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帰還勇者のための第二の人生の過ごし方  作者: 一条由吏
超感覚探偵のダンス
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第15話 ヒップホップの部 その5

お読み頂きましてありがとうございます。

「良かった。到着したんですね。」


 舞台袖で開会の挨拶を行なっている雪絵さんを見ていると肩を叩かれたので振り向くと荻尚子主宰が居た。発表会だけは見に帰ってくると言っていたのだ。


「ごめんなさいね。那須くんに任せっ切りで。」


「僕なんて何にもお役に立ててないです。ここまで来れたのは雪絵さんと美名子さんたちの頑張りによるものですよ。」


「そうね。でも時々思うのよ。私は何処で間違ってしまったんだろうってね。やっぱり雪絵に任せっきりだったのがダメだったのかな。」


「間違い・・・ですか?」


「そうなのよ。なんと言えばいいのか分からないんだけど今の荻ダンススクールの在り方は間違っているの。」


 主宰はそう言うと黙り込んでしまった。事件のことがあって悩んでらっしゃるのだろう。こんな若造に後を任せようと思うくらいに悩んでらっしゃたんだ。


「間違ったら立ち止まればいいじゃないですか。戻ればいいじゃないですか。何事も決して遅いということは無いと思いますよ。」


 沈黙に耐えられなくなって思わず生意気なことを言ってしまう。言ってしまってから後悔した。成人もしていない若造が言う言葉じゃ無い。何の重みも無い言葉になってしまった。


「そうかな。」


「そうですよ。こんな僕でも沢山後悔して沢山考えて、立ち止まって後ろを振り向いていたら、幸運が降ってきました。」


「山田社長のことね。私も彼と出会えたことは幸運だったわ。」


 球団社長に出会ったこともそうだし、突然異世界に召喚されたときもそうだった。異世界で要らないと言われたときはへこんだがそれさえも幸運だったのだ。


「そうですよ。先生はまだまだ若いんだし、幾らでもやり直せますよ。」


 あまりにも落ち込んで見えた主宰を励まそうと言った言葉を後悔することになるとは想像できなかったのだ。


     ☆


 その後は6時間にも及ぶ長丁場だ。そうは言っても観客の殆どは出演者の家族や知人が多く、出番が終わると帰ってしまう人や家族の先生が出演する演目だけは見ようとする人々ばかりだった。


 まあ発表会というのはそういうものなんだろう。おそらく最初から最後まで見ているのは近くの老人ホームから招待されたお年寄りたちだけなんだと思う。


 軽快な洋楽が流れるヒップホップなど見てもわからないと思うのだが、彼らのお目当ては小さい子供が踊るチアダンスらしく。身体を揺らしながら笑顔で手拍子をする姿を見ていると心が洗われる。


 その他にも主宰が振り付けと演出を担当されているショーパプの出演者たちが流石はプロと唸らせるだけの踊りを見せてくれる。


 インストラクターの講師の方々の踊る群舞は、ここまでレベルが違うのかと思うほど圧巻たる踊りに圧倒された。


 その後が社員の4人のソロの演舞と続き、僕を含むゲストの人々の順番だ。


 雪絵さんと多絵子さんと共に舞台に立つ。


「流石に場慣れしているわね。」


 一応緊張はしていたが、あの何万人も居る球場に比べれば大したことは無い。オールスターのときに球場で観衆が一体化したときなんて、ビリビリビリと空気が振動しているかと思ったものだ。


「そんなことは無いんですけどね。腹さえ据えてしまえばこっちのものです。」


 曲が始まり踊り始めてしまえば、客席なんて見ている余裕は無かった。そして3分なんて時間はあっという間だった。


 曲が止まり歓声が聞こえるとようやく客席が見える。涙ぐんでいる人たちは真也さんを知っている方々ばかりなのだろう。


 袖に引っ込むと通りがかる皆から盛大に肩を叩かれる。こういうところは野球と一緒だ。


 皆でフィナーレTシャツに着替えるとまた一組一組と紹介が続いていく。


 番頭さんが亡くなったときはこの紹介のリハーサルのときで終わった組から順次帰宅していってもいいことになっていたらしい。ゲストと同様に別に出番がある雪絵さんたち社員やその子供たち、そして僕は翌朝リハーサルを行なっている。


 振り付け自体は簡単で雪絵さんの指導の元、客席のお客さんにも踊って貰えるものだった。


 そして皆で同じ振り付けの曲を踊って終わりを告げる。


 最後に主宰が現れると歓声が大きな拍手に変わっていく。そして主宰が話しはじめると辺りはシーンと静まり返る。この辺りは流石に上下関係がシッカリしている組織だと感心する。


 プロ野球だと球団社長が喋っていても選手たちが結構煩いのだ。


 主宰がお客様にお礼を述べ、そして出演者に健闘と称え、そしてスクールを去るものに祝福を贈る。


 どうしてもアシスタントからインストラクターになれなくて道を諦めてしまう人や就職や結婚で止めてしまう人々に対して、これまでの貢献を称えこれからの人生が良きものになるように祝福の言葉を贈るのが恒例となっているらしい。


 演出だと判っているのに見ているこっちへ感動が伝わってくるのはそれだけの長い期間共に歩んできた仲間が去るからなのだろう。


 そうして警察の厳重警戒の中、開催された20周年記念発表会の幕は何事も無く閉じたのだった。


     ☆


「那須さんは主宰と一緒に打ち上げに行ってきて貰えませんか。私たちも片付けが終わって子供たちを送り届けてから追いかけますから。」


 幕が閉じて観客が全て帰り出演者もインストラクターやアシスタントを除き全て引き上げたあと、雪絵さんと美名子さんにそう言って送り出される。


「僕もそろそろ引き上げさせてもらいますよ。」


「そう言わず主宰に付き合って頂けませんか? きっと主宰も皆の前で正式に後継者として紹介したいと申し上げておりますので、しばらくだけですのでお願いします。」


 そうやって頭を下げられると嫌とも言えず主宰と同じ車に同乗することになった。


 その姿が雪絵さんを見た最後の姿になるとは、そのときは露ほども思わなかったのだった。

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【続編】帰還勇者のための休日の過ごし方もよろしくお願いします。
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