「炎の記憶」24
「この、離しなさい!」
束になった太い紫電が薄黒い亡霊の背中へと直撃するも、蜘蛛の巣状に広がって霧散。無効化しているというよりは弾いている、もしくは効いていない。全力ではないにしろそのような事をされて黙っていられるはずもなく。
「無視、するな――!」
今度は握った拳に紫電を走らせ力の限り、がら空きの背中へと打ち込む。衝突によって幾本かの微弱な雷が護の体へと飛んでいるが、今は救出が最重要項目。亡霊の背中は硬く、まるで鋼のよう。押し込もうとしてもそれ以上前に進まない。いや、そもそも体まで届いていない――?
「ウルサイ、ナァ」
無数の牙がぎらつく口から放たれた単語。理解出来る言葉だった。それに続くように聖羅の拳はいとも容易く弾かれ、体ごと大きく後方へと転がされてしまう。吹き付ける強風。立ち上がる事すらままならない風だ。逆巻く風に吹き飛ばされそうになるのを必死に押さえ、舞い上がる砂埃に視界を奪われながらも能力を駆使して護を救い出そうとする聖羅。しかしその電撃のほとんどが風に乗せられて空へと向かう。亡霊の周囲に漂う見えない壁がそうさせているのだ。
「風を操る能力……?」
確かに様々な能力者が居るため、このような能力を保持する者が居てもおかしい話ではないのだが、聖羅の知る限り能力を有しているのは人間だ。だがこの風を操っている亡霊は、どう見ても人とは違う。言ってしまうと感覚的には蝕に近い。一体どういう事なのか。まだ『研究所』にも知らない事実があるのか、それとも。
「そんな事、今は……!」
疑問に答えを求めている時間は無かった。只でさえ危機的状況なのだ。
手と首を万力のような力で締め上げられ完全に身動きの取れなくなっている護は、薄れいく意識にまさに死に物狂いで抗っていた。弱弱しいながらも足を動かし、棘のような皮膚を持つ腕を掴む。抵抗とも取られていないようではあるが、せめてもの攻撃だ。
「サァ、モラウ、ゾ!チカラ!」
抵抗は意味を成さず。どこかへ飛ばされてしまいそうだった意識が、急激に体の中へと戻された。右腕に走る引き裂かれるような痛みと遅れてやってくる熱。
「紅野くん!」
「いっ……がッ……!」
喉を絞められているせいで声すら出させない。何が起きているのかと痛みのした右腕に目をやると、亡霊の顔が近くに、いや喰らいついていたのだ。数秒後、理解した。噛み付かれているのだと。理解して更に増す痛み。涙は出るし汗も出る。
気持ちの悪い音をを立てて齧り付く亡霊の目はまるで食事にありつけた獣のよう。
死んでしまうのか。そのような事まで考えてしまう。血が漏れ出しているのが自分でも分かる。人の死に際と言うのはここまで冷静になれてしまうものかと。
「――まだだ」
漏れたのはその一言。記憶が呼び覚まされる。真っ赤に染まる部屋、赤の惨劇。それを引き起こしたものの存在、そしてこの似たような状況。
「死ね、ないんだ……!まだ!」