第5話 ジャズダンスの部 その4
お読み頂きましてありがとうございます。
やっと殺人事件です。お待たせ致しました。
その知らせを受けたとき、僕は球場で試合終了のサイレンを聞いていたところだった。
もちろん、スマートフォンはロッカールームに置いてあり、留守録を寮に戻ってから聞いた。番頭さんが当たり前なのだがいつになく真面目な口調で今日殺人事件があって、明日の屋敷での指導は中止になったという連絡だった。
明日は屋敷で次期家元を含めて他の社員が指導するインストラクターたちの模範演技を見せてくれるというので楽しみにしていたので残念だったが、それは日を改めて六本木のスタジオで催してくださるということだった。
それと僕の連絡先も警察にお知らせしたのでなんらかの接触があるかもしれないが下手なことは口にしないで頂きたいというお願いだった。
もう一本の留守録は警察からだった。今回の殺人事件は僕が試合出場している最中でありアリバイが成立しているので本来なら事情聴取もしないところなのだが、外から見た荻ダンススクールの話が聞きたいそうだ。
場所を指定して欲しいということだったので一番信頼のおける球団社長が同席頂けるならという前提条件で連絡を入れたところ、向こうで早速アポイントメントを取ったらしく山田社長から直接連絡を頂いて、翌朝山田ホールディングスの応接室で話をすることになった。
☆
「お手数をおかけして申し訳ありません。」
後で秘書の方から聞いて酷く恐縮したのだが、山田社長は分刻みのスケジュールが組まれていたのだがかなり無理をしてスケジュールを入れてくださったそうだ。
「いや100点満点をあげれるよ。Ziphoneフォルクスの球団社長として君たち選手が関わりのある事件となれば、積極的に関われるほうがどれだけ安心できるか。しかも荻尚子さんとも個人的な繋がりもあるから、今回の事情聴取はこちらから同席をお願いさせて貰うべき問題だ。」
なるほど山田社長にとっては渡りに舟だったわけだ。
「基本的に異世界とか勇者とかスキルとかの話はしないこと。君の持つスキルで知ったことは『そんな気がする』と言って曖昧なままにしておくんだ。向こうが勝手に調べてくれるからね。」
山田社長の読んだ推理小説の中にそんな口調の名探偵が居て、探偵がそう言うと裏付けは警察が全てやってくれたそうだ。そりゃ推理をまるまる鵜呑みにしていたんでは裁判になったときに支障がありすぎるよな。
良く推理小説で警察を煙に巻く探偵がいるがいざ警察が裏付けを取ろうとしたときに嘘八百であることがバレて逆に探偵が威力業務妨害で逮捕されないもんだと感心する。
山田社長自身、僕が召喚された異世界とは別の異世界の住人だ。山田社長の周囲には幾人もの『勇者』が居て彼をサポートしている。特にZiphoneフォルクスの新人選手の中には他に2人の『勇者』が存在していて、その2人は僕と一緒に異世界に召喚された人たちだったというから驚きだ。
彼らから僕の存在を知り、手を差し伸べようと探していてくれたことを聞いたとき、涙が出るほど嬉しかったのを記憶している。そうはいっても、何も束縛されてはいない。
日常生活においての注意を受けただけだ。ごく当たり前のことばかりなのだが、『勇者』とバレないための注意点を聞いたときはなるほどと思ったし、実践している。
☆
「警視庁捜査1課の新田と申します。」
これが今は課長付きとなった新田警部補との初めての出会いだった。当時は巡査部長という役職で警視庁に配属されて初めての殺人事件だったらしい。
「Ziphoneフォルクス球団社長の山田と選手の那須です。」
山田社長から紹介していただきその場で頭を下げる。
「我々はなにぶん部外者なものですから上手く説明出来ない部分もあろうかと思いますがご了解頂きたい。まずは殺人事件が起きたということしか知らない我々のために概要だけでも教えてくださいませんか。」
「それはもちろんこちらもわかっています。それでは被害者から説明させて頂きます。血原チズ34歳。愛知県春日井市出身で現在愛知県名古屋市でチズチアーズというダンスチームを主宰しており、愛知県全域のカルチャーセンターで子供たち向けにチアダンスを教える傍ら地元プロバスケットチームのチアガールとして活躍しております。」
なるほど荻ダンススクールの小さいバージョンといったところか。
「荻ダンススクールとの関連性は以前タップダンサーの勇大氏とダンスパフォーマンスチームを結成しており、その関連で今回の20周年記念発表会のゲストとして呼ばれていたそうです。今回、発表会の打ち合わせに荻ダンススクールの本部に訪れ、被害にあったようです。」
「僕があの屋敷にお邪魔するようになって日が浅いためかもしれませんが見たことも聞いたことも無い人です。」
「そうでしょうな。関係者に聞いたときも前々回の10周年記念発表会でゲストとしてダンスを見ただけという人間が多かったですな。」
「そんな人がどうして。」
「それが我々にもわからなくてですな。こうして話をお伺いに来ているわけでして。」
発見者は屋敷の近くの商店街に建ったマンションに住む女性だそうで、その夜実家に用事があって小雨の中、あの屋敷の前を東から西に向かって歩いていたらしい。
あの辺りは坂も多くて夜になるとめっきり人通りも少なくなることは知っている。急ぎ足で歩いていたんだろうな。屋敷の前を通りかかると中から重厚な屋敷に似つかわしくない重低音の洋楽が聞こえてきたらしい。
発見者の女性はここにダンススクールの本部があり、さまざまな年齢の人間がスポーツバッグを片手に出入りしていることを知っていたので別段どうとも思わなかったそうだ。
そのまま通り過ぎようとしたところ、突然音楽が止み、近くのくぐり戸から黒い人影がよろめき出てきて、思わず小さな悲鳴をあげてしまったらしい。
『誰か。助けて救急車を呼んで!』とその人影が叫ぶとその場に倒れ込んでしまったそうだ。
恐る恐る近付くと黒いTシャツを着た長いつけまつげの女が化粧が剥がれ落ちてマダラ模様になった顔をこちらに向けてすがりつくように手を伸ばしていたらしい。
その発見者の女性は全力で悲鳴をあげ、近所の男性が駆けつけたときにはもう女は死んでいて、その背中には不釣り合いな庖丁の柄が生えていたそうだ。