第12話 ヒップホップの部 その2
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「へえ。この子が後継者なの?」
世田谷芸術劇場の入口でいきなり3人のオバ・・・女性に捕まった。
1人はキレイに染められた金髪でスッピン、もう1人は髪がピンク色でスッピン、最後の1人が黒髪だったがド派手な化粧をしていた。『鑑定』スキルで見ても40代前半くらいの女性たちで職業欄は『主婦』となっていたので、インストラクターでも無さそうだ。
ただの一般生徒といった雰囲気じゃなく、遠目に美名子さんに助けを求めるが目をそらされてしまった。
まあ確かにスッピンの2人の肌は目尻のシワを除き30代と言ってもいいくらい綺麗だったし、皆さんスタイルも良かったから長年ダンスを続けている人たちなんだろう。
一瞬で読み取れたのはそこまでだった。
「お嬢さんたちは荻ダンススクールの後援者さんですか? 那須新太郎と申します。」
『お嬢さん』はもちろんお世辞だが経験で学んだ常套句である。こういった場合『オバサン』なんて言ってはいけないことは身にしみてわかっている。
「あらお嬢さんだって。プロ野球選手だというから無骨なのかと思ったけどお世辞も言えるのね。」
黒髪の女性がお世辞と言いながらも嬉しそうにしている。背中がスッと冷える。館内の冷房の所為では無い。この選択は正解だったようだ。
「プロ野球選手なのね。イイ身体しているわね。」
ピンク色の髪の女性が身体を絡ませて胸板を撫でてくる。
それセクハラですから、と言えないのが悲しい。
「なかなか凛々しい顔立ちをしているじゃない。何よりもハゲて無いのがいいわね。勇大なんて可哀想なくらいハゲてたものね。」
金髪の女性に褒められる。初老の女性であろうと女性から褒められるのは嬉しい。だがその後に続いた言葉がいけない。女性に取ってハゲているのは重大問題らしい。
それパワハラですから、と言えないのだろう。視界の隅で勇大さんが苦笑いをしている。
「あら勇大ってハゲてたの?」
「知らなかったの? 結婚前までバーコード状態だったじゃない。」
「そうよ。AGAで必死に通院して治したそうよ。」
女性が3人寄れば姦しいというがまさに今がそうだ。急いでいるはずなのに新田巡査部長も話し掛けてこない。処世術って奴なのだろう。
「荻尚子先生の直属の弟子として聞くわ。雪絵はこの事態をどうするつもりよ。明日の発表会は行うの?」
この場では一番年長者のピンク色の髪の女性が真面目な顔に戻る。ピンク頭だからあまり威厳は感じられないが。荻ダンススクールの権力構造の中では主宰に次いで高いらしい。カーストは僕みたいだ。
「幸いと言っては何ですが谷田は出演者じゃありません。雑用係がいなくなって多少ギクシャクした状態になると思いますが発表会を行うのに何も支障はありません。もちろん那須さんから主宰へ連絡を取って頂き了解を得た上で開催したいと思っています。」
「そうね。今日の明日では見に来て頂くお客様に連絡も出来ないからね。だけど、これからは厳しくなると思いなさいね。幾つかのカルチャースクールは教室の中止を申し入れてくるだろうし、新しいところへの進出は難しいでしょう。インストラクターの皆さんはしっかりとこの苦境を乗り切ってくださいね。」
これはよそのダンススクールへ乗り換えるなと言っているのだろう。
「僕も荻ダンススクールの力になれるように振る舞っていきたいと思っています。」
僕が発言するとその場の雰囲気が穏やかに変わった。
「雪絵さん。いいわ。私たちは気に入ったわ。この子。礼儀も正しいし、現役のプロ野球選手なら人寄せパンダに持って来いじゃないの。」
ようやく解放してくれた。解放してくれるなら、何を言われても構わない。
「でも時々貸してね。連れて歩きたいわ。」
背筋が凍りついた。雪絵さんは否定も肯定もしてくれなかった。人身御供にされたみたいだ。
☆
生徒やアシスタントは身分証明と簡単な聞き取りが済んだところで帰されたあとで、この場に残っているのはインストラクターと社員にユウダイさんと子供たち、そして先程の3人の女性たちだった。
「それで君たちは何を隠しているんだい。」
新田巡査部長が不審に満ちた視線を向けてくる。連続殺人事件ということで捜査本部も設置され動員されている数も前回より数倍希望で大まかな事情聴取は終わっていた。
「それは僕たちが犯人を隠しているという意味でしょうか?」
「違う違う。事情聴取の最中に何度か言いかけて止める人間がいたから。何か言い忘れていたことでもあるんだろうと思うんだがな。」
「それは今ここに居ない人間の話だから、皆話しにくいのよね。」
またしても皆を代表するようにド派手な化粧をしたオバ・・女性が喋り出す。
「誰のことですかな。今ここに居ないというと荻尚子さんですかな。」
「もうバカね。そんな言い方をしたら誤解されるでしょう。雪緒さんが勇大さんに似ていないということを言いたかったのよね。」
今度は窘めるように金髪の女性が話はじめる。
「何ですと! そうすると雪緒さんは雪絵さんと那須さんの子供だったとか。」
「新田さん。雪緒さんは僕よりも年上です。全く知ってるでしょ。」
「冗談ですよ。もちろん冗談ですが良く似ているような。那須さんの親戚か何かですか?」
「違いますよ。その方は真也さんと仰る方で主宰の弟さん・・・あっ。」
思わず喋ってしまった。口を塞ぐがもう遅いよね。
「なんてことだ。第1の事件では勇大さんに動機がなくなってしまったし、今回の事件で勇大さんを被害者が脅して、雪絵さんが庇うという線も無くなったことになる。困りますなあ。そういうことは事前に言って貰わないと。」