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帰還勇者のための第二の人生の過ごし方  作者: 一条由吏
超感覚探偵のダンス
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第7話 ジャズダンスの部 その6

お読み頂きましてありがとうございます。

「僕は警察が調べていずれ分かるようなことは、喋ってしまったほうがいいと思うんですよ。雪緒くんが真也さんの子供であることや美名子さんが勇大さんの愛人で勇気くんがその子供であること、それに勇大さんの女性関係など。雪絵さんは何を恐がっているんですか?」


 雪絵さんどころか美名子さんも勇大さんも他の皆も口を噤んでいるらしい。


「今居るインストラクターもアシスタントも元はそれぞれの教室の生徒さんなのよ。直接勇大が指導していたわけでも無いとはいえ、ダンススクールの後継者と言われた人間が生徒に手を出していたとバレたらどうなるか。考えただけでも気が滅入るわ。」


 雪絵さんの代わりに美名子さんが答える。


「そこは大人同士の付き合いじゃないんですか?」


「そうね。大人の生徒さんはそれほど気にしないでしょうけれど多くのインストラクターは子供の生徒さんを持っているのよ。その親御さんは気にするわね。きっと蜘蛛の子を散らすように生徒が逃げていくわ。」


 今は早いと保育園の年中さんくらいから習い事をさせる親が多いそうでインストラクターの全生徒のうち8割以上が小学生以下だというところもあるらしい。


「どうして今まで放置していたんですか?」


「私のことは別にして、この1年から2年のことなのよ。勇大が派手に浮気をするようになったのは。私のことも雪絵に対する当てつけだったんでしょうね。私に子供が生まれて落ち着いていたのよ。可笑しな話だけど、このまま雪絵と勇大と3人で荻ダンススクールを回していけばいいとも思っていたの。」


 そこに新田巡査部長が踏み込んできた。到着予定が30分ほど早い。


「困りますなあ。事前に話し合いを持たれたのでは、何のために那須さんを説得したのか。わからんじゃないですか。いったい何を隠しておられるのですかな。」


「ダンススクールの荻尚子主宰から連絡がありまして、僕を後継者に指名すると言い出したんですよ。それでこのダンススクールの講師である彼女たちに話をお伺いしていたのです。」


 不本意ではあるが僕が後継者だという噂が広まってしまえば、勇大さんは雪絵さんの旦那さまという立ち位置になるはずである。


 そうすれば只の浮気話に過ぎない。


「それで結果はどうなったのですかな。」


「はい。多忙な主宰に代わって当ダンススクールを指導頂けるというのであれば申し分ない話だと了承しました。」


 雪絵さんには僕の意図が伝わったらしく話を合わせてくる。


「美名子さんもそうですか?」


「ええ彼はプロ野球選手として有望視されていますが、我々の眼にはダンサーとして優れた資質を持ち合わせておられるように感じておりました。」


「なるほど、分かりました。彼に主宰の代役として事情聴取に立ち会ってほしいということですか。」


「ええそうみたいです。それで雪絵さんの旦那さんの勇大さんが今回殺された女性と肉体関係があったのではないかという話を小耳に挟んだものでその辺りのところを彼女に問い質していたのですよ。」


 とりあえず勇大さんに悪者になってもらおう。そもそも彼が浮気をしなければ、こんなややこしい事態には陥らなかったのだから。


「それは重要な情報だ。那須さんはどこからそんな情報を入手されたのですかな。」


「すみません。その方に迷惑が掛かると困るので情報源は言えないのですよ。事実かどうかもあやふやなようですから調べて頂いて事実だと分かればもう少し詳しいことを聞いてみようと思っています。」


「そうですな。調べるのが我々の仕事だ。」


「おそらく事件当夜も勇大さんが応対しているのではないかと思うので、勇大さんを事情聴取することをお勧めします。もちろん僕が立ち会う形として頂きたいのですが、僕から出た話というところは隠して頂けますでしょうか?」


「そうですな。もちろん、そのようにさせて頂きますよ。そういえば被害者の履いていた靴やベビーパウダーの件はどうなりましたかな?」


「そういえば、その件もありましたね。後継者の話ですっかり忘れていました。雪絵さんか美名子さんどちらかこの靴を持っておられますか?」


 僕は荷物の中から出すフリをして『箱』スキルの中から靴を取り出す。


「私は持っているわ。きっと雪絵も持っているわよ。それがどうしたの?」


「事件当夜、被害者が練習していた曲を覚えておられますか? おそらく彼女が10周年記念発表会で踊った曲と同じ曲で同じ振り付けだと思ったのですが。」


 大抵、ゲストとして外部の団体で踊る場合は18番(おはこ)が多いらしい。なので被害者が踊っている動画を数本動画サイトから拾ってきたのだ。事前にある程度、踊れるように何度も動画を見て練習している。


 事件当夜、発見者によるとその洋楽だけは聞こえていたらしい。


 だが動画サイトで拾ってきた動画はヒップホップで流れるような踊りが多いジャズダンスとは違う。もちろんターンもあったが飛び跳ねるような振り付けも多かった。


 そうであれば音楽と共にそういった音も当然発見者の耳に届いているはずである。逆に届いていなければ誰かが被害者が直前まで踊っていたように偽装した可能性があるのだ。


 単独で聞けば床を引っかくようなターンの音よりも飛び跳ねる音のほうが大きいのだが、洋楽に使われている重低音によりかき消されている恐れもある。


 しかし、被害者は靴底にベビーパウダーを塗布しておりターンの音は聞こえなかった恐れもある。そこで身体の大きさの近い彼女たちに同じように踊って貰って、発見者の位置でどのように聞こえるか調べてみようと思ったのだ。


     ☆


 まずは稽古場に行き、用意してきたCDをセットする。


 稽古場のさらに奥には更衣室としている部屋があり、その中で惨劇が行なわれたらしく黄色いKEEPOUTのテープが張り巡らされているが能舞台のほうは一通り鑑識が調べたが血痕などの痕跡は見当たらなかったという。


 それでも能舞台の客席部分にあたるところから向こうは当分使えないそうだ。


「すいませーん。真面目に見てますか? もしかして、僕がやって見せなくても踊れたりします?」


 雪絵さんも美名子さんもダンススクールの講師とは思えない姿で見ていたのだ。普通なら振り付けを覚えようと腕や足を小刻みに動かしたりするものだと思うのだけど。半分くらい口を開けた状態でぼんやりと見られたんでは注意せざるを得ない。


「ごめんなさい。10年前に見た記憶そのままの踊りだったので驚いたんです。やっぱり、那須さんって天才なのね。」


「そうね。家元が後継者に推すはずだわ。でも何故そんなにコンパクトに踊っているんですか?」


「ダンス用のシューズとしては有名な靴だったので貴女たちが持ってないとは思ってなかったのですが、最悪持って居なかった場合、僕が踊った場合でも再現できないかと振り付けをコンパクトにして少し軽やかにして踊ってみています。」


 はっきり言って踊りをコピーするのであればこのやり方のほうが楽なのだ。僕の身体が大きい分、腕を右から左に動かす長さが大きくなり、大きくなった分だけスピードを上げなくてはいけなくて、スピードをあげるにはより大きな筋力を使わなくてはいけないのだ。


 おそらく全身を使って踊るよりも半分くらいの体力で踊れていると思う。


 まだ僕は野球選手として筋肉を鍛え上げてあるからいいものの、ただの大きな人だったら小柄な女性の振り付けを全身を使って真似るだけでも音からズレていくはずである。


「だから、そうやって呆れた顔をしないでくださいよ。」


 2人してポカンとした顔をされてしまった。


「できないから。そんなことどうやってもできないわよ。」


 結局は彼女たちが普段教えている通り、ややゆっくりとした手拍子に合わせて踊ってみせることになった。こっちのほうがよっぽど難しい。


 それでも手拍子による苦労が報われて5回で間違えずに踊れるところまで来ていた。やっぱりプロなんだな。音を掛けて3回ほど繰り返したところで音にも乗れるようになっていた。


「こんなに必死に覚えたのはいったい何年ぶりよ。雪絵・・・大丈夫?」


「大丈夫・・・じゃない。」


 ぶっ続けに1時間踊り続けるのは彼女たちにも無理があったようだ。


「那須さんは何故そんなに涼しい顔をしているのよ。こっちは全身びしょ濡れに汗を掻いているのに。」


「プロ野球選手って凄いのね。ここまで体力の違いがあるなんて思わなかったわ。」


「じゃあ。刑事さん。発見者に発見場所に来て頂けるように手配して頂けますか・・・そうですね。2時間後くらいに。」


 稽古場に汗だくでへたり込んでいる彼女たちを見て、1時間後と言おうとして訂正した。


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