第4話 誰が彼を怒らせたのか
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飼い主さんと犬をその場に残して階段を降りていく。
「僕は2階で着替えてくるよ。・・・ええっ。」
ドアを開けた先の光景に驚く。目の前には明らかに物色されたとおぼしき光景が広がっていたからだ。
ベッドまでナイフらしきもので、突き立てるように何カ所も穴を開けられていた。一体何を探していたんだ?
思い当たるのは身代金だけど。あれはアタッシュケースごと『箱』スキルの中に入っている。
「空き巣ですね。ああ入らないで。現場保存にご協力をお願いします。至急手配を致しますので。」
隣でヨーちゃんが刑事局長の顔に戻っていた。
「僕は更衣室で着替えてきますね。」
「鑑識を呼びますがこちらの非常ドアを使わせて頂きます。」
「ああ。そのドアは・・・。」
「どうかされましたか?」
「朝閉めたはずなんだけど、さっき見たら開いていたんだよね。もしかして・・・。」
「そうですね。逃走経路として使われたようです。もちろん、ここも調べさせます。アタッシュケースは事務所ですよね。着替えるついでに無事か見てきて頂けませんか?」
実はアタッシュケースも着替えも『箱』スキルに入っている。鍵が掛かる事務所に置いてくるフリをして『箱』スキルにしまっているだけである。不用心だからね。
僕は更衣室から荷物を取ったフリをして事務室に入り、着替え出す。
あーあ下着まで濡れているよ。気持ち悪いはずだ。
「ああ失礼。アタッシュケースはありましたか?」
丁度、素っ裸になったタイミングで刑事局長がドアを開ける。女性客に尻を見られたのか再び悲鳴が聞こえる。そのまま刑事局長が入ってくる。
「ええ、ここに。」
カーテンが掛けてある金庫の隣から取り出して渡す。もちろん本当は『箱』スキルから取り出しただけだ。
「ありがとうございます。確かに・・・大丈夫なようです。」
再びアタッシュケースを受け取り、今度はそのまま金庫の隣に置く。いつ見られるかわからないからね。
「流石は元プロ野球選手だ。身体の鍛え上げかたが違う。」
そう言って全身を触ってくる。こっちが素っ裸だとわかっているのかな。見たらわかるか。そうすると嫌がらせ?
イヤ違うなヨーちゃんはそういう性格じゃない。イヤイヤいまは刑事局長だから、こんな性格なのか?
「ちょっと止めてください。」
「すまない。この身体が妹のモノだと思うとなんかね。」
「まだ手は出していませんよ。」
まだなのか。これからも出さないのか。何とも言えないけど。
「何故出さない。気にしているのは年齢か?」
「初めはそうでした。でも良くわからなくなってきまして。」
僕は正直に答える。『さっさと手を出しちゃえよ。』という自分もいるし、一生退屈しない人生を送れそうな気がするけど、一歩が踏み出せないでいる。今が楽しいからかもしれない。
「ほう。それは妹にもチャンスがあるという意味かな。」
「あのう妹さんを溺愛されているんじゃ無かったんですか?」
「もちろん愛しているさ。でも、こんな弟が欲しいと思うのも真実なんだ。」
「見た目は兄ですけどね。」
この3日間、誰ひとりとしてヨーちゃんを僕よりも年上とは思わないらしくて少し悔しい思いをしているのだ。
どうせオッサンに見えるよ。ダブルスコアなのに。
事務所で着替え終わった僕は先に出る。あんな狭いところで男2人で着替えるのはツラいものがあった。
でも兄弟なら仕方がないか。本物の兄弟ならいいのに、あと数日で手放さなきゃならないのはツラいよ。
「すみません。お世話になりました。本当に助かりました。」
ラッキーと飼い主さんがレジのところで待っていた。タオルドライですませてきたようだ。
元々、ゴールデンレットリバーは救助犬で湖も泳げるので水をはじくらしい。
僕はポーション入り犬用クッキーを手渡す。
「これを普通のドッグフードを食べない時にだけ与えてやってください。少しは身体が楽になるはずです。今日はエアコンの効いた部屋で寝かせてやってください。出来れば、3日に1回でも連れてきてプールを使用していただけると再発しないのですが。」
まあ無理だろうな。ブロンズ会員さんじゃあ。結構、お金もかかるからな。
全ての料金を払い終えて、何度も頭を下げる飼い主さんを押しとどめる。犬だって落ち込むのだ。縄張りの長として堂々として見せて上げるのがいい。あまり威張られても困るが。
3階に繋がる階段の入り口にいつの間にか清掃中の札が掛かっている。
「掃除は俺がやりますから、店長は1階で接客をしていてください。」
いつの間にか、ヨーちゃんが後ろに立っていた。中身は刑事局長モードらしい。どうでもいいか。
「すみません。少し上に来て頂けませんか?」
接客をしていると再びヨーちゃんが降りてきた。現場検証の立ち会いかな。
「あいつら減給だ。」
「何を怒ってらっしゃるんですか?」
物凄く怖い。誰がこんなに怒らせたんだ。
2階に上がっていくと現場検証に立ち会わされた。
警察庁から来た鑑識が彼を刑事局長だということがわからず、只のアルバイトだと思われたらしい。
☆
「そういえばスマートフォンは濡れ無かったか?」
「そうですね。確認してみます。」
スキニーパンツのお尻からスマートフォンを取り出すと電源を入れた。特に問題ないみたいだ。
「おいこら、着信も調べろ。」
僕がそのままお尻に戻そうとすると怒られる。そうだった。このスマートフォンに誘拐犯から電話が掛かってくるんだった。
「無いですね。」
「ちょっと待った。そのスマートフォンは公衆電話からの着信は受けられるようになっているんだろうな。」
「もう疑り深いですね。ほらちゃんと解除してあるでしょ。そもそも着信拒否なんで殆ど登録して無いんだから。」
僕はZiphoneのサイトに登録されている自分の設定を刑事局長に見せる。
そのときだった突然着信音が鳴り響いた。
やっと誘拐犯か。と思ったが刑事局長にスマートフォンだった。
「そうか。わかった。至急向かう。」
「何ですか?」
「緊急事態だ。目の前のマンションの駐車場の入口付近で刃物を持った男が暴れているらしい。とにかく行って指揮を取ってくる。」
またか。このマンションの駐車場の入口付近には悪意を持って入ってくると混乱する仕掛けが施されている。でも珍しいな。そんな大立ち回りになることはめったに無い。
「ついて行きます。」
「危ないから来るな!」
「大丈夫ですよ。あのマンションの警備員は強いんですから、到着したころには終わってます。」
「謎の発火現象か?」
「なんですそれ?」
「あのマンションの警備員が関わると相手が火傷を負っているんだよ。そして現場を担当した警官の報告書には『謎の発火現象』と書くしかないわけだ。」
渚佑子さぁん・・・面倒なのは分かるけど、貴女が触れれば混乱は治まるはずなのに。
☆
「ハラッキヨ?」
「知り合いか?」
「ええ。昔、読々シャイニーズでドラッグ疑惑があったでしょ。あのときに逮捕された男ですよ。」
「そうすると、あれはラリってて暴れまわっているだけか?」
多分違うのだろうけど、僕には見分けがつかない。
「渚佑子さん! その男、麻薬中毒者のようです。気をつけて!」
めんどくさそうに歩いてきた渚佑子さんに声を掛ける。あの人、ときどき抜けているから恐いんだよね。まあ負けるとは思わないけど、怪我をしたら球団社長が悲しむだろうからね。
視線がこっちにきて、刑事局長を見てさらに男に向く。『鑑定』スキルを使うのも面倒だったようだ。良かった声を掛けて。
「あれが最強の警備員か? どう見ても子供のようにしか見えないが。」
「刑事局長。そんなことを言うと殺されますから止めてください。気持ちは分かるでしょ。あれでも三十路の大人の女性なんです。それよりも現場の指揮に行かなくていいんですか?」
「忘れた。」
忘れてたんかい。心の中で突っ込む。
「はぁ?」
「変装してくるのを忘れたと言ってるんだ。今行っても追い返される。ここで見ているほうがいい。」
そっちね。大変だな。この人も。
しかし、掛かって来ないな。電波も3本立ってる。充電も8割近く残っているよな。
渚佑子さんがあっという間に取り押さえると僕の近くに居た制服姿の警察官に引き渡される。
「ナス! ナスぶっ殺す。」
いきなり浴びせかけられる殺意に驚く。なんだ一体。
「あー、お前スマホもってんじゃねぇかっ。」
全力で暴れ出して掴み掛かってくる男に警察官も慌てて抑え込もうとするが・・・凄い力で、抑えきれない。
僕に危害を加えられると思ったのだろうか。渚佑子さんが男を引きずり倒して昏倒させる。
まさか! この男が・・・。
僕はその場でスマートフォンから球団社長に連絡をして頼み事をする。
すぐに回答があった。
なるほどそういう訳か。
僕は目を覚ました男の頭髪を掴み、此方に顔を向けさせる。
「おい! 瑤子さんは何処だっ。」
解決編は水曜日に投稿します。
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