リュリカッドの樹を植えて
この星の大陸の赤道には、かなり大きな大陸があって、グルリと星を巻いていて、北半球の海と南半球の海を交わらない双子にしていた。
広大な土地があっても、そこには稲科の植物の勢力圏だった。
所々、アリハリアの棘だらけの枝が、突き出ている。
その外側は岩山に続いていた。
山に住む山羊の仲間の様な、毛長長角のムエバの群が、早朝草を食みに降りてくる。
水場には、鋭い牙と鉤爪の捕食者が、息を潜めているだろう。
長い槍と水の入った皮袋を腰に下げ、背中には肩高が、2メートルを越える草食動物の太い腱から作り出した弓と、矢を入れた苞を背負っていた。
風上を探る彼の眼は、頭の後ろまで感じている。
ジリジリとした緊張感で、叫びたくなる。
息が上がる。
無意識のうちに、呼吸を合わせる。
求められるものが手に入る前の高揚感と焦りが、鳥肌をたてる。
爪先に力が入る。
思うより先に、槍が空を裂いた。
二頭が、串刺しになり、悲鳴をあげた。
ムエバと襲いかかった大型のネコ科のイバが、槍の中でもがいている。
ランダムな斑が、血で汚れている。
単体で狩りをする獣だが、何が来るかはわからない。
素早く喉を掻き切る。
ムエバは、断末魔の痙攣から、永遠に帰って行った。
槍を引き抜くのに、手も足も使った。
2つの獲物から、必要な物を切り取る。
肝臓をナイフのまま、喰う。
心臓から血を絞り、皮袋にしまう。
今、いるだけの肉を切り取ると別の皮袋に入れる。
ムエバの角と長い尾を切り取って、これも3つ目の、皮袋に入れる。
イバの犬歯を引き抜き、ザラッと同じ袋に入れた。
皮を剥ぎ、頭から髑髏を剥がし、捨てる。
水場で、血を洗い流し、脂を砂でこすると、荷物をまとめる。
長居をしすぎたかもしれない。
身を隠すより、ここから離れる方が先だ。
槍を肩に背負って、岩山を目指した。
日が高くなれば、日陰が必要なほど気温が上がるのだ。
岩山に足を入れた時だった。
彼は、しびれを足の裏に感じた。
そのまま、身体が動かない。
痙攣が襲ってくるが、後は闇の中だったのだ。
囚われた彼は、調べられていた。
彼自身も、持ち物も。
霞のかかった眼は何も見ない。
捕獲箱の中でめざめた。
透明な壁が四方を遮り、どこにもいけなかった。
彼の記憶は、箱で煙に包まれた時に消えた。
目覚めたのは、あの岩山だった。
皮袋に手を入れると、心臓は腐っていた。
イバの毛皮も縁から乾いてヒビ割れている。
皮袋ごと、心臓と肉は捨てるしかない。
彼は、山の魔物に誑かされたと思い、唸った。
彼は、自分の村には帰らず、放浪の人になって、この地を去った。
去っていった彼を観てる者たちは、次の観察を始めていた。
1人が、捨てられた皮袋を拾った。
その中に、一粒の木の実を入れ、藪の中に放った。
運があれば、育つかもしれない。
齧歯類のガリユの一家が穴から顔を覗かせた。
小さなガリユが、皮袋を齧った。
兄弟でキーキーと取り合うが、皮袋は硬く歯がたたない。
遊ぶように、袋は弾みながら、水辺に来た時、彼らはイバに襲われた。
袋にかじりついていた子供が狙われた。
逃れるために長い後ろ脚で地面を蹴ったが、伸びた足に、イバは食らい付き、空中から引きづりおろした。
暴れるが、イバの太い足は、ガリユを押えつけると、首の後ろを噛んだ。
細い悲鳴を聞きながら、残りのガリユは野生の稲の穂の中の巣穴に逃げていった。
皮袋の木の実は、外側が破けたので、転げて落ちていた。
夢中でガリユを貪るイバを矢が狙っている。
3人は、一斉に立ち上がり、それぞれの矢を放った。
一本がイバの喉笛を刺し貫く。
赤い羽根の矢だった。
誰の獲物か一目瞭然であった。
イバは、解体され、矢の持ち主が心臓と肝臓と牙を、もらう。
肉は、平等に分け、皮を剥いだ。
血と脂を、砂でこすり落とし、村へ引き返す。
あの岩山には、近づかないので、エムバの群が、転々と岩の上で跳ねていた。
彼らは日が昇りきる前に、走った。
遮るもののない場所で、日に炙られたくはない。
腰までの野生の稲をかき分けて、来た道を戻る。
泥と獣の糞で作った家は、日差しを避けられるし、涼しい。
炙られた肉の脂肪が溶ける匂いが村に溢れた。
野生の稲と一緒に炒めた物がご馳走だ。
チクチクした殻をうまくふり分けるのが、女の腕の見せ所で、少しの脂と水で炒め肉を合わす。
イバの皮は、祭りの衣装になる。
赤い羽根の成人式だ。
青い羽根と、黒い羽根は、また狩りに向かう。
一頭づつのイバをしとめるのだ。
イバの縄張りは広い。
一頭を狩ったら、次はもっと遠出をしなければならない。
二頭目は、近かったが、3頭目が見つからない。
縄張りの外には、中々出てこないイバを探す為、旅をしなければならなくなった。
獲物が捕れなかった黒い羽根は、今夜旅立つ。
赤い羽根と青い羽根の成人式は、直ぐに行われるだろう。
彼には、イバが必要なのだ。
見知らぬ土地に足を向ける。
彼には、何の勝算もない。
運命が答えを出すだろう。
1年が過ぎ、黒い羽根は、村に帰ってこない。
アリハリアとは違う、枝が稲の間から顔を出していた。
あの種が芽吹いたのだ。
やがて、幹が太くなり、明らかに異彩を、放し出す。
野生の稲のだらけのこの場所に、樹が根付いたのだ。
樹は、枝を広げ、日差しを遮る場所を作り出した。
ムエバが、岩山から降りてきた。
彼らは器用に下の枝から、樹に登った。
甘い若葉と、たわわに実る果肉を、食むのだ。
黒い羽根が、消えてから、10年が過ぎた。
イバは水辺に、現れては、狩られる。
やがて、ムエバを生きたまま捕らえ、飼う事が始まった。
ムエバの乳を飲むのだ。
樹に集まるので、そんな事ができたのだ。
1本の樹から、村の暮らしは変わり、樹は自然に増えていった。
乾いた土地を覆っていた稲が、消えだし、柔らかな下草が樹を、囲った。
樹には、色々な生き物が集まり、小鳥がさえずり、巣を拵えもした。
アリハリアの棘だからけの枝は嫌われたが、ムエバの柵に使われた。
妻と子を連れた黒い羽根が、村に帰ってきた時、そこは別世界のようだった。
赤い羽根が長になっていて、樹が、森になっていた。
樹の実は、むらの人々を甘く誘惑し、イバは排除するべき害獣で、山羊を飼い畑を耕し、掟も暮らしも全てが変わってしまっていた。
家も、泥と糞から、木の枝を使っていた。
歓迎された黒い羽根は、ある夜一家で、村を逃げた。
赤い羽根の妻が、教えたのだ。
男達が、子供に冒険談を話す黒い羽根を疎んでいると。
彼女は、長老の孫で黒い羽根の許嫁だったのだ。
黒い羽根は、今はタブーも怖くない。
あの岩山を超えた。
戻るべきでは、なかったのかもしれない。
樹が、全てを変えたのだ。
ムエバのように、岩山を超えると、遥か彼方に海が輝いている。
黒い羽根は、そこを目指した。
村にいたのでは、一生見ることのない場所だろう。
妻と3人の息子と共に、狩りをしながら、旅は続く。
彼の妻がもらった種を落としながら、着いて行く。
赤い羽根の妻からもらった、乾燥した果物を食べると、種はその場に捨てられるから。
やがて、岩山を超えた種は、樹になる。
この星のリングの大地をグルッと回るだろう。
林檎のように、蜜柑のように、桃のように。
今は、ここまで。




