第18話 チアガールの部 その3
お読み頂きましてありがとうございます。
「多絵子さん。もし違っているところがあったなら、どんな細かいところでもいいから教えて頂けると嬉しいです。」
「はい。那須さん。」
「まずは第1の事件からいきましょうか。まずは多絵子さんに質問です。屋敷の何処かに包丁が埋められているかもと思ったのは何故ですか?」
「話を仕入れてきたのは雪緒だったけど、実際に『三味線』『家元』『殺人』というキーワードでネット検索してみるとあの屋敷で本当にあった事件だったんです。」
僕も実際にネット検索で情報を探し出したのだ。三味線の人間国宝の屋敷で2人の人間が包丁で刺殺され、愛娘が殺されかかるという事件が載っていた。
1人目の被害者が出た時に近くに大きな穴が開いていたことから後々、そこに凶器が埋められていたのでは無いかと推測されると書いてあった。
犯人はわからず終いで迷宮入りになったらしい。その愛娘は自分の子供たちと共に三味線から離れ、跡継ぎを失った宗家は没落していったそうだ。
「結構、有名な事件だったらしくて皆殺しにすると予告状が来て次々と人が殺されるんですが、3人目を殺すのに失敗した後迷宮入りしたらしいのです。でも1人1本の包丁で殺されると計算すると数本の包丁が足らない。それで探してみたんですよ。」
「その包丁を見つけたときに、血原さんに見られたんだ。」
「はい。事前に土に埋まっていたビニール袋の切れ端を見つけていて、あのときがチャンスだと思ったんです。稽古場で洋楽を流して練習していれば、外の音なんか聞こえないですから。」
「まさかボリュームを落としているとは思わずに必死になって掘り出しているところを見つかったんだね。」
「殺すつもりは無かったんです。包丁を取り上げようとする彼女と雪緒と3人でもみ合いになってそれで・・・。」
そのときの情景を思い出したのか。多絵子さんはギュッと目を閉じた。
「包丁は何本あったのかな?」
「2本です。でも怖くなって1本は埋めもどしたんです。」
それで1人目の被害者が出たときに行なわれた家宅捜索では2本目の包丁が見つからなかったわけだ。
既に凶器は被害者のお腹に刺さっているんだし、他に凶器があって埋められているなんて警察も考え付かないか。
「谷田さんの事件も君たちの犯行で良かったんだよね。動機は雪絵さんが何らかの形で亡くなったあと僕を口説くためなのかな?」
ポンポンと聞いて僕や警察は初めチアダンスの関係者と誤解したが、もっと話は単純で『子供』を指し示す言葉だった。しかも、撮られた写真を見てみるとひらがなで名前が書かれていて、明らかに子供用のサイズのポンポンだったのだ。
まるで自意識過剰のような発言だが、その後口説かれたことから推理しただけで今までそんなことを考えたこともなかった。
「ええ。番頭さんは沢山のことを知っていました。本当は間違いだったにせよ私と雪緒が真也さんの子供と知っていて、この家から逃げ出したいことも知っていた彼は私がママに対する強い動機を持っていることを知っている唯一の人物でした。」
「なるほど番頭さんを先に殺さないと動機からバレてしまうと思ったんですね。」
「唯一私を救ってくれる那須さんに私がママを殺したかもしれない。そう思われてしまうだけで瓦解する計画だったんです。那須さんはパパや番頭さんなんかとは違うのに。身体で迫ればなんとかなると誤解していたんですね。凄く焦ってバカなことをしてしまった。」
拒否したけれど外に連れ出してあげると言って番頭さんが迫ってきたこともあったそうだ。
「ちょっと待ってください。雪絵さん殺しも彼女が関わったなんて聞いてないんだがね。」
新田巡査部長が突っ込みを入れてくる。どの事件にも彼女が直接関わっていない可能性もあったのであえて伝えていなかったのだ。
「そうでしたか。おそらく彼女はあの机の下に麦茶を入れた紙袋を置く係だったんじゃないでしょうか?」
「そうよ。ママはいつも発表会のときは近くスーパーで麦茶を買って紙袋に入れて貰っていたわ。紙袋は2つ用意したの。1本はママに間違って飲ませるためのもので、もう1本は雪緒が自分で飲む分として用意したの。タバコの汁入りのお茶があんなに飲み辛いものなんて知らなかったわ。」
「ニコチン毒・・・タバコの汁は何処から?」
「うちは誰も吸わないけど番頭さんが唯一屋敷の端で隠れて吸っていたの。地面に缶を埋めてその中に水を入れてしゃがみ込んで吸っていたわ。何十年もタバコに浸っていた汁は酷い毒性があるってネットに載っていたの。」
「話を戻すよ。フィナーレでチアガールの組で出番があった多絵子さんがアリバイを作っている間に多絵子さんと同じかつらを被った雪緒くんが谷田さんを殺したんですね。おそらく外から窓を叩いて開けて貰い、かつらを脱ぐと同時に刺し殺した。」
そうすれば返り血をかつらで防げる。かつらは逃げるときに捨てておけばいい。
「そうよ。私は出番が終わっても舞台袖に残ってアリバイを作っていたの。外では私と同じかつらを被った子供たちは沢山いたと思うから目立ってなかったんでしょうね。それに良く私は横着なことをするから、番頭さんも窓を開けてくれたんでしょうね。」
元々彼らはソックリな兄妹でさらにかつらを被っていたんじゃ雪緒くんを見間違えても仕方が無いだろう。
「これは想像でしか無いですが、偶然楽屋口傍に居た雪絵さんがかつらを被った雪緒くんを見た。その一瞬で悟った彼女は部屋に入り込み、窓を拭いて窓を閉めて偽装を行なった。それなら1~2分くらいでできる。きっと窓が開けられて夕方だったとはいえ真夏の暑い空気が室内に流れ込んだことが死亡推定時間を狂わせたのでしょう。」
母親が自分の半身である息子を見間違えるはずもない。
「うん。後で密室になっていたと聞いて驚いたわ。」
「おそらく雪緒くんがアリバイを作れる時間とエアコンが効いてきたころを見計らって雪絵さんは再び室内に入って、さも今見つけたかのように悲鳴をあげたんだと思うんだ。」