「炎の記憶」26
燃え上がる。この表現が一番しっくり来るだろう。読んで字の如く、護が触れていた亡霊の腕が轟々と真っ赤な火柱を立てて燃え始めたのだ。
「ギッ……!?」
驚き、慄き、手に掴んでいた獲物を取り落としてしまう。煌々と燃え盛る腕を振り回し、どうにか消そうとするも勢いは増すばかり。痛みに悶えているのか足はふらつき、手当たり次第に建物を破壊する。しかしそれでも炎の勢いは殺せない。全身を叩き付けるように吹き荒れていた風も徐々に収まってきた。
「これは……」
亡霊の異変に気が付いた聖羅は能力の使用を中断。護が磔状態にされていた壁へと視線を送る。当然そこに護は居た。元々朱色に近い制服であったが、それ以上に赤黒くなっている右腕。誰がどう見ても大怪我をしている。倒れて助けを求めていても何らおかしくは無い。
「……紅野、くん……?」
しかし護は違った。毅然とした態度で、自分の両足でしっかりと地面を踏み締めている。いつもの弱々しさを感じさせる護とは別人のようだ。雰囲気が違う、というのは簡単だがそれだけではなく、確実に何かが違っていた。“何か”という漠然としたものではあるが。
「この力で、僕は――」
もがき苦しみながらのたうち回る亡霊を見詰める真紅の双眸。先程逆巻いていた風が今度は護の周囲を漂っているようにも見える。それに混ざって昇っては消える光。火の粉だ。熱く燃え上がるだけではなく、どこか美しさ、儚さすら感じさせる。右腕を持ち上げる。きっと相当な痛みがあるはずなのだが、それすら感じさせない涼しげな表情。亡霊に向けられた掌はすっかり血塗られていた。
「――約束したんだ。だから!」
その掌に生まれたのは小さな蕾のような光源だった。それは見る見るうちに成長し増長、人一人は隠せる程にまで。赤く、燃え盛る球体。まるで太陽に良く似た姿であった。周囲に破壊的なまでの熱量を撒き散らし、熱帯へと変え、破砕されていたコンクリートやガラスは熔解。
「消えて、なくなれ!」
球体が口を開く。解き放たれたのは膨大な力の――炎の奔流。その巨大な流れは地面を呑み込み、掠った建物を熔かし、亡霊へと迫る。だがどうやら近くに聖羅が居た事は気にも留めていなかったらしい。
呆気に取られ危うく巻き込まれそうになった聖羅は咄嗟の判断で飛び退り、事なきを得る。
「……!?」
一瞬、この言葉が正しいだろう。赤い炎は亡霊を瞬く間に喰らい、蒸発させ、それだけでは飽き足らず、そのまま直進。進路上のものを全て破壊していった。恐怖すら覚える力。
「これが、これが紅野くんの……」
右腕を伸ばしたまま静止する護。息は荒く、顔には珠のような汗が複数浮かんでいた。
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