プロローグ ~東京ドラドラズの因縁の相手~
お読み頂きましてありがとうございます。
「いらっしゃいませ。」
ここは僕が経営するドッグカフェ『超感覚』だ。
この店の名は僕の五感が人より優れているから付けた名前だ。嗅覚は警察犬よりも優れているし、聴覚は遠くに居るの人間の声も聞き取り、視覚は走る新幹線の窓の人の顔を判別できる。触覚は空気の流れる方向が分かり、味覚はどんな料理でも再現できる。
この驚きの能力は生まれ付いてのものじゃない。ある異世界召喚されたときに神から頂いたスキルだ。普通なら魔法とかのスキルを貰うのだろうが召喚先では適性が無いと使えないらしい。
だから代わりに五感を敏感にしてほしいとお願いしたのだが、召喚した人たちに戦えない人は欠陥品と烙印を押されてしまったので帰ってきた。
その後プロ野球選手に成りたいという夢を捨てきれず、スキルを生かしてプロテストに合格し1軍で活躍したものの肩を壊したので引退し、貯めたお金でこの店を始めたのだ。
「なんだ。志正さんか。」
彼は元同僚で第一線で活躍する現役のプレイヤーだ。この店の近くに本拠地を持つZiphoneフォルクスというプロ野球球団に所属している。
「なんだじゃない。客だぞ俺は。客らしく扱えよ。」
客なら客らしくしてほしい。彼はこの店にとって疫病神同然だ。いつもいつもトラブルを持ち込んでくる。
この店ではペットに関する相談を請け負っている。月会費を払って貰い『翻訳』スキルでペットの話を聞いてあげたり、『鑑定』スキルで元気が無いというペットの健康状態をみてあげたりしている。
その上でポーション入りのおやつをあげて元気にしてあげたり、嗅覚で重病と判断できた時には融通を聞いてくれる獣医さんに持ち込んだりしている。これが結構評判が良くて、ドッグカフェとしては儲かっているほうかもしれない。
普通のブロンズ会員は月1回までと決まっているが、何時でも何でも請け負うプラチナ会員制度を作ったのは殆どこの男のためと言っても過言じゃない。
「今回はなんですか?」
「友達のペットが逃げ出したんだ。探してくれ。」
「また女性ですか?」
この男は女性スキャンダルが多い。二股、三股は普通で複数の女性たちと平行して付き合い浮世を流している。男の友達は殆ど知り合いだから名前を言うはずだ。
「まあ女友達だけど。」
一度ペットの病気を見つけてあげた志正の女友達に告白されてお付き合いを始めたのだが、実は将を射ずらんば馬を欲すと言った風に志正により近付くための道具にされたことがあった。
それ以来、志正の女友達には警戒をしているのだ。
「昔のことを根に持ってんのか? お前、そんなんだから彼女が出来ないんだぞ。適当に遊べよ。そのうち、向こうが本気になってくるって。実際にここ数年で5組のカップルが結婚しているだろ。」
彼本人は軽い人間なので、付き合い易いからか男友達も多い。確かに男友達の中には彼に紹介してもらった女性と結婚している。だがそれは未だ第一線で活躍中のプロ野球選手ばかりで、俺みたいな例は隠れて見えないだけである。
あの経験があったから、女性が欲情して出すフェロモンを敏感な嗅覚でしっかりと憶えられた。女性が僕に好意を持って接しているか。そうでないか判別できるようになった。
「じゃあ中山くん。あとのことはよろしく。勝手に相談を請け負ったりするなよ。」
バイトの中山くんにお願いする。彼は近くの大学生で大の犬好きで大型犬に押し倒されて顔じゅう舐め回されて喜んでいるタイプだ。『鑑定』スキルでみると全て雌犬で彼に欲情しているのが笑えるけど。
「えー、最近当たるようになってきたのに。」
最近、常連さんたちのペットの気分を当てたがるので困っているのだ。猫は気分屋だが大概の犬はおやつをあげると大喜びするから勝率は良く見えるが実は散々だったりする。
僕の能力を経験によるものだと勘違いしているらしい。
「余っている試供品は配っていいからな。よろしく頼むよ。」
☆
志正の車は何故かファミリータイプのセダンだ。見た目からするとツーシーターのスポーツカーが似合いそうなんだが、そう言った堅実的なところも女性に取っては良く見えるらしい。
その車に僕が乗った途端、爺臭く見えてしまうから嫌なのだ。
千葉から高速道路に乗り東京23区を離れ、神奈川に入り、横浜の外れにその家はあった。閑静な住宅街といった趣の場所だ。
「ここだ。」
近くのコインパーキングに車を停め、玄関先のインターフォンのボタンを押す。
表札には『今川』とあった。
「Ziphoneフォルクスの穂波志正と申します。尚美さんはご在宅でしょうか?」
彼は僕と同様、山田ホールディングスの非常勤の社員でもあるのだが、球団名を使ったほうが通りが良い相手なのだろう。
インターフォンには年配の女性の声だった母親だろうか。志正が名前を告げるとトーンが上がった。
常に1軍登録されているプレイヤーは名前が売れている。特に彼はトークが上手いからシーズンオフはテレビ局のバラエティー番組に引っ張りだこだから誰でも知っている。
玄関から小柄な女性が顔を覗かせる。
「連れてきたよ。彼が那須新太郎だ。俺の元同僚だから知っているだろ。」
志正が僕の名前を告げると彼女の顔が強張る。めったに無い反応だ。とりあえずフェロモンがバンバンに出ているわけじゃ無いので安心する。
「ドッグカフェ『超感覚』オーナーの那須です。よろしくお願いします。」
名刺を差し出して挨拶をする。
「おう志正くん。良く来たね。そちらは・・・。」
後から出てきた男性の顔を見て、何故彼女の顔が強張ったのか解った。
この人は元東京ドラドラズの今川スカウトだ。今はZiphoneフォルクスのスカウトマンをしているはずだ。それというのも僕が球団を辞めるのと入れ替わりに入ってきたから、直接顔を合わせるのは初めてかもしれない。
「那須くん・・・何でここに。・・・すまなかった。・・・そして、ありがとう。」
今川さんが裸足で僕のところへ降りてきて頭を下げる。
「お父さん、何でこの男に頭を下げているのよ。この男の所為で東京ドラドラズをクビになったんでしょう?」
今川さんとの因縁は今から遡ること8年前、東京ドラドラズのプロテストのことだった。
☆
スカウトマンたちは、球場のいろんな場所からプロテストを受けに来た人たちを観察しているのだが、バッティングテストでは外野席で数人のスカウトマンが見ていた。
元々長打力のあった僕は、スキルにより視覚の機能が向上したことにより高度な選球眼を兼ね備え、ストライクゾーンに来たボールは全てホームランにしていた。
バッティングテストが終わり、もうプロテストに受かる気満々だった僕はスキルにより指向性を高くした聴覚により、外野席のスカウトマンたちの話に聞き耳を立てたのだった。
「ええとNo.139の那須か。こんな逸材が隠れていたとは、俺の目も節穴だということか。これはGMに進言しなければいけないな。」
褒めてる褒めてる。これなら育成選手どころか支配下選手も夢じゃないかもしれない。後で顔を知ったのだが、褒めてくれたのが今川さんだった。
だが隣に居た別のスカウトマンからはとんでもない話を聞くことになった。
「ダメだ。今年は来年のことを考えて育成選手枠は徳島中亨高校と三重陶業高校と東京東堂高校に決まっているんだ。」
今年は不作の年と言われている。それは走攻守の実力を兼ね備えた2年生選手が多いためだ。そんなときだからこそ、甲子園の優勝校の選手を押しのけてプロ野球選手になれると思っていたのに違うんだ。
このプロテストは出来レースなんだ。
くそったれ。諦めるものか!
こうなれば、『超感覚』スキル全開で残りのテストに挑む。
守備ではスキルで向上した視覚で打球の流れを読み、触覚で風の流れを読み、聴覚で打球の強さを読んでファインプレーを連発した。走塁でも視覚でキャッチャーのサインを読み、聴覚で投球ポジションを盗み、次々と盗塁を成功させたが、結局プロテストには合格出来なかった。
僕の出身校は今年は甲子園に進んだものの、野球の名門校では無く来年の夏も甲子園に進めるほど強く無い。特にコネも何も無い僕は落とされた訳だ。
その後、Ziphoneフォルクスの山田球団社長と知り合い、プロテストを受けすぐに1軍登録され、その年の新人王候補にまで選ばれた。
その新人王候補になった際に野球専門誌や週刊誌の取材を受けた。
記者さんに東京ドラドラズのプロテストのことを聞かれて、その時の成績をペラペラと喋ったのが拙かった。その後、詳しく取材され掲載された誌面によると、3つの高校の育成選手に渡った契約金の一部がそれぞれの高校の野球部の監督に渡ったらしい。
東京ドラドラズほか幾つかの球団で慣例として行われてきたことだったらしい。
当然スカウトマンたちは懲戒解雇され、その影響は球団首脳部の首のすげ替えにまで発展していったのだ。本当の主犯の球団社長は親会社に戻されただけだったが。
「違うのだよ。彼が球団社長に進言してくれたからこそ、首の皮一枚繋がって山田ホールディングスで社長の手伝いをさせてもらい。今回、正式にスカウトマンに戻れたのだ。」
この記事が出たときに事情を聞かれた僕は正直に全てを球団社長に話しただけである。
「そんなっ。」
「しかも、彼は凄く良い聴覚を持っていてね。我々の癒着ぶりに関する話を聞いていたにも関わらず一切漏らさなかったのだよ。だから、決して彼は悪くない。不正をした我々が悪いんだ。スカウトマンなのに彼を不合格にした我々が悪いのだよ。」
『超感覚』スキルの話を球団社長が曖昧にだが伝えてくれているらしい。
「そんなの聞いてないよ。どうして言ってくれなかったの。」
「言える訳が無いじゃないか。私は関与していなかったとはいえ、癒着の事を知っていて黙認していたんだから。」
「もう止めましょう。その話は。僕はそのお陰で良い球団にめぐり逢い、プロ野球で満足できる成績も残せましたから。」
すみません。こんなときでも優等生的なコメントしか言えなくて、ごめんなさい。志正だったら、もっと気の利いたコメントを言えただろうに。
「那須さん。ごめんなさい。ずっとずっと恨んでいました。」
それでも、尚美さんは謝ってくれる。恨んでいたことまで言わなくてもいいのに、律儀な性格をしているらしい。それもまあこの素敵な笑顔で帳消しかな。
「それで逃げ出したペットは犬ですか?」
尚美さんの服には沢山の毛が付いているし、僕の嗅覚は犬の臭いだと反応している。この程度は集中していなくても嗅ぎ分けられる。
それにしても大きな胸だ。小柄で大きな胸なんて、僕の女性の好みのストライクゾーンのど真ん中だ。
志正絡みじゃなければ口説くところなのに惜しい。
「パピヨンですが、どうしてそれを。」
パピヨンは長毛種の小型犬だ。大人の犬なら大人しいから扱いも楽である。
「僕は嗅覚も良いんです。貴女たちや家の中から漂ってくる臭いで判断しました。」
今日の仕事は楽だ。『超感覚』スキルを知っている相手だから、サッサと見つけて帰れる。
これが知らない相手だと大変なのだ。ペット探偵のように張り紙を貼って回ったり、回収したり、沢山動いているフリをしたうえで1週間後に見つけてくるなどということをしなければ、詐欺師扱いや誘拐犯扱いを受けてしまうのだ。
「お家に上がらさせて頂いてもよろしいですか?」
「ああ、ミンティーくんの写真ですね。持ってきますのでここで待って貰えませんか? 家の中が散らかっていますので。」
ミンティーが犬の名前らしい。犬を飼っているお家は大抵汚れている。躾がなっていない犬の場合だと平気で家の中にマーキングをしたりするので、そこらじゅうにペットシーツが張り付けてあったりするのだ。
「写真も必要ですが、ミンティーくんのお家に用事があってですね。拝見させて頂いてもよろしいでしょうか? そんなに手間は取らせませんので。」
僕はそう言って強引に上がり込んだ。
かなり見切り発車ですが1日1話平均の目標で頑張ります。
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