第16話 チアガールの部 その1
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僕がその知らせを受けたときは発表会の出演者でもあったショーパブでの打ち上げで紹介も終わり帰ろうとする僕を3バ・・・3人の主宰直属の弟子たちに捕まってしまい必死に逃げようとしているところだった。
「ちょっと待ってください。電話です。電話なんですって。」
ショーパブの店員に真面目な顔で声を掛けられる。
「誰よ。そんな無粋な輩は放っておきなさいよ。それよりももっと大事な話をしている最中でしょ。」
全然、大事な話じゃなかった。無理矢理、僕からデートの約束をもぎ取ろうとする女性たちをお腹を抱えて笑ってみている主宰とインストラクターたちだったのだ。
全く人事だと思って。スクッと立ち上がりのしのしと歩いて行きお店の電話に出る。
わざわざお店に掛けてくるのだ。緊急な用事なんだろう。そういえばスマートフォンは『箱』スキルに入れたままだった。出してみると溜まっていたメールが着信されていく。うわっ球団社長からもメールが入っている。
慌ててメールを開けながら、電話に出てみると相手は新田巡査部長だった。内容は球団社長のメールと同じだった。
「雪緒くんと雪絵さんが殺されました。至急、関係者全員を連れて世田谷芸術劇場まで戻ってきてください。」
☆
劇場に戻ってみると出迎えてくれたのは勇大さんでも美名子さんでも無く多絵子さんだった。
遺体は既に運び出され勇大さんが付き添っていったそうだ。
その様子は異様だった。実の母親が死んだというのに多絵子さんは平然と取り乱し泣き喚いている美名子さんを抱き締めて宥めていたのだった。
そして僕を玄関口に見止めるとまるで獲物を見つけたかのように微笑んでこちらに駆け寄ってきた。まるであのホテルで見た雪絵さんのようだった。
「お願い那須さん。もう私こんな呪われた家に縛り付けられたく無い! 私を外に連れ出して欲しいの。」
「君は何を言っているんだ。こんなときに。」
僕は思わず振り払ってしまう。
「こんなときだからこそよ。今、私は自由なのよ。ピアノだの。バレエだの。ジャズ、ヒップホップ、チアなんてもうたくさんよ。これからは自分のしたいことだけをして生きていくのよ。もうお嫁さんにしてなんて言わないから身体だけでもいいの。とにかく私を外の世界に連れ出して。ねえお願いよ。」
多絵子さんにとって僕は道具なんだ。愛する男性じゃない。この家から出るためだけの道具なんだ。まただ。何故誰も僕自身を必要としないんだ。
「そんなことできないよ。」
できるはずが無い。名義上だけとはいえ勇大さんという父親も存在しているのだ。
「やっぱり、貴方もあの女がイイのね。お生憎様、あの女は死んでしまったわ。貴方は代わりを求めるはずよ。貴方は私を抱くしかないのよ。わかっているでしょ。」
狂っている。こんなの愛情じゃない単なる狂気だ。それでも彼女が魅惑的に見えるのは何故だ。蜘蛛の糸がソコに見えているというのに。
「多絵子。横取りはゆるしまへんえ~。」
「そ~よ。私たちが先にで~とするんだから~。」
「那須く~んは私たちが~美味しく頂く~の。」
後ろから酔っ払いの3人の女性たちに羽交い締めにされる。助かったっ。デートで良ければ幾らでもさせていただきます。
もみくちゃにされながら多絵子さんの視線から外れるように女性たちの後ろに隠れる。
「そう逃げるの。そうなのね。流石はあの女から逃げおおせた那須さんだわ。じゃあ仕方が無いわね。」
スゥーっと顔が元の優しくて寂しそうな笑顔に戻る。諦めてくれたのかな。
多絵子さんは机の下から取り出した紙袋に入っていた麦茶のペットボトルの蓋を開ける。
「ダメーっ。飲んじゃだめーっ。」
美名子さんが叫んでいた。多絵子さんが何度も咽ながらその液体を喉に流し込んでいく。『鑑定』スキルが発動すると同時に僕は走り出す。
間に合え。間に合ってくれ。
そのペットボトルを弾き飛ばし、無理矢理2本の指を多絵子さんの口に突っ込み、逆さ吊りにして液体を吐き出させる。そして僕は渚佑子さんに習ったばかりの『洗浄』魔法を唱えた。
「早く救急車、救急車をお願い!」
「パトカーだ。パトカーを使う。この娘は何を飲んだんだね。」
新田巡査部長が即座に反応し僕に指示して先導する。
「多分ニコチンだと思います。」
『鑑定』スキルではニコチン毒と出ていたのだ。僕はまだ残っているペットボトルを拾い上げ蓋を閉めて透かし見ると茶色い紙のような物体が浮いていた。
☆
ペットボトルには致死量の数十倍にニコチン毒が含まれていたそうで一口飲み込んだだけで死に至らしめるだけの量が入っていたそうだ。
逆さ吊りにして吐き出せた処置を伝えたところ、救急病院の担当者は頭を捻っていた。どうやら、あのタイミングで『洗浄』魔法を使ったのが効果を発揮したようだ。
「そうすると多絵子さんが雪緒くんと雪絵さんを殺した犯人というわけか?」
現場に居た美名子さんによると雪緒くんと雪絵さんはやめるやめないで何かを言い争っていたそうだ。
「多分違います。救急病院の先生も言っていたじゃないですかニコチン毒は毒性は強いがとても飲み込めたもんじゃないって。口に含んだときに気付くはずです。」
そして落ち着いて話し合おうという雪絵さんに対して雪緒くんが机の下から多絵子さんが飲んだものと同じ銘柄のペットボトルの麦茶を飲んで苦しみながら倒れたらしい。
それを見た雪絵さんは呆然としたまま何もできそうに無かったので美名子さんが救急車を呼びにいった。現場に帰ってくると既に雪緒さんは息を引き取っておりその隣でしがみ付くように倒れている雪絵さんの姿がありペットボトルが転がっていたそうだ。
「それじゃあ、2人とも自殺というわけか?」
「まあ早急に結論付けないでください。それよりも僕が頼んだことをちゃんと調べておいてくださいね。」
「ああわかっとる。心配せんでも数日で結論は出る。」