第17話 チアガールの部 その2
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翌日から屋敷で本格的な家宅捜索が始まり、雪緒くんの部屋から遺書が見つかった。
それによると父親である勇大氏の虐待と母親である雪絵さんの勇大氏への裏切り行為が許せないことなどが切々と綴られていた。最後に荻尚子主宰からの愛情への感謝の言葉で締められていた。
その中に主宰との男女関係があったかのような趣旨の言葉があり、僕が主宰を奪ったかのような恨み言も綴られていたため、荻ダンススクールは更なる嵐へと突入していった。
僕はもちろんのこと主宰も全面否定したが、チアダンス教室を受け持つインストラクターを中心とした連名で引退勧告まで出された主宰は荻ダンススクールの解散と1年間の自主謹慎を宣言したのだった。
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「皆さんにお集まり頂きましてありがとうございます。ようやく事件の全容が掴めましたのでご報告させて頂きます。」
新田巡査部長に頼んだ件は滞りなく結果が出て、それに合わせて披露した僕の推理を元に、再度警察で綿密な捜査を行なったところ推理内容と事実関係が一致したため、悲劇の舞台となった世田谷芸術劇場に荻ダンススクールの関係者を呼んでもらったのだ。
「何をいまさら言っているんだ。貴様が荻ダンススクールに現れたのが元凶だ。真也に似た貴様さえ主宰の前に現れなければ今頃雪絵も生きていたはずなんだ。」
事件後10日を過ぎようとしているが荻ダンススクールは荻尚子主宰に最後まで付いていくという小数派と勇大氏を中心とした事業を継承したい多数派と美名子さんを中心とした中立派に分断されていた。
「それは違います。勇大さん貴方の怠慢こそがこの事件の根幹にあると言っていいと思います。これが証拠です。」
僕は机の上に3通の書類を並べる。それには勇大氏と雪緒くん、多絵子さん、勇気くんが正しく親子関係であることを示すDNA鑑定書だ。
「なんだとっ。嘘だ!」
「貴方が誰に何を言われて親子じゃないと思ったのかは知りません。おそらくは貴方が20年以上前に行なったAGA治療が原因で無精子症を発症したと思ったのではないでしょうか。」
AGA治療を行なうとかなりの確率で無精子症を引き起こすと言われているのだ。おそらく20年前はそういった症例も少なく勇大さんを担当した医者も警告するところまでは至らなかったのかもしれない。
「アイツが雪絵がAGA治療を強要してきたんだ。ハゲとは絶対に結婚しないと。だから俺は。」
雪絵さんがAGA治療が無精子症を引き起こすと知っていて勇大さんに勧めたのかどうかは雪絵さんが死んだ今確かめる術がないが、雪絵さんが僕に対して確信を持って真也さんの子供だと言ったということはある程度知っていたと思うべきなのだろう。
「おそらく貴方は手当たり次第浮気をすることで本当に子供ができないことを確かめようとしたのではないでしょうか。数々の女性たちと肉体関係を持ったが誰も妊娠しない。だから自分は無精子症なんだと。何故、医者に掛からなかったんですか?」
勇大さんは気付いていないだろうが周囲に居たインストラクターの女性たちの幾人かが次第に距離を取り始める。
「ふざけるな。誰がそんな病気で医者に掛かれるかっ!」
「格好が悪いからですか。そんな下らない理由で女性たちの身体を利用したんですね。それでは何故、3人の子供たちが自分の子供じゃないかもしれないと思ったときにDNA鑑定をしなかったんですか?」
インストラクターの女性たちが妊娠しなかったのはピルを飲んでいたためだと思う。
ダンスのインストラクターに生理休暇なんてものは無いらしい。物凄く生理痛が重い人でも講師として呼ばれれば出なければいけない。
そして平気な顔で教えなければいけない。そうなれば誰もが当然のようにピルを使用するだろう。
「もし本当だったら、雪絵と別れなくてはいけないじゃないか。たとえ内心コケにされていようとも俺はアイツと一緒に居たかったんだ。」
それもあったのかもしれない。だがこの事件の根幹はカネだ。ダンサーのカネに対する問題があったからだと思う。
「戸籍上子供たちの父親であるならば、荻ダンススクールの経営陣として食いっぱぐれ無いからですか? それで子供たちを虐待していたのでは本末転倒じゃないですか。」
「君に何がわかる。ダンサーとしてどれだけトップを極めても賞金も碌に出ないんだぞ。世界中を遠征して帰ってきては安い時給のアルバイトだ。安定を求めて何が悪い。」
「解りませんね。好きな職業を一生続けていられるなんて物凄く恵まれているんですよ。僕なんかこの後何年野球を続けていけるか。超一流のプロ野球選手でも故障しなくてもいつかは身体の衰えが来る。50歳まで持たない。そうなれば『引退』するしか無いんです。」
それは僕のような神からスキルを貰った人間にさえも平等にやってくる運命。
「なあんだ。結局、その男が悪いんだ。実の父親なのに私たちを無視して虐待して、雪緒を苦しめて私を苦しめて、ママも悪いけど殺されるほど悪いことしてないじゃない。殺されるべきなのはこの男のほうじゃないっ!」
多絵子さんもこの場に来ている。あれから随分落ち着いたが結局何も喋ってくれてない。この場は彼女に聞いて貰い、子供たちが母親を殺す動機なんて存在しなかったことの知って貰うためにあるのだ。そうすれば彼女の中で踏ん切りがつけられるだろうという思惑があった。
「やっぱり雪絵さんは殺されたのか!」
「やだな。新田さん言ったじゃないですか、アレは無理心中だったんです。雪緒くんは解っていたんですよ。自分が死ねば雪絵さんは後を追ってくれるであろうことを。だから目の前で死んでみせただけなんです。」
「那須さんは全部解っているのね。私たちのしたことを。でも死んで逃げることだけはしてはダメなのね。それじゃあ卑怯なその男と同じになってしまう。」
多絵子さんは僕が頷くと優しい笑顔で微笑んでくれた。