よろしく勇者爆ぜろ現実
勇者の仲間になり、晴れて冒険者としての幕が上げられた。
これから数々の待ち受ける試練を乗り越え、この世にはびこる悪を倒していくのだと思うと、ユートはもうワクワクが止まらなかった。
元ニートとはいえユートは幼少期から好奇心は人1倍強い。
特にそんなに実感は無いが、「憧れのゲームのような世界に自分が立っている」その事実に興奮が抑えきれないのだ。
…しつこいようだがまだ魔法は使いこなせていない。
重い話も終わり、ここでようやく2人は食事を注文した。
「改めてよろしくね、ユート」
先ほどの地図は収められ、何も置かれてない物寂しい机の上でミナは手を差し伸べた。
これが、ユートの救いの手。
仏が吊るした蜘蛛の糸だ。
もう、絶対に切れさせない。俺は信じる。と、ユートはミナの手を取った。
お互いにニッと笑い合った。
「へへっ、やっと笑ってくれたね!」
ミナは微笑みながらユートを見て言った。
「え、俺ってそんなに無愛想だった…?」
急に恥ずかしさが込み上げてきたユートは目を泳がせながら変な汗を流し始めた。
ユートがミナ初めて見せた笑顔。
ユートがニートになって以来誰にも見せることは無かった笑顔だ。部屋の中で独り画面に微笑むだけの毎日が変わったのだ。
ミナはつくづく変なやつだ…
ユートは顔を上げ、ミナを見つめる。今度は自然に微笑んでいた。
「ありがとう」
このありがとうもまた、ミナが初めてだ。
「え、なんで?なんのありがとう?…夢でも見てる?」
「……」
ただ、ミナのバカさはユートのあらゆるものを折っていく…
食事を終えたユートは立ち上がり何かに誓うようにミナに向かって叫んだ。
「さて、この世界の地形がわかった所で早速…旅立とうではないか!」
ユートは1人熱く、漢涙を浮かべながら何かに浸っていた。
「え…っと、どこに行くの?」
若干引き気味のミナはそれ以上にユートを引かせた。
「え、勇者なのに目的地知らねえの…?」
「人間だもの」
「あ…」
確かに、ごく一般的なゲームでも、目的地は街の住人など、様々な所でイベントを発生させる事で導き出される。
よくよく考えてみると、確かにユートは特に何のイベントも発生させていない。
「じゃあ一体どうすればいいんだよ…!」
「ねえ、最初にギルド登録したでしょ?」
「え、あーした」
「うん、さっきから冒険冒険って言ってるけど…どこに冒険するの?」
「は?」
この世界はユートの考えるRPG世界とは少しずれていたのだ。
勇者といえば確かに自らの足で冒険し、様々な出会いを通して目的を成し遂げていくのが一般だろう。
だが、この世界においての勇者の定義は少し違った。
「お前、勇者なんだろ?」
「勇者だよ」
「冒険して魔王を倒して…そういやつだろ?」
「あはは!ユート面白いこと言うね〜。人間と魔族はとうの昔に和解したんだよ?」
「へ…」
「確かに勇者になれるのは選ばれた人だけなんだけど…まあ、今ではぶっちゃけ無職同然なんだよね〜。あははー」
え…もしかして俺って…地雷に拾われた…?
物語開始からまもないのに既にGAMEOVERが見えていた。
要するにただひたすらクエストをこなすだけの社畜世界だという現実を目の当たりにしたユートは地面に崩れ落ちていった。




