「炎の記憶」23
――見た事のない姿だ。あくまで人型のようではあるのだが、“それ”が人間であるとは言い切れない。理由はいくつかあった。まずはこの状況、どうやってかは定かではないが、壁に叩きつけられて平気でいる事。能力者であっても人間と同じ人体構造。耐え切れない衝撃というものは存在するのだ。まるで亡霊のように存在感は希薄で。手は長く爪は鋭い。
「……」
そしてその対角線上、上空。夕焼けに浮かぶ純白のローブ。詳細は不明であるが、これもまた敵。こちらは三度目の遭遇、だろうか。
「蝕と……戦っているって言うの?」
そもそも蝕なのかすら分からないが、敵のはずの能力者が戦闘行為をしているのだ。状況は謎を深めるばかり。
「……『機関』の者か。確かにここで潰しておかなければ厄介になる事には変わりないが……巻き込まれて死にたくなければここから消えろ」
ゆっくりと着地しながら二人に接近し、言う男。
「何よそれ?」
「言葉のままを受け取れ」
崩れ落ちる音。謎の亡霊が動き出したのだ。眼球と思しき暗い赤を動かしながら、嗤う。
「こいつ……何……?」
「お前らの作った人形ではないのか?」
「こんな気持ち悪いの作ると思ってるの?と言うかなんでそんな事知って――」
「やりかねんだろ。『機関』の人間は……“剣”よ!」
言葉を最後まで聞かず腕を大きく薙ぎ払う男。強烈な風が吹き、視界を遮り、行動すらも停止させる。吹き飛ばされそうになる体を地面に張り付くように必死に抑える護。目など開けられる訳もなく、呼吸すら難しい程だ。しかし、その強風も数秒の出来事だった。風はゆっくりと引いていき、残るのは静寂。
「これも、異能の――」
目を開く、それとほぼ同時だった。両腕と背中に痛みと熱が走ったのは。
「紅野くん!」
聖羅の声が響く。しかし護は自身の体に何が起こったのか、それすらまだ理解出来ずに居るようだった。視界に飛び込むのは恐怖。ほんの少し前に感じた痛みなどまるで嘘だったかのように消え去り、ただ目の前の現実に恐れを抱く。
「ふん……後はお前らに任せる」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
男は再びつむじ風を起こし姿を消してしまう。これ以上関わるつもりはないという事なのだろうか。情報を聞き出したい聖羅だったが、護が襲われているという事実を見過ごす事は出来ない。
「ミツケタ……!スバラシイ、チカラ!」
まるで十字架に張り付けるかの如く護の体を建物に押し付け口元を歪ませる亡霊。ノイズ混じりではあるが、確かに理解が出来る言葉を使用している。しかし護にそのような余裕などあるはずもなく、足をばたつかせ亡霊の体に蹴りを入れる。当然ダメージを与えられないようではあるのだが、抵抗はすべきだ。さもなくば――




