第19話 チアガールの部 その4
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「石井勇大。児童虐待の防止等に関する法律で逮捕状が出ている。世田谷署まで同行願います。」
新田巡査部長が勇大さんの目の前に逮捕状を掲げてみせる。事前に多絵子さんの証言は取れていたので逮捕状は容易く取れたらしい。
「ちょっと待ってくれ。荻ダンススクールの未来についてこれから大事な話合いが行なわれるはずなんだ。」
勇大さんの周囲に残っていた僅かな女性たちも蜘蛛の子を散らすように一斉に離れていく。
「ダメだ。なんなら、この場で手錠を掛けても構わないんだぞ。それでは多絵子さんも行きましょうか。それから美名子さんと勇気くん。証言をお願いできますでしょうか。」
雪緒くんの遺体にも多絵子さんの身体にも虐待の怪我の痕が残っており、新田巡査部長の話では美名子さんたちの証言さえ取れれば傷害罪も成立できると意気込んでいた。
「解りました。後で世田谷署のほうにお伺いいたします。」
勇大さんは大きく目を見開いて美名子さんを睨みつける。
「なんだと美名子お前。裏切るつもりか。」
「裏切ったのは貴方でしょう。まさか勇気まで自分の子供じゃないと疑っているなんて思わなかったわよ。もちろん勇気は私の子よ。父親の貴方なんて必要ないわ。」
美名子さんは勇大さんに軽蔑した視線を送る。
「そうだよ。俺の大事な雪緒兄ちゃんを死に追いやった男なんか父でもなんでも無い。洗いざらいぶちまけてやる。」
「待ってくれ違うんだ。俺は騙されたんだ。」
「みっともない男ね。シンさんが言ったじゃない。医者に行っても良かったしDNA鑑定をしても良かった。その全てを怠けた挙句、雪緒くんまで死に追いやった。そんな男に惚れていた自分が嫌になるわ。」
美名子さん頭を振って勇大さんの視線から逃れるように顔を横を向けた。
「ほら行くぞ。」
新田巡査部長はがっくりと肩を落とした勇大さんを連れて出て行く。
その後ろから2人の婦人警官に支えられて多絵子さんが立ち上がる。
「那須さん。きっと逢いに行くから、もう一度本気でプロポーズしに行くから待っててね。」
僕をジッと見据えてくる。思わず背中に冷たいものが走る。やっぱり凄い目力だな。吸い込まれそうだ。
「はは怖いな。うん待っているよ。」
僕が本音を吐露すると彼女の目が少し優しくなり、出口で待っていた新田巡査部長のほうへ向ってしっかりした足取りで歩いていった。
「それでどうなったの?」
カウンターの昼間に来たときと同じ位置に腰掛けた瑤子さんが心配げにこちらに顔を向ける。
閉店前に再び瑤子さんが現れたときは吃驚したが弱音を吐いた僕が心配で来てくれたと解って嬉しかった。事件の謎解きを瑤子さんに聞かせてあげたところだ。
「荻ダンススクールの名前だけは残っているよ。株式会社化して代表権の無い相談役が尚子さん。CEOが球団社長。COOが僕。尚子さんとはSNSでやりとりするばかりでここ数年会って無かったけどね。ダンサーを対象とした互助会みたいになっているんだ。」
元社員、インストラクター、アシスタントに関係無く山田ホールディングスの1部門に所属して貰い、教室の講師としての仕事を斡旋する。空いた時間は山田ホールディングスが扱っているフランチャイジーで就業しているらしい。
初めに球団社長を伴い仕事を頂いているカルチャースクールへ挨拶に伺ったところ、その全てで制度に賛同頂き事件の影響は最小限に終わっている。きっと球団社長のZiphone副社長の肩書きで信用を勝ち得たのだろうと思う。
講師には事前に半年単位の振り付けを動画にしてもらいデータベース化してあり、体調が悪くなり教室を休まなくてはならなくなった日は元アシスタントを指名して預けたり公募したりして凌げるようになっている。
それに尚子さんが業界の演出や振り付けやダンサーとしての仕事を制度の中で公募したり、僕の現役時代の個人事務所みたいな使い方もしていた。もちろんZiphoneフォルクスのチアガールも所属している。
将来的にはフィットネススタジオのノウハウで全国展開を行い、更なる講師の開拓を行なう計画もあるのだ。
尚子さんの引退勧告を言い出した何人かと美名子さんは責任を取って辞めると言い出してカルチャースクールの講師を手放して辞めていったが、あの3ババ・・・3人の女性たちがインストラクターに復帰したので大勢に影響は出なかった。
「違うわよ。その多絵子さんは現われたの? 現われていないの?」
「新田警部補の話ではもう既に少年院を出所しているということなんだけどね。25歳にもならない女性が屋敷を飛び出して外の世界を知ったんだ。もう戻って来ないんじゃないかな。」
あれだけ外の世界に行きたいと言っていたのだ。何のしがらみも無い世界で羽ばたいているだろう。
「そんなこと言って。中田さんみたいにこっそり逢っているんじゃないでしょうね。シンに抱きついている姿を見たときは天と地がひっくり返るかと思ったんだから。」
例の習慣は未だ続いていて、それを今日瑤子さんに見られたのだ。
「べ、別にいいじゃないですか。悪いことをしているわけじゃないんだし。」
僕は何を焦っているのだろう。瑤子さんは奥さんでも無ければ恋人でもないのに。
「何よ。警視庁のマリリンと呼ばれた私を放っておいて、あんなオバちゃんがいいの?」
マリリンモンローかよ。瑤子さんって時々言動が年寄り臭くなるんだよな。そんなこと言えないけど。
「オバちゃんって・・・あの人、瑤子さんより若いよ。同じように呼ばれたいの?」
確か瑤子さんのほうが1歳年上のはずだ。
「じょ、冗談よ。」