に行われている発表会は今までのように生徒が参加するものじゃなく。インストラクターが日々の研鑽と蓄積を披露する場と変わっており、殆どインストラクターたちの自腹と来てくださるお客さんのチケット収入で賄われている。
「ちょっと待って下さいよ。それだけの人数、僕も一緒に踊るんですよね。」
「一昨年の踊りを那須くんに踊って貰うことで、どれだけ研鑽を積んだか良くなったのか悪くなったのか一目瞭然にわかるのが目的だもの。もちろん踊って貰うわよ。」
簡単に言うなあ。僕が簡単に真似して見せたのが拙かったのかな。
このときの動画が新たな仕事に結び付くこともあるので皆真剣なのはわかるけど。
「踊り3分で着替え7分としても10時間も踊りっぱなしですか、一昨年の5時間でもきつかったのに幾ら何でも無理ですよ。」
年々参加人数が増えるにつれ、僕の負担だけが増大していく催しなのだ。そうは言っても自分で言い出した手前、止めるとは言いにくい。それでもいきなり倍以上になるのは勘弁してほしい。
「今回は場所を2日間押さえたから大丈夫よ。それに一昨年にインストラクターもアシスタントもしっかりとビデオに残してあるらしいわよ。」
「そういう問題じゃ無いです。せめて着替えを無くして貰えませんか?」
僕は同じ衣装で踊り続けても構わないのだ。
「なんでよ。皆、新しく誂えるのが楽しみで発表会を行っているのよ。」
女性インストラクターの衣装は凝った作りのものが多い。それに合わせた男性の衣装も考えてくれるのだが一揃え2万円以上も掛かるのだ。
「そんなっ。2年毎に60着も衣装が増えたら、破産しますよ。勘弁してください。」
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
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